27話 勇者、街を駈ける。そして彼女はファッション誌と戦う。


 ハレヤは例のファッション誌を手に入れようと、駅ビルの本屋にやってきた。


「あった!」


 さっそく雑誌コーナーで発見。


 手に取ろうとしたらだ。先に誰かが一冊取ってった。

 それは小学六年生くらいの、人間の女の子だったのだが。


 そこでハレヤはやっと理解した。


 自分が買おうとしたのは、小学生向けファッション誌だったのだと。

 で、冷静になってしまって独り言を呟く。


「わ、私がこれを買っていいのだろうか……いつもはスーパーのワゴンセールで地味な子ども服を選んで老婆相応に見えるよう着ているというのに……。この雑誌を参考にするという事は、ナウなヤングのキャピキャピ小学生のオシャレ服を着るということ。若作りどころではない。ほぼ詐欺ではないか」


 とりあえず代わりに、熟年向けファッション誌を立ち読みしてみる、が。


「ダメだ……体格が違いすぎて参考にならない。ではノームやホビットなど小人種の大人用ファッション誌はどうだろうか」


 で、そちらも見てみた、が。


「くっ。これもダメ。人間の私とは手足の長さや体型が違う。やはり人間の小学生の体でオシャレをするには、それ向けファッション誌しか。あれを買わねば」


 ハレヤが小学生向けファッション誌へ伸ばす手は震えていた。

 いろんな想像がよぎった。


 もし店員に、『この人、おばあちゃんのくせにナウなヤングのキャピキャピ小学生みたいな格好しようとしてる。キモー』と思われたらどうしよう。


 でも見た目は子どもなのだから、黙っていれば小学生と誤魔化せるだろう。

 いける。大丈夫。きっと、「いける!」と手に取ろうとしたときだ。


「いらっしゃいませー、何かお探しですか」

 

 店員が声をかけてきた。きっと挙動不審だったため、万引き予備軍に見えたせいだろう。ハレヤはビクリと背中を震わせた。


「い、いえ、わ、私のような老婆が女児向けのファッション誌など必要なわけない」


 誤魔化すために伸ばしていた手を逸らし、近くにおいてあった『八十歳から始める盆栽入門』という老人向けムック本を取って、立ち去ってしまった……!


 そしてハッと気づく。自分が老人であることを、むざむざ白状してしまったと。


 なんたる失態、もう小学生なりすまし戦法は通じない!


「ファッション誌購入とは……なんたる困難か、ドラゴン十万匹に匹敵する強敵!」


 だが、そこでだった。ハレヤの近くで中学生の少年が、コソコソ恥ずかしそうにエロ本を物色していたのだが、彼は目的の写真集と一緒に健全なスポーツ誌を取った。


 そしてエロ本をその下に隠して、レジへ持っていくではないか。


 この手があったか! ハレヤはガッツポーズ。


 さっそく盆栽ムックの下にファッション誌を隠して、レジへ行こうとしたのだが。


 先にレジで会計していた少年は、エロ本を店員に見とがめられ。


「こちらは十八歳未満の方には販売できません」と無慈悲に言われた。


 少年は買いたくもなかったスポーツ誌だけ買い、無念そうな足取りで立ち去った。


 当たり前だ。他の雑誌の下に隠したとして、レジで結局は見られる!


 危なかった。少年の犠牲がなければ、同じ罠にハマるところだった。


 だがどうする? この手詰まりをどう打開する? 

 

 そこでレジから離れて立ち尽くすハレヤの前に、腰の曲がった老婆が通りかかり。


「レジに並んでおるんですか?」と訊いてきた。


「い、いえ、私は……。お先にどうぞ」


 すると老婆は少年漫画の単行本セットをレジへ持っていき。


「曾孫の十歳の誕生日なので、プレゼント用に包装してください」


「これだ!」

 思わずハレヤは口にだして言っていた。


 店員と老婆が何事かと振り向いたが、ハレヤは知らんぷりで顔を逸らす。


 そして自分の会計の番となり、ドヤ顔で言ったのだ。


「曾孫の十歳の誕生日なので、プレゼント用に包装を」


 だが、どういうわけか店員が困惑している。


 なぜかと思ってハレヤがよく見てみると、レジ台に置いたのが。


『八十歳から始める盆栽入門』だったからだ。


 ファッション誌の上に重ねたのを解除しないまま、レジに持って来ていたのを忘れてた……。


「こ、これは、わたし用! この下のファッション誌を包装してもらいたい。い、言っておくが、ファッション誌は断じてわたし用ではない。勘違いしないようにっ!」



◆◇◆◇◆◇◆



 本屋から出てきたハレヤは疲れ切って肩で息をする。


 包装されたファッション誌を宝物のように抱えてだ。


「ここまで熾烈な戦いは、千年ぶり……次はこれを熟読せねば」


 近くのレンタルオフィスで個室を借りた。


 老眼鏡をかけ、ティーンファッション誌を読みだす。


 本当はただの遠視なのだが、老眼鏡のほうが安価だからだ。


 世界広しといえど老眼鏡をかけて、『おしゃかわ五百%テク見せちゃいます♪』という記事を読む読者は、ここにしかいないだろう。


 ブツブツ呟きながら購入すべきアイテムをメモしていくのだった。


「ふむふむ……初夏モテガーリーなエプロンドレスワンピース、と。それと、顎クイしたくなる神カワリップ。あとは、絶対きゃわわ宣言シューズ──」

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