13話 サングラスをかける。そして僕は大言壮語、大先生。

 スタジオに入って目についたのは、白い壁で囲まれた一角だ。


 背景合成用のセットで、そこを取り囲むように撮影機材が置かれている。


 スタッフたちは休憩中らしく、人は少ない。

 思いおもいの場所で軽食をとっていた。


 オネエPに先導されて向かうのは、スタジオの隅にあるガラス張りの休憩室だ。


 そこにダブルのスーツをキメた五十代のオーク男性がふんぞり返っていた。


 オークという『人豚』を意味する種族名のとおり、男性オークはイノシシを思わせる面構えに、口元からは牙が見える。


 その彼の前では、小人種族であるノーム族の気の弱そうな中年男が接待をしてるところだ。


 オネエPが歩きながらロジオンへ説明する。


「気の弱そうなノームがうちの監督。彼も頑張って踏みとどまってくれてるけど、血尿が止まらないって愚痴ってたわ。そろそろぶっ倒れちゃうかもね。

 で、あのオーク紳士がメインスポンサーのブバラ・ダハラ氏よ。ダハラ食品の創業者。経済界の頂点に君臨する豪傑。そそうがないようにね」


 ダハラ氏はサングラスをかけており、葉巻をくゆらせる姿は、企業経営者というより暴力組織のボスに見える。かなりの有名人だ。


 裸一貫から数多の企業を吸収合併した天才経営者のサクセスストーリーは、ドラマ化され、ロジオンも知っている。


 オネエPは休憩室のドアの前で立ち止まった。


「これ、小道具よ」

 サングラスを渡された。

「大物クリエイター感がでるわ」


 それをかけてみた。確かにちょっと大物感は出た気がする。


「じゃ、最高にクールな演技を頼んだわよ。ロジちゃん」


 ダハラ氏に自分が天才脚本家だと思わせるための演技。

 それをやりとげる台本を、ロジオンは頭の中で必死に組み立てようとしていた。


 鍵になるのはダハラ氏が本物の若き天才だったこと。二十代の頃の彼は飛ぶ鳥を落とす勢いで、傍若無人な放言によって世間を騒がせていた。


 なんせテレビドラマで描かれた若き彼の一人称は『俺様』だったが、実話だ。


 ならば同じような傲慢な若造を演じればいい。

 それがもっとも説得力を生むはずだ。


 そう決めたロジオンは深呼吸をし、休憩室に入った。


 サングラス越しにダハラ氏と視線が合う。緊張で目を泳がせてしまいそうになる。


 オネエPが揉み手をしながらすり寄っていく。


「お待たせしました、ダハラ様。こちらがお知らせした。若き天才脚本家、ロジオン・ロコリズ大先生でございます」


 大先生呼び⁉ とロジオンたじろぎつつ、落ち着け、と己に言い聞かせる。


(いいか、一人称は、俺様、でいくぞ。よし、まずは自己紹介だ)


「初めまして。僕様がロジオン・ロコリズ大先生です」


(あ……やっちまった! 緊張のあまりしくった。僕様? なんだそりゃ? 

 しかもセルフで大先生呼び? さすがにやりすぎだ)


「……」

 ダハラ氏は呆気にとられてポカーン。咥えた葉巻が落ちそうになってる。


(も、もうあとに引けない。この僕様キャラで押し通すしか!)


 ロジオンは椅子に座った。強烈にふんぞり返り、脚を組んで。


 さらにテーブルに置いてあったダハラ氏の葉巻を勝手に一本取って咥え、オネエPへ顎をしゃくって火をつけさせ、言った。


「で、ダハラさん。僕様のことはどこまで聞いておいでで?」


「僕様、だと? ま、まあ、元の脚本家が君に頼み込んだと、非常に優秀だとだな」


「それは違います。僕様は非常に優秀なんかじゃない」


「なんだと?」


「スーパーミラクルに非常に優秀。なにしろ、僕様、ですから」


「し、しかし、ワシは君の名前は聞いたことがないのだが。実績はあるのかね」


 あるわけない。そこでオネエPが助け舟のつもりか口を挟んできた。


「ロコリズ大先生はまだ一般には知られていません。しかし業界では噂になっている天才でして。彼が才能を見せたのは、大学サークルでの自主製作映画でした」


「ほお、なんというタイトルだったのだね?」 


 ダハラ氏に訊かれ、オネエPの目が泳ぐ。口からでまかせだったからだ。

 最悪の方向に助け舟が流れだした。


「か、監督」

 オネエPはノーム監督に助けを求めるよう顔を向ける。

「あの作品はすばらしいわよねえ。ここからは監督に語ってもらうのが良さそうね」


「えっ⁉」

 ノーム監督は、こっちに無茶ぶりかよ、と言いたげだが。


「え、ええ、あれは本当にすばらしかった。壮大なスペクタクルあふれる画面作りに、遠大なロマンを感じさせる世界観。綿密に織り込まれたシナリオは天才のなせる技。タイトルは、タイトルはそう──あ、これは大先生から紹介なさった方が」


 すごい無茶ぶりパスが回ってきた。ロジオンは冷静を装いつつ冷や汗ダラダラ。


 こうなったら、本当に映研サークルで脚本を担当したタイトルを言うしかない。

 真顔をキープ。そしてサングラスを指でクイッと直し、大物感を出しつつ言う。


「ニャン太とワン子のミュンミュン大行進」


 幼児向け着ぐるみ映画のタイトルである。


 が、壮大なスペクタクル、遠大なロマンというイメージからほど遠いファンシーさのせいで、ダハラ氏の表情が硬直した。


「な、なに」とダハラ氏。「みゅん太とみゃん美のにゃんにゃん大行進?」


「違うわ」とオネエP。「ニュン朗とミャン吉のワンワン大作戦、よ」


「いやいや」とノーム監督。「フレッドとホリーのルンルン大脱走、でしょう」


 誰一人、合ってない。


「まあ細かい事はいい」

 ダハラ氏は咳払いした。

「業界の注目株というわけかね?」


 オネエPは椅子から身を乗り出し、頷く。


「そうなんです。彼の師である父君が、うちの所属でしたので招き入れることができまして。大先生の強みなんですが歴史学の勇者研究者でもありまして。論文も発表されており」


「なるほどな。つまり勇者ものを書かせるなら右にでるものはいない。だから父である元の脚本家が引き継ぎを希望している、ということかね」


「そうでございます、ダハラ様!」


「それなら、まあ、合理的な話しにも思えるな」


「りょ、了承していただけますでしょうか……? スポンサー陣のリードをしていただいてるダハラ様が承認していただければ、他スポンサーの了承も必然で」


「しかし、ワシは彼の実力を知らん。一つくらい仕事を見せてもらわんとな? 丁度良い、こうしよう。今からする撮影でまた何か修正してもらいたいところが出るだろう。そこを彼に直して貰う。その出来に納得できれば正式に了承する」


 青ざめるオネエPは、ダハラ氏へ揉み手で詰め寄る。


「し、しかしあのダハラ様。恐縮なのですが。これまでも何度もお願いしたように、内容修正のご要望は、脚本や絵コンテの時点でおっしゃっていただけると」


「文字や絵だけじゃ、よくわからん言っとるだろう? 君らプロはそれで完成品が想像できるかもだが、ワシは役者が演じたものを見んとわからん。だから契約では撮影段階でも、修正を指示できるとしてあるはずだ。だろうプロデューサーよ」


「しかし、ここまで重なるとは想定しておらず……。

 撮影まで進んだ段階で修正となりますと、用意した大道具や小道具、衣装、そろえたスタッフなど全て無駄になってしまうわけでして。

 設定レベルでの変更までありますと、他のシーンとの整合性もなくなり、修正する以外の他のシーンを先に撮っておくこともできず、脚本修正がボトルネックになってスケジュールがストップするわけで、結果、脚本家の負荷がすごいことに──」


「ワシに専門的な事を言われてもわからんよ。煙に撒こうとしとるのかね?」


「め、滅相もございません!」


 オネエPは縮み上がった。


「ならば、契約は契約。間違っとるかね?」


「い……いえ」


「ワシが言ったことを、やるのか、やらんのか。どっちだ」


 オネエPは泣きそうになってしまい。


「や……やらせていただきます……! 大先生、よろしいですね?」


 やるしか、ない。


「それで結構。受けて立ちます」


 自信満々に見える笑顔で歯をキラリとさせ、宣言したのだった。

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