15話 無茶ぶられる。そして僕は斜め上空、五万メートル。 1



「聞こえなかったのかね。勇者の種族はオークに変更する、とワシは言った」


 静まりかえったスタジオの中。

 ノームの監督はそれを聞いた瞬間、メガホンを落とした。


 さらに白目をむき、ポテッと倒れた。衝撃のあまり卒倒したようだ。


 オネエPもやばい。

 血の気が引いた顔でブツブツ言ってる。


「斜め上ってレベルじゃないわ。斜め上空五万メートル、大気圏突破よ……」


 オネエPはヨロヨロと、ダハラ氏へ近づく。


「ま、お待ちください。ダハラ様……! それは主演女優の交代……という事ですか? 最初から撮り直し……になりますが?」


「無論だ。あの人間女優から交代で、オーク女優にやらせる」


「しかしあの、主演女優のオーディションには、決定権を持つダハラ様も参加なされており、ご自身で選定されたわけでして」


「あの時は誰を選べば良いか分からんかった。君らに推された女優を指名したにすぎんよ」


「は、はい。史実の勇者は種族が特定されてません。

 なので役者を選ぶ基準は呪縛をかけられなかった種族になりますが。

 つまり人間、エルフ、ドワーフ、ホビット、ノーム、獣人種、巨人種、が候補で。

 マーケティング的に人口の多い人間であること、ならびに世間一般のゾーフィアのイメージとして、長身でスタイルの良い女優にするのが定石で」


「だが、それもおかしな話しだと思わんかね。ゾーフィアの容姿が学術的には特定されていないのなら、人間女優でしかもボインでなければならん決まりはない。

 全ての種族が平等に暮らすこの多様性の時代に、ワシが出資する映画を、そのような種族差別に偏った考えで作られては困るのだよ、君」


 オネエPの表情がやばい。

 困惑し果てて、目が完全に死んでいて。


「し……しかしダハラ様。勇者がオークであれば呪縛で操られてしまうはずですし」


「そんな事はない。ゾーフィアは不死身なのだ。魔王の呪縛だって防げても不思議じゃない。そうして正気を保ったオークだった可能性はあるだろう?」


「で、でも呪縛で操られた種族とそうでない種族による、どちらが生きのこるかの最終戦争だったわけで。オーク勇者がオークの味方をせず、オークと戦うというのは意味不明になり破綻しますし。今からまた女優を探すところから始めるとなると……」


「なんにせよ。キャスティング権はワシにあるし、途中交代の権利もある。人選なら安心したまえ、すでに用意しておる」


「へ?」

 オネエPのピンク眼鏡がずり下がった。


「おーい、ブーラコ。こっちに来て挨拶をなさい」


 ダハラ氏が呼ぶと。オーク女子が現れた。


 オークの女性はイノシシというよりもブタに近い容姿であり、その二十歳くらいの娘もピンク色の肌がよく目立った。

 歩き姿は気品を感じさせ、育ちの良い令嬢といった雰囲気だ。


「ワシの娘だよ」

 と、ダハラ氏がオネエPに目を向け直したらだ。


 オネエPはその場にへたりこんで、口から泡を吹いていた。

 そしてパタリと倒れた。


「なんだ、熱中症か? 誰か介抱してやらんか。ええい、監督もプロデューサーも話しにならん。おい、脚本家、どこにいる。こっちにこんか!」


 ロジオンはビクリとしてしまったが、行こうとした──が。

 ハレヤにTシャツを掴まれた。


「止めなさい。ロジオン。ここで引き返すべきだ」


「さすがにこれは無理だと分かってます。ダハラ氏に考えを改めるよう説得する」


 堂々とした歩き姿で。ダハラ氏へ近づいていく。


 それをスタジオ中のスタッフが見守っている。期待を込めた眼差しで。


 だからロジオンは気づいた。自分がただの新入社員であると、オネエPは監督以外に知らせてないんじゃ? 一般スタッフには若き天才と吹聴されたんじゃないか?


 だってヒソヒソ声でスタッフたちから聞こえてくる。


「あれがオネエPが連れてきたっていう噂の大先生なのか」とか。


「随分と若いが。あのオネエPが選んだんだ。間違いは無い」とか。


「彼こそがオネエPの切り札。どうにかしてくれることに賭けるしかない」とか。


「聞いた事ない脚本家だが、オネエPがスカウトしたんだ。やってくれるはず」

 

 なんかオネエPの人望と信頼がすごい。


 これじゃほんとに救世主のような扱いじゃないか。


「お待たせしました。ダハラさん」


 ダハラ氏の前に立った。

 片手をポッケに突っ込んだ尊大僕様ポーズでだ。

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