20話 脚本を作る。そして彼女はこの手を握る。
マンションに戻った二人は、脚本の製作に入ろうとしていた。
ロジオンは父の仕事部屋、パソコンの前に座る。
サングラスをかけてだ。
ハレヤはその隣へ椅子を持って来る。クレープを片手にだ。
「なんですロジオン。けったいな黒眼鏡などかけて」
「だって脚本なんて映研サークルでしか書いた事ないし、緊張しちゃって。大先生のコスプレすれば吹っ切れるかなって。僕って形から入るタイプなんです。それより……最初に、ことわっときたいんですが」
いきなり改まるロジオン。ハレヤは首を傾げた。
「なんです?」
「えっと、僕は約束しましたよね。真実のゾーフィア物語を作るって」
「ええ」
「でも……今回はゾーフィアをオークにせざるを得ない。だけどあくまで、僕が代理の脚本家として認められるための試作フィルムであって。いつか必ず、約束通りの映画を作るので、今は理解してください」
だがハレヤはめっちゃ不満そうにほっぺたを膨らませており。
「やだ」
「えっ……。いやいや、オークを勇者にするためのヒントを探しに行こうって、ハレヤさんから言い出してくれたんじゃないですか。今さらそんな……」
「やっぱやだ」
「ええっ……。ちょっと僕、途方にくれてもいいですか」
「やだ♪」
と、急にハレヤは笑顔になって。
「ふふ、あなたが神妙な顔でそんな事を言い出すのだから、からかいたくなった。草原で私の話しの何を聞いていたのです?」
「だって、かなりの原作改編になっちゃうし、ことわっておくべきかと」
「私は当時、自分の種族を不明にするよう務めた。そうして種族間の不和を乗り越えさせるのが最善策だからだ。ゆえに他者が私の種族を勝手に解釈するなら、目論見通りでしかない」
「な……なるほど。ゾーフィア本人から言わせれば、そうなっちゃうのか」
「それに、私がオークや他の種族だったとして、当時の行動に変りがあったと思えない。同じ行動をしたはずだし、そうなればやはり、救世主ともてはやされたはず」
「確かに……。彼女が正体不明でありながら、勇者と崇められたのは、人々を救った行動の結果だ。本人の正体は関係ない、ってことになる、のか」
「そう。人の本質とは、どう行動したかだ。その人物が歩んできた軌跡が、その人となりを形作る。例え私がブタ鼻でピンクの肌をしていたとしても、私のしたことに変化がないなら、それは私だ。ゆえに自分の種族など、どうでもいい」
それを聞いてロジオンは胸をなで下ろした。
「原作者のお墨付きがあるなら遠慮せずに済みそうだ」
しかし、ハレヤは真顔でこう言いだした。
「その代わり、私が魔術を使った順番、刃を振るう回数は正確に描きなさい」
むしろこっちの方がダハラ氏以上にやばい、原作者無茶ぶりだった。
「いや、ハレヤさん……それやったら緑風草原のシーンで何時間かかるんですか?」
「私は五、六時間は戦っていた気がするから、それくらいの尺を──」
「はいそれ観客が疲れて死にます。劇場だってそんな長い枠とってくれるとこ、あるわけないでしょ。あ、わかった。また僕をからかってるんですよね」
だが、ハレヤは首をブンブン振って本気で否定。
「私はさっき言ったはずだ。行動が人の本質を決める。種族をいじるのは許すが、私の行動を歪めることは、一文字すら許さない。それは私ではなくなる」
「む、無理だって! 全体の構成的に、この戦闘シーンの尺は十分間が限度だ」
「十分⁉」
ハレヤはいきり立ちつつも、クレープのバナナを美味しそうにほおばって。
「ちょっとロジオン。たったそれだけで、あの戦場の何が描けると?」
「一シーン十分あれば大抵のこと描けますよ。例えば戦ってた六時間の中で九割をしめるアクションの『魔術で敵を倒す』というのを見せたい場合、ハレヤさんが魔術で攻撃した中で印象深かかった出来事を、三つくらいピックアップすればいい」
「ふむ……三つ選ぶ?」
「攻撃のカットは数十秒だから、三つで三分あれば収まる。ほら、これで伝えたいことが三分に圧縮できるでしょ? あと七分は残り一割を描いてもおつりが来る」
「……」
ハレヤは感心したようで目を丸くした。
「ほほう。あなたはまるで本物の脚本家のようだ」
「大げさですって。一シーン書くだけなら、基礎知識あればどうにかなる。一応、僕は親父から基本は教えてもらってたし。でも映画全体の脚本やれって言われたら無茶ですけどね」
「ふむ、そういう物か。他に今のうち原作者に確認したい事は?」
「あ、僕、気になってたんですが、草原で話しを聞いたときも、あまり派手な攻撃魔術を使ってませんでしたよね。大軍を相手にするなら、特大レーザーとか大技で一気になぎ払ったほうが良かった気がしたんですが」
そんな事が気になるのかというように、ハレヤは首をかしげる。
「それはダメだ。破壊光線──すなわち高波長の電磁波は大気と干渉して減衰が激しい。マナ効率が悪すぎる。例えば二百メートル先を殺傷する場合、破壊光線で使う魔術の力の源であるマナの量は、火炎魔術の五百倍以上だ」
「なるほど! すごく参考になります。ですよね、ゾーフィアは一人で百万と戦わなきゃならなかったんだ。最大効率でマナを使わないと」
「実は理由がもう一つある。私自身がどれほどの量までのマナを扱えるのか知らないのです。今風に言えばマナキャパシティと呼ばれるものだ」
「え。魔術師なのに、自分がどれくらいの量の魔術を使えるか知らないんですか?」
「そう。一般的な魔術師なら一度くらいはマナ切れになるまで魔術を使いすぎて、気絶する経験を修行時代にする。そうして自身の限度を知るわけだが、私はそうなったことがない。だから逆にどれほど魔術を使っても平気なのか分からないせいで、マナ消費を最小限にして戦った」
「すごい! それ世界初の情報ですよ。歴史学会に発表したら大ニュースになる。ま、まあ、ハレヤさんの証言を本物だと立証することが出来れば……ですけど」
そこでハレヤはふと気になったようで、ロジオンを見つめる。
「あなたは……私の言ったこと全てを……信じると?」
ロジオンはノータイムで頷いた。
そして、笑顔で、こう言う。
「僕は今日、『もっとゾーフィアを大好きになった』それが全てです」
ハレヤはその意味を一瞬考えて──。
照れくさそうに視線をそらすのだった。
こうして二人の共同作業は日をまたいだ早朝まで続いた。
朝日が昇る前、やっと仕上がった。
二人は眠い目をこすっていた。
そして力尽きたようにデスクへ並んで突っ伏して──。
あっという間にロジオンは眠りに落ちた。
ハレヤはそんな彼の手を見つめる。
世界で唯一、勇者であると信じてくれて、罪の炎を消そうと人生をかけて力を尽くしてくれている、その手。
自然とハレヤは、その手を、握っていた。強く、とても強く。
そしてデスクに置かれたその手に頬を寄せ、彼の寝息を近くに感じながら、幸せそうに目を閉じる。
そんな様子を見ていたのは、窓辺に飛んできた小鳥たち、だけだった。
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