3話 全裸な勇者(自称)を、お持ち帰る。そして僕はその手を握る。


 ロジオンは自称ゾーフィアな少女を背負って、マンションへ帰ってきた。


 玄関の明かりをつけると、廊下の突き当たりにリビングが見えるという、当たり前の日常風景。


 仕事部屋にいるはずの父へ、玄関から声を張り上げる。


「ただいま。ねえ親父。なんていうか……特殊すぎるお客を連れてきたんだけど、とりあえず僕と目を合わせた瞬間に通報は止めてほしいんだ。説明はするから……。

 ああ、僕は事務所からこのまま直帰で良いって言われてるから、今日は寝させてもらうよ。それと頼まれてたタバコは売り切れで──」

 

 と言いかけて止めた。


 父の仕事部屋のドアが開けっぱなしで、明かりが消えてたからだ。


 もう寝たのかと思ったが寝室も開けっぱなしで、ベッドには誰もいない。


 どうやら出かけたようだが。


「こんな時間に、また現場に呼び出されたのかな……過労死しなきゃいいけど」


 女の子を自分の部屋まで背負っていき、ベッドに寝かせた。


 すると彼女は目を覚ました。


 そうして部屋を見回すと、状況を理解したらしい。か細い声で言う。


「申し訳ない……あなたに迷惑をかけたようだ」


「かなりね。僕の人生詰みかねない綱渡りやらされた。訊きたいことは山ほどあるけど、それは明日だ。今夜はゆっくり休めばいい。僕は居間のソファで寝るから」


 と、部屋を出て行こうとするとだ。


「待ってくれませんか」

 心苦しそうに言ってきた。


「私が寝ている間、できれば手を握ってほしい。この痛みが襲ってきた夜には悪い夢を見る。寝るなら隣で構いません」


 そんなことしたら事案どころじゃない。


 だが、小学生な見た目の彼女に、こうも心細さそうに言われてしまえば、無視するのも気が引けてしまうわけで。


 ロジオンはため息を吐いてベッドに座り、彼女の小さな手を握った。


「手を握るだけなら」


「ありがとう。とても安心する。痛みも、引いていく……」


 そう言ったきり、彼女は寝息をたてだした。

 本当に安心したらしく、表情が和らいでいる。

 自称ゾーフィアも寝顔は普通の少女そのものだ。


 むしろ可愛らしい、と言っても良いかも知れない。

 もし小学校のクラスにこの子がいたら、男子の三割くらいはきっと彼女を意識してしまうくらいには。


 まったく、いったいコレはなんなんだろう。


 やはり詐欺師の類い? いや、それはそれで無理がある。


 こいつがやっていることが、詐欺としては不合理すぎる。


 この姿でゾーフィアを名乗ること自体が無謀すぎるし、噴水を風呂にしていた謎行為も、勇者と言い張ることになんら説得力を与えない。


 詐欺として根本から成り立ってない。じゃあ、コレはなんなんだ?


 まるでわからない。もし合理的に説明できるとしたら、それはつまり……。


 ゾーフィアに関する世間一般のイメージが実は間違っていて、本当は小学生みたいな姿をしており、噴水を風呂にする変人なんじゃないか?


 でも、だとしたらなぜ、救世主が自身を蝕む魔術をかけなければならない?


 背負った罪への罰だと言っていたけど、人類史最大の英雄が自身を罰する? 


 馬鹿馬鹿しい。


「だってゾーフィアっていうのは、これだ──」


 テレビをリモコンでつけた。ヘッドフォンを被り、レコーダーで映画を再生する。


 昔の実写映画が始まった。それは繰り返し見ている大好きな作品で、数ある勇者映画の中でも、もっとも史実に則しているとされる傑作だ。

 

 本物のゾーフィアは今、自分の隣で寝ているのかも知れない──そんなバカげた妄想を振り払いたかった。


 それに相応しい英雄物語が、モニターの中で始まった。


 ゾーフィア伝説とは、ただ英雄が魔王を倒すだけの物語ではない。


 絶望的だった世界を変革させることで、救いをもたらした救世主の話だ。


 最初に映し出されたシーンは、赤──血と炎が吹き上がる戦場。


 ゾーフィアが現れる前の千年前の世界とは、まさに世界中がそれだった。



          *      *      *


 

 その時代、全ての人型種族はそれぞれ別の国を持ち、戦争を繰り返す、種族戦乱期と呼ばれる乱世を生きていた。三千年間もだ。


 打算的な和平が結ばれることもあるが、すぐ破られ、いつもどこかの種族が争っている。そんな時代にさらなる惨劇が起きる。


 何者かの魔術によって空に謎の文言が映し出されたのが始まりだった。

 それは。


『理想世界の扉が開かれる』


 同時に世界中の人型種族の半分が、その何者かに精神操作の魔術をかけられた。

 オーク、ゴブリン、オーガ、ナーガ、その他多くの種族だ。


 同じ精神操作を受けていない種族を滅ぼそうとする効果の破滅的なものであり、『呪縛』と呼ばれるようになる。


 呪縛をばらまいた何者かの意図は不明だった。人々はその存在を魔王と呼ぶ。


 こうして、ただでも戦乱を繰り返していた世界は、呪縛を受けて魔王に操られた種族と、受けなかった種族が真二つに分かたれた。


 これまでのような打算的な和平すらありえず、どちらかが滅ぶまで続く最終戦争へと突入してしまう。


 このままでは世界人口の九割が死に絶える。


 その未来を避けるには、どこかへ隠れている魔王を見つけ、倒すしかない。


 が、それが可能な呪縛をうけていない種族同士すら、三千年もいがみ合っていたため連携がとれず、魔王捜索は目処が立たない。


 そんな絶望的な状況で現れたのが、ゾーフィアと名乗る魔術の達人だった。


 はち切れんばかりの豊満な肉体にビキニアーマーを身につけた彼女は、魔王に操られた者たちと激突し、呪縛を受けていない者たちの窮地を救う。


 そしてどんな攻撃を受けても倒れない、唯一無二の能力によって勝利をもたらす。


 誰より多大な戦功をあげても、何の見かえりも求めずに。

 彼女はただ一つの言葉を繰り返す。


「今こそ、魔王を探し出すため、呪縛をうけていない者たちは結束を!」


 ときにたった一人で百万のオーク軍勢と対峙することもあった。


 世俗の利害に毒されず、結束を訴える彼女は、神秘的な目で人々から見られるようになる。人ではない超常的な救世主なのだ、と。


 人々は感化されていった。

 呪縛をうけていない種族たちが、徐々に協力を始める。


 その動きは世界中へ広がっていく。


 やがて彼らは因縁を乗り越え、魔王を探し出すために世界的な軍事同盟である大同盟を結成する。


 ゾーフィアの献身がバラバラだった世界を結びつけたのだ。


 その甲斐あって魔王は発見され、ゾーフィアは決戦へ挑む。


 彼女はビキニアーマーに包んだ豊満な体を、これでもかと揺らす死闘の果てに、魔王を打ち倒すのだった。


 世界から呪縛は消え去り、最終戦争は終わった。


 大同盟は魔王が消えた事で目的を失ったが、巨大な抑止力として機能するようになり、種族間の交流が進むきっかけとなる。


 かつてないほど安定した時代が訪れた。


 ゾーフィアは三千年の乱世をも終わらせたのだ。


 だが、その後、彼女を見た者はいない。


 本当に世界へ救いをもたらすためだけに、現れた存在かのように。




       *      *      *



「やっぱり、僕はこのゾーフィアが好きだ」


 ラストシーンに映し出されたゾーフィアは、夕日の中へ微笑みと共に去っていく。


 完全無欠の英雄の姿しか、そこには描かれていなかった。


 出会って十五秒で全裸で脅迫してくるような、やべえ奴としても描かれてなければ、噴水を風呂にしている描写もあるわけない。


 ましてや、自分自身に呪いのような魔術をかけるようなことも。


 今、隣で寝ている自称ゾーフィアの言うような、大罪と呼べる要素は、ゼロだ。


 もし、ゾーフィアにそんな罪があるとしたら、それは何を指しているんだろう?


 



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