29話 壁ドン勇者は顎クイされたい。そして僕は、お巡りさんこっちです。


 いよいよ、勇者ワールドでの初デート。という名の取材日がやってきた。

 

 その朝。ロジオンが目覚めたときにも、ベッドの隣にハレヤの姿はなかった。


 昨日ずっとあれから自室に閉じこもりっきりだったらしい。


 心配なのでハレヤの部屋をノックし、ドア越しに声をかけてみた。


「ハレヤさーん? ご飯ちゃんと食べてます?」


「だ、大丈夫。あなたも出かける準備をなさい」


 そしてロジオンは準備を終え、出かける時間になったのだが。

 まだハレヤは出てこない。


「そろそろ出発ですけど。出てきてくださいよ」


「もう少し、もう少しだけです」


「じゃあ僕、先に下行って郵便受けを片付けてますね」



◆◇◆◇◆◇◆



 そうして郵便受けの片付けを終わらせ、自販機でコーヒーを買おうとしたらだ。


 アニメTシャツの裾が引っ張られた。誰かに横からだ。


 ふと見てみると、そこには小学校五年生くらいでエプロンドレスを着た子が居た。

 いかにもおめかしして出かけるためのフリフリ服だ。


 黒髪をリボンでツインテールに結ったその子は、恥ずかしそうにロジオンと目を合わせず、Tシャツを掴んでおり。


「ん? どうしたんだい? お父さんやお母さんとはぐれちゃったのかな。迷子?」


 そしたらだ。その子は泣き出しそうな顔になり、ロジオンをキッと睨み付け。


「ばかもの!」

 確かにハレヤの声で、その子は言った。


 そのツインテールの子はめっちゃジャンプして、ロジオンの脳天にチョップをぶちかましてきた。


「痛っ。え? ハレヤ……さん?」


 まさかのツインテールなハレヤさんだった。

 で、ハレヤさんはプイッと回れ右して帰ろうとしだした。


「やっぱり私が馬鹿だった。こんな服や髪型が似合うわけなかった。あなたには分からないでしょうね。老婆がこの格好をするために必要だった勇気の量を!」


 ロジオンは追いかけて後ろから彼女の手を掴んだ。


 ハレヤは涙が滲んでいる。


「ごめん、ハレヤさん。普段と違うから、すぐ分からなかっただけだ。むしろ、すごく似合いすぎてて、普通の女の子と間違えちゃいました」


 言われたハレヤはドキリと目を逸らし。


「あ、あなたは……老婆が、こんな可愛いい格好をしていても、良いのですか?」


「これからは、それでいいと思います。ずっと」


「見苦しいなどと、本当に思わないと?」


「逆にすごく嬉しいです。他の人には見せない姿を、僕に見せようとしてくれて」


「そ、そう……?」


 ハレヤは、ロジオンをチラリ伺うと、言葉に嘘がないと感じたのだろう。

 泣きそうだった彼女はニヤけていって。


「わ、私を、か、壁ドンしたくなりましたか?」


「それは……少女漫画の中しか存在しない行為なので」


「では顎クイは?」


「それも……少女漫画の実写映画でやると、役者がどんながんばってもギャグになるやつです。あ、でも抱っこしてあげたり、手を繋いであげたくなりました」


 ハレヤは期待していた反応と違ったせいか、ほっぺたを膨らませた。


「それでは普段と、少ししか変わらないでしょうに……。少ししか」


「えっと、ハレヤさんが壁ドン顎クイしてほしいなら、僕やりますけど」


「ちっ、違う。老婆のくせにそんなおこがましいことは考えていない! で、でも、あなたが手を繋いで歩きたいというなら、そうすればいい。ほら」


 ハレヤは頬を染めて手を差し出す。

 ロジオンはそれを握った。その時だ。


 急に肩がポンと叩かれた。

 もの凄く大きな誰かの手によって、包み込まれるように。


 ロジオンが振り向くと、巨人族の警官二人だった。


「ちょっと署まで来てもらおうか」


「え、な、なんです?」


 ビビるロジオン。


「通報があったんだよ。マンションの前で、逃げようとする小学生女子を捕まえて、『抱っこしたい』とか『手をつないで歩きたい』と口走っている変質者がいると」


 そこでハレヤが割って入る。


「待ちなさい。あなた方は勘違いしている。彼はこう迫ってきただけです。壁ドン顎クイしてやると。それで私はすごく困ってしまって、手を握るだけなら……と」


 ロジオンは焦って口を挟む。


「いや、その言い方だと九割合ってるけど、僕の社会的HPが九割削られ──」


「署で話しを聞こうか」と、警官に引きずられそうになり。


「待ちなさい」

 ハレヤがまた制止した。


「私の言い方が悪かった。そもそも、手を繋ぐ程度がなんだというのです。彼は毎晩……私を抱いて……寝ているというのに」


 さらにロジオンは滝汗を流し、慌てて抗議。


「その言い方だと僕の社会的HP十五割削られオーバーキル。ライフはもうゼロで」


「こんな子どもに貴様は!」


 再び警官に引きずられそうになるロジオン。


「待った。私は子どもではない」


 ハレヤは老齢年金手帳を警官に見せた。


「私は老婆、成人だ。両者同意で、デ、デートに行くところ。なにか問題が?」


「し、失礼しました。では本官らはこれにて!」


 巨人警官が去って行くのを、ハレヤは見やり、ロジオンへ笑いかける。


「あなたの焦った顔ったら、傑作だった」


「さっきの、わざとあんな言い方したんじゃないですよね……?」


「私を他人と間違えた天罰かもしれない」


「勘弁してください。死ぬかと思いました。社会的に」


「ふふ、さあ行きましょう。今日という時間を無駄にしたくない」








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挿絵ファンアート

『ハレヤの夢みた壁ドン顎クイ展開』

https://kakuyomu.jp/users/Diha/news/16818093077125325290

画:かごのぼっち様

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