28話 勇者、女児テナントへ行く。そして彼女はきゃわわ宣言恋されガール。



 そしていざ、デパートへやってきた。


 子ども服売り場の女児向けテナントだ。


 手にはメモを握りしめ、バッグにはいざという時のために貯金していた老齢年金を詰め込んで。


 彼女の眼前には、いかにもおませな女の子が着そうな、ふわふわ、フリフリ、プリプリで、モテかわ、きゃわわな服や靴が陳列してあるわけで。


「これを……私が着る、と……?」


 震えてきた。


「勇者と呼ばれた私がおののくとは……。このような重圧、緑風草原を思い出す」


 いざテナントへ入り、マネキン展示とメモを見比べながら歩いていると。


「いらっしゃいませー、何かお探しですか?」


 店員が速攻で飛んできた。さすがデパート、よく訓練されている。


 ハレヤはとっさにメモを隠した。

 『初夏モテガーリー』やら『顎クイしたくなる』やら、『絶対きゃわわ宣言』と書いたメモを、老婆のくせに持ってるのを見られたくない。


 店員へどう返答すべきか、ハレヤの脳内会議が自問自答形式で開始された。


【今回は本屋での失態を繰り返してはならない。軽々しい返答をすれば即刻、詰む、ことを肝に銘じて会議を進めていただきたい】


【ここは必勝手段。孫へのプレゼントを探しています戦法では?】


【否。それでは試着が不可能となる。実際に着てみなければ似合うかどうかわからない。似合わぬ物を買ってしまっては、ここまでの努力が水疱に帰す。本屋での少年の犠牲を忘れてはならぬ! 彼の無念を汲み、当作戦を成功に導かねば!】


【では、やはりここは、小学生のふりをする、はどうだろうか?】


【リスクが高い。試着を何度も繰り返すことになると、店員との会話も増加する。言動で老婆だと見破られてしまう可能性が。

 そうなれば小学生のふりをして、絶対きゃわわで、初夏モテガーリーで、顎クイしたくなるみのある服買おうとした老婆という烙印を背負って生きることになる。この最悪の事態だけは絶対に避けねば!】


【だが、本当に小学生になりきるのは不可能だろうか? ファッション誌でナウいヤングなピチピチギャルの言動を学んだのだ。造作もないのでは?】


【それもそうか。ここは学習の成果を活用すべきとき!】


 で、ハレヤは店員に向かってこう答えた。


「わったし~♪ 初夏モテガーリーで、顎クイしたくなるみの、絶対きゃわわ宣言服ゲットして、イケガ的オシャレハリケーン上陸で恋されガールかな~って♪」


 ティーンファッション誌という偏った情報媒体から得た知識で、ハレヤが考えうるピチピチギャルを、全力で演じてみたつもり──というか、ぶっちゃけ雑誌に書いてあった煽り文を、適当につなぎ合わせてみただけだ。


 だが店員のリアクションは……営業スマイルを凍り尽かせていて。


「は、はい……?」


 意味がよくわからなかったらしい。

 困惑されている! よく訓練された店員にすら困惑されている!


 だからハレヤは気づいてしまった。ファッション誌の煽り文をそのまま口にするピチピチギャルなど、たぶん現実には存在しないのだろうと。

 

 これではピエロ! 老婆のくせに、小学生向けファッション誌のやっすい煽り文句にまんまと乗せられた、哀れなピエロ!

 

 恥を晒しただけっ! ダメだ、こんなことでは!


 緊急脳内会議、再開!

 

【どうするというのだ。大失敗ではないか! なんたる惨劇か!】


 脳内会議場では非常ブザーが鳴り響き、警告灯が点滅していた。


【もう無理だ……こんな調子で何度も試着をお願いするなど、できるわけがない!】


【しかし試着なしで購入、というのも問題外……】


【打開策を。いますぐ逆転の策を!】


【では……試着せずとも似合う服を必ず購入できるように、気になる物を全てピックアップするのは? どんな事態にも対応できるよう貯金を全ておろしてきてある】


【否。それでは結局、一つひとつ購入する意思を伝えることになり、普通に二、三着買うより会話する回数が増える。本末転倒だ】


【では……何も会話せず、身振り手振りでコミュニケーションを取るのは?】


【否。違和感が増すだけだ。ピチピチギャルの振りをして爆死した老婆が、見苦しくあがいてると察せられてしまうかもしれない。必要な条件はそう。

 ①老婆であると悟られないため会話を最小限にとどめる。

 ②似合う服を必ず入手する。 

 これらをクリア可能な解決策があるとしたら、針の穴を通すように緻密で、綱渡りのような慎重さが求められる。そんなたった一つの冴えたやり方。

 このような手段は、アレ、しか残されていない。ゆえに諸君に問わねばならない。諸君はデートの断固とした成功を望むか?】


【望む! 断固として成功を】


【普段と違う自分を彼に見せてドキッとさせ、女の子として意識させたいか?】


【させたい! 衝撃的な顎クイを。決定的な壁ドンを】


【必要とあらば、いかな経済的損失をもいとわないか?】


【いとわない! 徹頭徹尾の完遂を】


【この解決策は、容赦も、限度も、品もない。それでもなお、諸君らが想像しうる中で最上級の、いや、それ以上の総力をもってしての解決を希望するか?】


【希望する! 総力をあげた戦いを!】


【よろしい、ならば、総力戦だ】


 で、ハレヤは。


「会計を」


 しかし、そう言われた店員は首を傾げる。


「え、しかしまだ、何を購入されるか決まっていないのでは?」


 ハレヤは店員の前を通り抜け、レジ台へ札束をドンっ! と置き、言った。


「全てを」


「は、はい?」


「全て、と言った。このテナントにある全てを買う」


「全ての商品……でございますか⁉」


「そう。全てだ。一切合切の区別なく、あれもこれも一緒くたに、どれもこれも!」


 針の穴を通すような綿密さも、綱渡りの慎重さもなかったし、冴えてもいない。

 ザ・ゴリ押し、だった。



◆◇◆◇◆◇◆



 そうして。

 マンションに帰ったハレヤは、私室の床に突っ伏してた。


 グッタリしてる。

 周りにはデパートから送られてきた段ボールが山積みだ。

 床から天井まで積み重ねたぎゅうぎゅう詰め。


 部屋が外からノックされた。ロジオンだ。

 ドア越しに声をかけてくる。


「あのー、さっきすごい荷物送られてきたみたいですけど、何なんです?」


「き、気にしなくてよい。しばらく私の部屋を開けないように」


「は、はあ。じゃあ、僕が夕飯つくりますね」


 で、ロジオンの足音がキッチンへと遠ざかっていくと。

 

 ハレヤは疲れ切った脚で立ち上がる。


「苛烈すぎる闘いだった……。貯金も消えた……。だが、まだだ、倒れるわけには。が、がんばって、明日のための、コーディネート、というものをせねば」


 力を振り絞って品物の梱包を解いていく。


 服を一つひとつ着てみて鏡に映してみた。


「こ、これは……!」


 鏡に映る自分の姿は、これまで見たことのない可愛らしい物だ。


 ときめき、を感じてしまった。


「で、でも、私がこ、こんな服を着ていいのだろうか……若作りしすぎ罪とかで逮捕されないだろうか」


 と、言いつつ、さらに髪型をアレンジしてみることにした。

 

 ファッション誌で特集されている『デートで勝てる男子ウケ髪型!』を参考にして、自分の長い黒髪を、ツインテール、という髪型に結ってみた。


 すると鏡に映った自分はやはり。


「な、なんと可憐な少女……! 老婆のくせにっ……!」


 セルフで突っ込みつつ、ガッツポーズするも……不安が湧いてきてしまった。


「でも……普段、地味な服しか着ない私が、明日にこんな姿を見せても、本当に可愛いと、思ってくれるのだろうか。老婆が無茶してると思われないだろうか。無難にいつも通りがいいのでは? どうする。どうすればいい?」

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