4話 全裸な勇者(自称)の隣でまどろむ。そして僕はGカップ必須と叫ぶ。


「ゾーフィアの大罪だって……?」


 腰掛けたベッドすぐ横で、寝息をたてる自称ゾーフィアを見ながら、ロジオンは独り言を呟く。


 すぐに思いつくのは、呪縛で操られた人々を殺めてしまった事だろうけれど。

 これだって仕方のなかったことだ。


 そうしなければ、もっと大きな悲劇しかなかった。


 責任を問われるべきは魔王であって、勇者じゃない。


 大罪と呼べるとは思えない。

 

 それにこの自称ゾーフィアは言っていた。


『歴史に残されていない大罪』と。


 つまり、この映画では描かれていない何かを、勇者は犯してしまった。

 と、言いたいのだろうけど……。


「バカバカしい……。本当だとして、どう証明するつもりなんだ。伝説とは何もかも真逆なのにさ。だいたいゾーフィアと言ったら、これがなきゃ──」


 と、眺めているのは、モニターに映るゾーフィアの豊かすぎる胸の谷間で。


「これがなきゃゾーフィアじゃない。世界を救った英雄でありながら + 歩くだけで全世界の男を魅了してしまう、蠱惑性という二面性が最高のヒロインなんだ。うん、住みたい。あの大渓谷に住みたい。永住したい」


 真顔で紳士的発言を呟いた。


 そう、ロジオンは、でっかいそれが大好き紳士。


 そして三十センチ隣で寝息を立てている自称ゾーフィアは、それとは真逆だ。


「悪いけど、いっしょに寝てるとこを、親父が帰ってきて見られたら、通報だけじゃすまない。僕はやっぱ、リビングのソファで寝させてもらうよ」


 握っていた少女の手を離し、立ち上がった。


 そうして部屋から出ようとしたときだ。


 少女が、うなされ始めた。ひどくだ。手を握ってやっていた時とは真逆の苦しそうな表情になっている。『悪い夢』とやらを見始めてしまったらしい。


 リビングに行こうとしてたが、少女のうなされる声で、後ろ髪がひかれまくるわけで。


「ああ……もう……。こんなの、ほっとくとか無理じゃないか……」


 ベッドに近付き、もう一度、少女の手を握ってみた。


 すると、表情が和らいで、うなされる声も止んだ。


「……」


 ロジオンはあきらめ顔でため息吐いた。

 そして自称ゾーフィアが眠るベッドに腰掛けなおし、呟く。


「まったく……僕は何やってんだか……」 


 時計の針は四時を回っている。あと何時間かで朝がくる。それまでだけだ。


 手を握ってやればいい。


 そうしてしばらく──右手で自称ゾーフィアの手を握りつつ、左手ではスマホをいじっていた。何かに集中してしていないと寝てしまいそうだからだ。


 で、がんばって起き続けるために、脳に刺激を与えようと、立派な胸をお持ちなゾーフィアのファンアート画像を検索して、保存コレクションするという作業に集中していたが──眠気は最高潮に達していた。


 急速に眠りに落ちていくのを自覚し、最後の抵抗とばかりに、呟く


「そうさ、ゾーフィアとは住むべき大渓谷の持ち主であって、断じてそれ以外じゃない。だって大渓谷がなかったら、僕はどこに住めばいい? 困るじゃないか」


 もはや眠すぎて意味不明なことを言いながらも、隣で眠る自称ゾーフィアを見やり、思ってしまう。


 本当にコレが……もし、万が一、本物だったら?


 ゾーフィアは、思い描く理想とは違うのかも知れない(主に胸部が)

 

 そんな事を考えていたときにはもう、眠りに落ちていた。

 

 きっとそのせいだ。

 夢を見た。



  ◆◇◆◇◆◇◆



 ゾーフィアという英雄を追いかけだした魂の原点。


 勇者オタクとして目覚めたきっかけ。物心ついたばかりの頃の夢。


 児童養護施設の夢だ。


 産まれてすぐ、捨て子として、そこで保護された。


 その施設は若干かなり狂っていた。


 私立だったのだが、設立者の紳士が熱烈なゾーフィアマニア。


 雇われていた保育士は全員が美女であり、バストはGカップ以上。


 職員制服はビキニアーマー。その上にエプロンを着けることもあった。


 もはや、パッと見は風俗店にしか見えない。


 そのせいでご近所から、「破廉恥にすぎる!」とクレームが騒がれ、行政から査察に入られた事があり、記者会見まで設けられたのだが。


 責任者の紳士は真顔でこう宣った。


「救世主の彫像をモデルにした制服なだけだ」


 ゾーフィアとはこの世界において神聖な最高権威。救世主と同じ格好をしているだけと言われれば、公的機関もご近所さんもマスコミも黙るしかなかった。


 施設内で幼児へ読み聞かせる絵本はゾーフィア冒険譚。


 見させられるテレビ番組も勇者もの時代劇。


 少年の性癖を歪めるには十分な破壊力だった。


 ロジオンは勇者映画にどハマりして、古今東西の作品を根こそぎ見るようになる。


 そんな彼が五歳のときにはもう。


「僕は絶対、Gカップの女の人と結婚します」


 と、お茶目な台詞を吐くようになった。


 こうしてマニア英才教育を受けた子どもたちは、大なり小なり変人に育ったのだが、ロジオンだけは次元が違った。他人に説明しようがない衝動を自覚し始めた。


『世界のどこかにいるゾーフィアを見つけなければ』


 絶対にそれをしなければならない。今すぐに。


 だから頻繁に施設を抜け出し、ゾーフィアを探して放浪した。


 その度に大人たちが彼を探し回ったが、保護される度にこう宣う。


「今もゾーフィアはどこかにいるんだ。どこかで寂しく僕を待ってるんだ」


 いつもこんな調子だった。


 そして六歳になった時。今の父へ里子として迎えられることになる。





 施設を出るその日。春の木漏れ日の中。


 設立者の紳士から、正門の前で、とある物を渡された。


 黒珊瑚のペンダントだ。


「これはね、ロジオン君──」


 紳士は優しい笑顔で説明してくれた。


 どこからどう見ても変態には見えないパーフェクトスマイルで。


「赤ん坊の君が施設に保護されたとき、持たされていた物だ。『耳鳴り珊瑚』という昔の通信魔導具でね。同じ珊瑚の枝の切れ端同士で会話を伝達できる。

 これはもう劣化して使えないがね。昔は大切な人同士が、枝を分け合ってお守りにして持つ風習があった──もう何が言いたいか分かるね?」


 つまり、ロジオンを捨てた本当の親は、彼を育てられない理由があったのだろうが、大切に思って耳鳴り珊瑚を持たせた。と紳士は言いたかったのだが。


 六歳のロジオンはこう答えた。


「あ、わかった。僕を大切に思ってくれる人、それはゾーフィアだ。この施設の門の前で親から捨てられていた僕に、偶然通りかかった彼女が持たせてくれたんだね!」


 すごい超解釈きた! と紳士は一瞬キョトンとしたが、すぐ感涙して。


「そうだよ、ロジオン君。君はゾーフィアに選ばれし男。必ずや勇者を見つけ出し、Gカップ以上が確定している彼女をお嫁さんにするのです!」


 これを信じた。ガッツリと。というか人生の目標となった。




 実際、小学校六年生のとき、国語の授業中にこんな作文を朗読することになる。




「僕の将来の夢!」


 教室で作文タイトルを元気いっぱい読み上げた。


「僕の夢は、勇者を見つけ出すことです。

 ゾーフィアは不死身と言われているので今もどこかにいるはずです。

 どうやったら会えるか考えました。

 どこにいるか分からなくても見て貰えるかもしれない広告をだして、会いたい、と書いてもきっと僕の気持ちは伝わらない。

 彼女を探しだすなら世界中が見てくれて、気持ちが伝わる方法じゃないと。

 それは何か? 僕がゾーフィアを好きになったきっかけと同じ方法がいい。

 ずばり映画です。映画は世界中が見る。僕が最高の勇者映画を作るんです。

 それを見たゾーフィアが感激してくれれば会いにきてくれると思います! だから僕は映画を作る人になりたい! おわり」


 ウサギの耳を持つ獣人種の男性教師は微笑ましそうに、こう訊いてきた。


「それでロジオン君はゾーフィアに会ったら何をしたいんですか」


「結婚します! だって世界を救ってくれた人だよ。こんなすごい人いない。ゾーフィアが居なかったら、今、僕達はここで生きてないってことだもん。それに――Gカップ以上も確定しているし!」


 すると教室中の生徒が笑い出した。


「な、なんでみんな笑うの⁉ Gカップじゃ足りないの?」


 絶対そこじゃなかった。


 後ろの席のいじめっ子ドワーフが茶化す。

「ゾーフィアなんてもう居るわけないだろ。千年も誰も見てないんだぞ」


「僕はこう思ってる。もともと正体不明だから、ゾーフィアを見ても誰も気づかないだけだ」


「英雄なのに、正体を隠し続ける理由なんかないだろ。いなくなっちゃったんだよ」


「そんなことない。きっと深い理由がある。僕は信じてる」


「もし見つかったとして、救世主がお前なんかと結婚するわけないだろう」


「僕はゾーフィアを幸せにするため、どんな努力もする。絶対、結婚するんだ!」


 ロジオンが半泣きで反論すると、また教室に彼を馬鹿にする爆笑が沸き起こる。


 ウサ耳獣人種の男性教師は、手を鳴らした。

「はい。皆さんそこまで、ロジオン君に拍手。先生はすばらしい目標だと思います」


 そこでロジオンは自分が夢を見ていることに気づいた。


 繰り返し見る懐かしい過去の夢。いつもならこの教師の台詞を最後に目が覚める。


 だが、今回はそうならなかった。現実ではありえなかった光景が続く。


「あ、でも先生は思うんですけどね。ゾーフィアは実はツルペタ幼女なんじゃと思うんですよ。いいですよね。ツルペタ幼女。ロジオン君はつまりツルペタ幼女と結婚したいというわけですね。先生もツルペタ幼女と結婚したいです」


 いきなり小学校教員として言っちゃいけない発言をぶちかました。


「いや、僕はおっぱいの大きなゾーフィアが大好きで! Gカップ未満禁止で!」


 ロジオンも授業中に叫ぶにしては、どうなのかをぶっ放し。


「先生!」

 またドワーフの悪ガキが手をあげる。

「ゾーフィアは千年前に活躍してたわけだから、ただの幼女ではなく、ババァ、いわゆるロリババァだと思います!」


「その通りですね」

 と頷く教師。

「ここ歴史のテストで出るので覚えておくように。ゾーフィアはロリババァ。ツルペタババァ。はい、みんな一緒に声を出していこー!」


「ゾーフィアは、ロリババァ!」

「ゾーフィアは、ツルペタババァ!」


 そこでロジオンの対抗心に火が付いた。負けじと叫び返す。自分の信念を!


「ゾーフィアは、ぷるんぷるん! ゾーフィアはぷるんぷるん!!」



 そこで目が覚めた。自分の寝言の叫びがデカすぎてだ。

 ぷるんぷるん叫んでた。



  ◆◇◆◇◆◇◆



「──ぷるんぷるん…………。ぷ……るん…………るん⁉」


 窓の外は明るくなっていた。朝だ。小鳥がチュンチュン鳴いている。


 そして枕元からのぞき込まれていた。自称ゾーフィアに。


「いったいあなたは……どんな夢を見ていたのです」


 とっても冷たい目で見下ろされてた。

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