全裸ホームレス勇者少女(呪)を拾う。~ちっちゃな自称元勇者に出会って十五秒で脅迫されて映画作りを頼まれたけれど、なんかこの人、死にそうです!!~
14話 無茶ぶりスポンサー、斜め上を言い出す。そして僕は凍り付く。
14話 無茶ぶりスポンサー、斜め上を言い出す。そして僕は凍り付く。
すぐさま撮影の準備が始まった。
ロジオンは一生分の緊張を味わったせいで、スタジオの隅、大道具の陰でぐったりしていた。瞳から生気が抜けている。
ハレヤがその後ろから声をかけてきた。
「まったく無茶を……。こんなこと、あなたのためにならない。もし嘘がバレて訴えられたら詐欺罪になる。その歳で前科持ちになったら、映画業界どころか、就職が絶望的だ。まだ引き返せる。ダハラ氏に頭を下げて本当の事を言ってきなさい」
ロジオンは首を振って断固拒否。
「僕は突っ走るって決めたんだ。ゾーフィアかも知れない人を助けるために」
するとハレヤは怒ったように目を険しくする。
「なら私はこう言う。私はゾーフィアではない。全てはあなたを騙す嘘だった。私のような山師のため、人生を棒にふる必要はない!」
「あはは。詐欺師ならそんな事言わない。でもこんなアホな作戦でダハラ氏が騙されてくれるとは思いませんでした」
ハレヤは呆れたようにため息。
「騙された? ダハラ氏が? やはり、あなたは若い。彼はビジネス界を裸一貫で昇り詰めた豪傑だ。三文芝居でほんとに騙せたと?」
「言われてみると……やけにあっさり納得してくれた気は……」
「リスクの高い仕事で都合の良すぎる違和感を覚えたら、関係者の利害を整理してみれば裏が見える。まずダハラ氏が全てを見透かしていたとして、契約違反を理由に、違約金を請求した上で製作を中止させることもできたが、しないのはなぜか?」
言われてロジオンはハッとした。
「あ、ああ、そうか……もし今ではなく、例えば一週間後に映画を潰すことになっても、結局そのとき違約金を払うのは僕らの製作会社だ。ダハラ氏は何も失わない。急いで企画を潰す必要はないってことですね?」
「ならば、天才脚本家を称するピエロに踊らせるのも一興。これをネタに訴訟でも起こし賠償金をふんだくるのもいい、と彼は考えているのでは?」
「えっ……」
「あるいは別の何かを考えているやも。いずれにせよ、あなた方を泳がせることは、ダハラ氏には利用価値があるがデメリットはない。今のうちだ。引き返しなさい」
「逆ですよハレヤさん。様子見されてるなら、チャンスはあるってことだ。今から始まる撮影で、ダハラ氏が出してくる修正に応えられれば」
「向こう見ずが過ぎる。このままでは、あなたは人並みの人生すら望めなくなる」
「僕は、ゾーフィアかも知れない人を死なせてしまったら、その後に大富豪になったり、Gカップ美女と結婚しても、一生不幸だ」
「もうこれだから……あなたという男は……」
「そんなことより、ほら──」
休憩時間が終わるチャイムが鳴った。ロジオンは背景合成用セットを指さした。
スタッフたちが集まり始めている。
「撮影が始まりますよ。ダハラ氏がどんな要求を出してくるかわからないけど、その難易度はどんなシーンか次第だ。ちゃんと見ておこう」
ゾーフィア役の人間女優も現れた。
スタイル抜群、ビキニアーマーの衣装だ。はち切れんばかりのGカップが金属のブラからこぼれ落ちそうという、完璧なビジュアルだった。
ロジオンは思わず身を乗り出して、ガッツポーズ。
「やれやれ……」
肩をすくめるハレヤ。
「私があんな破廉恥な格好で戦っていたわけないのに……」
「ハレヤさん、そんなの関係ない。ロマンですよ。ロマン!」
「あれではゾーフィアは痴女だ」
「自称本物ゾーフィアも、公共の公園で全裸でほっつき歩いてますよね?」
「わ、私は子どもの体だからセーフ。あの女優のような体でやるのは犯罪だ」
◆◇◆◇◆◇◆
ゾーフィア役の女優が、背景合成セットの白い空間へ立った。
その周りにいた背景担当の魔術スタッフたちが呪文を唱え始める。すると大草原がセットに映し出され、足下に草が生い茂りだした。どんどん広がっていく。
それらは光学魔術で立体投影されたもの。これを複数人で分担する事で、背景だけではなく人物まで作りだせる。モブ程度であれば違和感なく動かす事もできる。
数秒もしないうちにスタジオは大草原のただ中と化していた。
次に群衆描写担当の魔術スタッフたちが詠唱。今度は草原の彼方に、大軍勢が現れた。オークの軍団だ。その数は数十万、いや、百万はいるだろう。
そこでハレヤは呟いた。
「これは『緑風草原の決戦』か。よりにもよって……」
「あ、そうですね!」
ロジオンは大興奮。
「勇者がたった一人で百万のオーク軍団を殲滅したという人類史上最大の数的差で行われた戦闘。魔王との対決以外では、一番の山場だ」
そこで、ダークエルフのプロデューサ-、オネエPが近づいてきた。憂鬱そうに。
「でもね、ロジちゃん……これ、魔王の呪縛で操られる百万人のオークを、勇者が皆殺しにするシーンなのよね……」
「そう、ですけど?」
「ダハラ氏の種族を思い出しましょ?」
「オーク、ですよね。それで文句言ったりするんですか? これ史実の時代劇ですし、仕方ないというか」
「そういう正論がまかりとおるなら、今の状況になってると思う?
賭けても良いわ。ダハラ氏はもっと斜め上を言い出す」
そう話している間にも、魔術スタッフがゾーフィア役の女優へ呪文を唱えていた。
「アニ・ロー・ゼン」
女優の姿は光学偽装で透明になった。勇者ゾーフィアは人前に姿を現す時はこうしていたから、映画でもこれが定番だ。
そこへ撮影監督が指示をだす。
「偽装の強度ちょっと落として、カメラにギリ写るくらいで」
言われて魔術スタッフが追加で呪文を唱えると、女優の輪郭が揺らめいて見える程度になった。
完全に透明だと観客からもスクリーンで何が起きてるか分からなくなる。
撮影助手がカメラの前にカチンコを持って現れた。
それがカチン! と打ち鳴らされる。
スタートだ。
女優の横から送風機で風が当てられ、髪が激しくはためく。
彼女が見つめているのは、大草原を埋め尽くして迫るオーク軍団。
そこへ叫ぶ。
「オークたちよ! どうか止まってほしい。この先にはドワーフたちの山岳王都がある。エルフたちの住まう森がある。ノームの地下都市が、人間たちの帝国が──」
だが、呪縛で操られた者たちと、そうでない者とでは意思疎通が成立しない。
勇者の声はオークたちにとって、敵対的な喚き声としか認識されないのだ。
だから、ゾーフィアへと返ってきたのは言葉ではなく──。
最上級のオーク魔術師がしかけてきた看破魔術だった。それはゾーフィアの周囲の空間へ干渉し、彼女の輪郭をぼんやりと赤く浮かび上がらせ、目立たせる。
その膨張色のせいで、体格が一回り大きく見えだした。
続いて弓兵の隊列から一斉射撃、十万本の矢だ。
それらは青空を覆い隠す密度でゾーフィアへ飛んでくる。
矢の豪雨。逃げ場などない。
しかし、ゾーフィアはただ剣を抜き、オーク軍団へ向かって歩き出した。
無数の矢が全身に命中するも、一つも刺さらない。
不死身の英雄だからだ。
次にオークの魔術師たちが、複数人で詠唱する複合破壊魔術を放ち、大爆発。
草原が激しく振動し、爆風が彼方まで吹き抜け、キノコ雲が空高くあがる。
だが、ゾーフィアは平気でその爆炎の中から歩いてくる。
オークの歩兵たちが槍やメイスを振り上げて突撃を開始。
ゾーフィアを取り囲むよう、数千が押し寄せる。
彼女が強力無比な結界を使うと判断したオークたちは、その結界が切れるまで波状攻撃を続けようというわけだ。
強力な魔術ほどその力の源たるマナの消費が激しくなり、結界なら長時間維持することはできないはずで、物量戦が有効だからだ。
が、ゾーフィアは迫り来るオークへ火炎魔術を放ち、歩兵を火の海へと沈めた。
さらにオーク騎兵がそれを迂回して側面から襲いかかってこようとしている。
しかしゾーフィアは全周囲へと電撃魔術をほとばしらせ、騎兵たちをも蹴散らしてしまう。
それでもオークの数が多すぎる。すでに包囲され、肉薄されようとしていた。
ゾーフィアは剣を構える。その刀身は青黒く、煤けている。
彼女が愛用したと伝わる大業物。絶対に折れない剣『ヴーグニル』と銘々された中の一振りだ。
こうして戦場は刃が乱舞する大乱戦となった。
ゾーフィアは津波のごとく押し寄せるオークたちの攻撃をかわし、草原を縦横無尽に駆け巡りながら、次々切り伏せる。
終止、冷静に立ち回り、表情から一秒たりとも不敵さが失われない。
無敵で完璧な英雄、これがゾーフィアのイメージだからだ。
そして長い戦いのすえ、最後の一人のオークが倒れると、女優は剣を振って血糊を払い、鞘へ収める。
◆◇◆◇◆◇◆
「カット!」
ノーム監督の号令で撮影機材が止められた。
同時に光学魔術も解除され、足下に転がっていたオークの死体や、血に染まった草原が消え去っていく。
スタッフたちが拍手を始めた。女優は汗をタオルで拭いながら、笑顔で応える。
ロジオンも女優の汗が伝うその胸元の大渓谷へ、目を煌めかせていた。
汗になりたい。あの一つ粒の汗になりたい! と心の中で叫びながら。
だが和気藹々とした雰囲気は、叫ばれたダミ声で凍り付く。
「ちょっといいかね」
大富豪なオークのスポンサー、ダハラ氏だ。
監督の近くの椅子から、手をあげている。
スタッフたちはダハラ氏が何を言い出すか、耳をそばだてた。
が、誰もが思っていた。
きっとオークが殺されることに対して、修正を要求してくるのではないか?
オークが殺されないようにしたり、あるいは緑風草原のエピソードそのものを削除したり。
緊張が張り詰めたスタジオの中心で、ダハラ氏はおもむろに口を開く。
「ワシは思いついたんだがね。やはり勇者の種族は、オーク、にしようと思う」
スタジオが沈黙に包まれた。
時間が止まったかのように、誰もが体を凍り尽かせている。
「聞こえなかったのかね。勇者の種族はオークに変更する、とワシは言った」
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