以前、一度考えた自分の浅ましさを思い出し、聞くのがじゃっかん怖くなる。しかしながら、妹の話は予想に反して全く別の内容だった。


「今の彼と婚約する前にね、他に好きな人がいたんだけど……。想いを伝えたら、断られちゃって。その彼ね……私じゃなくて。美人な姉様が好きだったみたい」

「……え」

「ああ、だからと言って彼のことはもう吹っ切れてるから、姉様が気にする必要はないのよ? ただ、彼ってとても良い人なの」

「……そう」

「スタンリー侯爵のご長男で、ドーセットさんって方なんだけど。優しくて紳士的で、お勧めよ」


 スタンリー侯爵のドーセットさん……。名前を聞いてもピンと来ず、私は曖昧に首を傾げた。


「今度舞踏会でお会いしたらぜひ話してみて? きっと姉様も気にいると思うから」

「……ありがとう、クリス。でも私は、」

「彼なら姉様の目を覚ましてくれるわ。高潔な方だから、さすがにお父様もお認めになってくれるだろうし」


 矢継ぎ早に言われ、少しだけ怯んだ。言おうか言うまいか逡巡し、やはり素直な気持ちを告げることにした。


「ごめんなさいね、クリス。それが本当ならとても光栄なことだし、あなたからの気持ちも嬉しいんだけど……私には他に好きな人がいるの。だからその人とはお会いできないわ」

「……そう。残念ね」


 言いながら眉を下げ、クリスティーナは手元に視線を落とした。カップに指を掛けて持ち上げ、口を付けている。


「それより。今のあなたの話で少し気になったんだけど、お父様が認めてくれるって、いったいなんの話?」


 え、と頓狂な声を出したかと思うと、妹が目を見張り、ぎこちなく視線をあちこちに泳がせた。


「あぁ〜……。実はお母様から口止めされていたんだけど。姉様のお相手はお父様が認めた相手じゃないと駄目なんだって」

「……それって?」

「姉様には出て行って欲しくないのよ。ほら、姉様は……、大事にされてるでしょう?」


 クリスティーナは気まずそうに紅茶を口にし、それ以上はなにも言わずにいたが。その瞳には明らかな同情が滲み出ていた。


 自由にさせてもらえないなんて可哀想、妹の放つ雰囲気からそんな心情を感じ取った。


 以前は私に対して、ずるいといった感情をむき出しにしていたのに、いったいこれはどういう心境の変化だろう。お母様から聞いた話が影響して、私に対する想いが変わったのかもしれない、そうも思った。


 ーー『キミは選ばれないんじゃない。選びたくてもカゴの鳥で。誰にも手が出せないんだ』


 ふいにエイブラムの言葉を思い出した。


 ーー『どのみちキミは、この先誰かと婚約してあの家を出る身だろう。父親はそれすら許してくれないのか?』


 彼は気づいていたんだ。お父様の判断で私の縁談がことごとく無くなっていたのを。


「もし姉様の気持ちが変わるようなら、遠慮なく言ってね? 私、ドーセットさんとの仲を取り持つことぐらいはできるから」

「……ええ」


 地下に閉じ込められているエイブラムが好きなのだ、と。さすがに念を押して言う気にはなれなかった。


 言えばきっとまた、病気として心配される。私は口を閉ざし、花を見ながら紅茶を飲んだ。


 *


 夜のとばりが下り、お父様とお母様が帰宅した。家族揃っての夕食を済ませ、今はもうベッドのなかだ。

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