全裸ホームレス勇者少女(呪)を拾う。~ちっちゃな自称元勇者に出会って十五秒で脅迫されて映画作りを頼まれたけれど、なんかこの人、死にそうです!!~

菅野 事案

全裸ホームレス勇者を拾う。

1話 全裸な勇者(自称)と出会う。そして僕は脅迫される。


 深夜二時の公園、噴水の中にその少女は素っ裸でいた。


 まるで風呂にでも浸かっているかのよう、というかまんま風呂化している。


 だって噴水の水はピンクに泡立ってる。


 どう見ても入浴剤が入れられていた。


 少女はまだ十歳くらいだろうか。


 女性らしさの片鱗も見せていない体は子どもそのものだが、表情は大人びている。


 胸元まで水に沈めて座り、長い黒髪をシャンプーで洗っていた。鼻歌交じりで。


 当たり前だが、ここは公衆浴場じゃない。大都会にある公園。


 敷地の外には明かりが消えた高層ビル群が見えるし、上空には航空船──魔導装置じかけの空飛ぶ船が、魔法陣を点滅させながら、いくつも飛んでいる。


 つまり、この黒髪の少女は、普通じゃない。


『なんかやべえ奴』だ。


 そんな奴がいるとも知らずに、この噴水広場を通りかかる男子大学生がいた。


 暢気そうな顔してコンビニ袋を片手に歩いている。


 二十歳より少し若く見える彼は、いかにも夏休みでバイトしてる大学生、といった風体で働き先のIDカードを首から提げていた。大手の映画製作会社のだ。


 名前はロジオン・ロコリズ、と記載がある。


 着ているTシャツはアレだ。


 アニメキャラがプリントされているという、見ている他人が恥ずかしくなるようなそれを着こなしている。気合いの入ったオタクなのだろう。


 で、彼は目撃したわけだ。ライトアップされた噴水が泡風呂化しており、女の子が体を洗っている、という非日常な光景を。


 その子と目が合った。ガッツリと。


 が、どうリアクションするべきか彼には、まったくわからんかった。


 常識的に考えれば、他人の入浴を覗いたのを謝るべきだろうが。もっと常識的に考えれば、なんでこんな所を風呂にしてるんだ、という根本にぶちあたる。


 黒髪の少女は恥ずかしがるでもなく、こちらをじっと見つめたままだ。


 奇妙な事に彼女は、懐かしさと罪悪感が同時にこみ上げるような……そんな何とも言えない表情を浮かべていた。


 ロジオンはそんな、懐かしそうな視線、に見つめられながら思わずにいられない。


(な、なんだこの視線? 断じて僕には噴水を風呂にするような頭のネジが五十本飛んでる知り合はいない、けど……。

 夜中に女の子がこんな事してるのは物騒すぎる。放っておくのも心配だけど、下手に声かけたらそれこそ事案。警官を呼んで来るべきか?)


 そうして公園の外へ向かおうとすると。


「待ちなさい。そこの青年」


 女の子が声をかけてきた。


 ロジオンは驚いて振り向く。その子は水から出て来たのだが──異様だった。


 その素肌、右半身が〝形容しがたい何か〟に覆われている。


 一見は入れ墨か何かに見えるが、そうじゃない。


 黒い色合いのそれは炎のような紋様なのだが、わずかに揺らめいて見える。


 それが右半身のつま先から胸まで覆って蠢いている。


 何かの『呪い』そうとしか言いようのない禍々しさだ。


 その異様さに目を奪われている間に、少女は裸足でペタペタ寄ってきた。


「念のため訊ねるが、私の顔に見覚えは?」


 口調はまるで子どもらしさがなかった。

 声は少女そのものだが──雰囲気は大人のような、それもかなり年長の、成熟したものを感じさせる。


「見覚え……?」

 ロジオンは不意の質問にキョトンとするしかない。


 そんな事より、少女の体の異様さを、逆に質問したいくらいだが……。


 いくら相手が〝女性〟の範疇に入らないような子どもだとしても、こうジロジロ見ているのは、さすがにどうかと思うわけで。あえてそこには触れずに、こう返した。


「僕は……噴水を風呂にするっていう個性溢れる知り合いがいたら、忘れないと思うんだ。つまりは初対面、の、はず」


 すると少女は寂しそうな目をして。


「……そうか。おかしなことを訊ねてしまった。それより──」


 と、ロジオンが提げたIDカードの映画会社名を見て、目の色を変える。


「ロジオン、というのですか。あなたは映画会社のスタッフのようだが、ふむふむ」


 と、IDカードに記された役職を見ている。『資料』と書かれていた。


「この『資料』というのは何をするのです?」


 なんでこんな事を訊かれるのか、見当もつかないが。


「ええと……僕は映画の脚本を作るための歴史資料とかを集めたり、するんだけど」


「なるほど、端的に言ってそれは、偉い役職、なのです?」


「僕の場合は下端だよ。脚本家の親父を手伝ってるだけのバイトだし」


「ふむ。まあ、それでも良いか。あなたくらい若いほうが頭も柔らかいでしょうし」


 すると少女は一瞬で距離をつめ、密着、どころか抱きついてきたわけで。


「⁉」

 何が何だかわからないロジオンは硬直。


 で、少女はさも嫌がるような表情を作り、「キャー」と小声の棒読み悲鳴をあげながら、その自分の姿をスマホのカメラで撮った。


 それで抱きついていた体を離し、スマホ画面をロジオンへかざして見せる。


「ロジオン青年。これがどういう場面に見える?」


「夜中に見ず知らずな裸の子に抱きつかれて、混乱している青年の図、に見える」


「違う。これは第三者から見れば、いたいけな少女を襲う凶悪ロリコン、だ」


「いや……意味がわからない」


「なら端的に言う。あなたは今からこの写真をネタに脅迫される。私によってだ」


「……⁉ クソガキってレベルじゃない。普通に犯罪じゃないか!」


「大声はやめなさい。この場に警官なりがきたら、あなたはどう言い訳を?」


「……!」

 怒鳴ろうとしていた言葉を、慌てて飲み込んだ。


「謝っておきます。私がクソであることは認める。他に手がない緊急手段なのです。話を聞いてもらいたい」


「いいから、その画像を消し──」


 ロジオンがスマホを取り上げようと手を伸ばした、が。


 スッと身を躱され視界から消え。


「落ち着きなさい。話しがしたいだけだ」


 真後ろから聞こえた。信じられないが一瞬で回り込まれたらしい。


「こ、この!」


 捕まえようと腕を振り回すも、簡単に躱される。


 が、壁際へ追い詰めた。というより、わざとそこへ逃げたようにも見えたが。


 少女は余裕たっぷりにスマホをかざす。


 ロジオンがそれを掴み取る寸前でだった。


 スマホに触れられない。手が見えない壁に突き当たったように止められてしまう。


「防御結界だ。あなたの筋力を受け止める程度なら魔術の初心者でもできるものだが。もう少しだけ、私がただのクソガキでない事を見せなければ、話を聞いてくれないか」


 少女は夜空へ向かって指をさした。そして呪文を唱える。


「ポー・ホート・グリフ」


 その瞬間、ロジオンの顔のすぐ横で、少女の指先から閃光がほとばしった。


 それは巨大な光線。夜中の空が明るくなるほどの光量で、天へと突きぬけた。


 ロジオンは思わず硬直。冷や汗が滲んで、腰が抜けそうになってしまっている。


「今、私が撃ったのは、昔は破壊光線と呼ばれた攻撃魔術だ。今風にはレーザー、と言うのだったか。それの超大出力版です。地上に向けて撃ったら、街の一区画くらいは消し炭にできる。そこまでは理解できただろうか?」


 淡々と真顔で語る少女へ、ロジオンはカクカク頷くしかない。

 

「では私がただのクソガキでないと分かってもらえたはずだ。世界中の熟練魔術師の中で、今くらいのを出来るのは十人居るかどうか。長年の鍛錬がなければできない。あなたの百倍以上の時間を生きてる。落ち着いて話しがしたいがどうです?」


 ロジオンは落ち着くために深呼吸をしてから……頷いてみせた。


「よろしい。まずは私の自己紹介をしたい。しかし、これが何よりも難しい。脅迫でもせねば、まともに聞いて貰えないものなのです」


「……脅迫でもしないと、聞いてもらえない自己紹介……? 意味がわからない」


「すぐにわかる」


 少女は噴水に向かって歩きだした。

 噴水の中心に建てられた銅像を見上げながらだ。


 その像は千年前の中世時代に実在した女性救世主、勇者ゾーフィアを象ったもの。


「あなたは、ゾーフィアを知っていますか?」


 少女に訊かれて、ロジオンは苦笑いする。


「知らない人なんかいないよ。不死身と謳われた勇者。魔王の脅威から世界を救った史上最大の英雄。小学校から授業で習うし、時代劇映画やアニメは、毎年いくつも作られてる。僕のバイト先も勇者映画を製作中だしね」


「ではあなたはゾーフィアの資料を集める係か。彼女に関して人より詳しいと?」


「見ての通り──」

 そう言ってロジオンは着ているアニメTシャツを広げて見せる。


 ゾーフィアを主人公にした深夜アニメのもので、露出度の高いビキニアーマーを身につけ、はち切れんばかりのバストを揺らして剣を振う姿。


 いわゆる巨乳キャラというやつだ。


「僕は勇者オタクだから。大学も歴史学科の勇者学を専攻してる。サブカル含めたゾーフィアのことなら、教授より詳しいよ。だからこのバイトにありつけた」


「では彼女の身体的な特徴は?」


「像の見たまんまだよ。もしくは僕のTシャツのまんまで──」


 像のゾーフィアは二十歳くらいの女性として象られているが、やはりバストの大きさが強調されており、豊満なそれを振り回すかのように剣を突き出している。 

  

 剣に貫かれているのは不定形の怪物で、魔王と呼ばれる世界を危機におとしめた全人類の敵だ。


「──あ、でも厳密に言えばその像は想像上の魔王とゾーフィアの姿なんだ。

 ゾーフィアは常に光学偽装の魔術で姿を透明化させてたから、誰も本当の姿を見たことがない。しかも魔王を倒したあとはどこに行ったか分からない。

 けど像が造られる場合にはスタイル抜群に描かれることが多いから、そういうイメージが定着しちゃったけど」


「なるほど、あなたはさすがに詳しいようだ。つまり、世間一般のゾーフィアのイメージは、私とは正反対、ということでよろしいか?」


 黒髪の少女は自分のペタンコな胸を指さした。堂々と。


 うん、正反対この上ない。清々しいほどに。


「ま、まあ、見たまんまと思うけど……なんで僕にこんな質問を?」


「私の自己紹介の難しさを理解してもらうためだ。名刺を持ち歩いていないが、代わりに私の像が世界中にある。ここにも──これを名刺の代わりとしましょう」


 少女は水の中へ入り、素っ裸で仁王立ちになって銅像をドヤ顔で指さした。


 勇者によって魔王が貫かれているその像を。


「私はこういう者だ」


 が。


「?」ロジオンは訳がわからず首をひねる。


「やはりこれだ。こんなに前置きを丁寧にしても自己紹介が通じない。若者言葉では無理ゲーというのだったか。もう一度言う。この像が名刺だ。私はこういう者だ」


「君の言いたいことって、まさか……」


「ふふ、そのまさかだ」


「君こそが千年前の、伝説の──」


「そう!」


「──魔王だ! と言いたいのかな」


「そっちではない!」

 

 少女は水の中で地団駄ふみふみ。バッシャン、バッシャン。


「じゃ、じゃあ」


「そう」

 少女は不敵に笑み、ゾーフィア像と同じポーズを取る。


 そして水の中で跪き、こう言った。


「私こそがゾーフィア。その本人だ。ロジオン・ロコリズ、お願いです。

 世界を救った伝説の勇者を、どうか救ってもらえないだろうか」








――――――――――――――――――――――――――――――――


挿絵ファンアート。


『噴水風呂に入るために服を脱ぐ自称ゾーフィア』

https://kakuyomu.jp/users/Diha/news/16818093085079789071

画:みゆき様


『深夜の噴水公園で自称勇者と出会う』

https://kakuyomu.jp/users/Diha/news/16818093075623098047

画:かごのぼっち様



――――――――――――――――――――――――――――――――






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る