恋する乙女勇者、街を駈ける。

26話 有給休暇の朝。そして彼女は1cm育つ。



 それでも二人の休暇は九割くらい、ハレヤが望んだとおりになった。


 平穏で幸福な日常だ。


 他人から見れば平凡すぎてつまらない物だったかも知れないが、ハレヤにとっては何より手に入れがたい時間だった。


 朝起きたら、テレビでモーニングショーを見ながら、二人で朝食を食べる。


 それから、まだ暑くなる前の公園へ散歩に行き、クレープを囓り、鳩に餌をやる。


 ショッピングモールの買い物ついでに、昼食はドラゴンステーキを食べる。


 午後の暑い時間にはエアコンの効いた部屋で昼寝をする。


 起きてからは、ロジオンに付き合って昔の勇者アニメを並んで見る。


 それへたまに口を尖らして文句を垂れ、ああだこうだ言い合う。


 そして夜が更けたら、身を寄せ合って眠る。


 それでも相変わらず彼は、抱きしめて頭を撫でる以上はしてこなかった、が。


 これまでけして手に入れられなかった安らぎと、孤独から解放された毎日がそこにあった。だから毎晩、眠りに落ちる前に願う。


 明日も同じ幸せが続きますように。



 だがやはり一つだけ不満が残っている。



 それは例えば、ハレヤが朝風呂を終えたときに、脱衣所・兼・洗面所であるそこに、ちょうどロジオンが髭を剃るために入ったときのことだ。


 二人の目が合った瞬間。


「キャー!」


 乙女っぽい悲鳴を上げ、裸体を手で隠すハレヤ。


 一方のロジオンは、訳がわからないと首をかしげる。


 だって同居を始めた初日には、『らっきーすけべ』などとハレヤは宣って、平気で素っ裸になって歩き回ってたわけで。


「あはは、何ですそれハレヤさん。新しいギャグ? ラッキースケベごっことか? 僕もラブコメ主人公のリアクションします? 『わ、わざと覗いたわけじゃないからな!』とか」


 しかし、そんな彼へ、シャンプーの容器やら洗面器が投げつけられた。


「え、ちょ、ちょっと⁉ 痛いから!」


 慌てて脱衣所から出るロジオン。


 ハレヤは急いで戸を閉めた。


 そしてほっぺた膨らませ、自分にしか聞こえない小声で呟く。


「どうせあなたは、私の体など抱き枕未満にしか見ていない」


 とまあ、どこまでも、女、として見られてなかった。

 互いに好意は確認しあったはずで、関係性としては恋人と言っても間違いではないはずだけど……こ、れ、だ。


 これが……唯一の不満。


 で、部屋着のTシャツを着てリビングに行ってみる。


 するとロジオンがソファで、スマホを血走った目で見つめていた。


 ハレヤはそれを後ろから覗いてみる。


 彼が見てたのはオークションサイトで、ゾーフィアのフィギュアを品定めしてた。


 今まさにポチろうとしてたのだが、レア品なのか価格がすごい。

 高級な航空艇が買える値段だ。

 

 ちなみにフィギュアの造形は例によって、はち切れんばかりのソレがアレであり、ハレヤの口角がピクピク引きつった。


 自分の体を見ても反応しないくせに、人形相手には血走った目で、こ、れ、だ。


「ねえ、ロジオン」


 ハレヤは背後から冷ややかな声をかけ、ロジオンがポチろうとした手を止めた。


「まさか、とは思うが、この乳デカ人形を買う結果、生活費に差し障りがでて、私がドラゴンステーキやクレープを食べれる回数が減る、という事はない、ですよね?」


「えっ……」


 ドキッとしちゃうロジオン。

 もろに生活費を削ってまでレアフィギュアを買おうとしてたらしい、この男は。


「ほう? あなたが手にした金は私の交渉で得られたもの。正式に脚本家となり収入を得られるようになったのも、共同作業の結果と忘れたわけはない、ですよね?」


「は、はい……! 僕の収入は……同時にハレヤさんの収入でもあります……」


「よろしい、ならば言っておく。私に食べさせるステーキやクレープを削って、そのような乳人形を買ったことを、私が知った場合、どうなるか?」


「ど、どうなるんです?」


「あなたの部屋の乳人形。あれらの胸をヤスリで削ってやる。真平らに。全部だ」


「や、やめてください。僕が死んでしまいます。もう絶対しませんから!」


「わかればよろしい。それよりロジオン、そこに座りなさい」


「もう座ってます。ソファに」


「私の胸を見なさい」

 ハレヤはTシャツを着た胸を張る。

「どうです?」


 どうと言われても、見渡す限りの大平原。


「はい?」


「実は私がここに暮らし始めて一センチも大きくなった。計ったから間違いない」


 ドヤってハレヤは言ったのだが。ロジオンは。


「ああ、朝昼晩にドラゴンステーキ食べて、間食も毎日クレープ十個は食べてますもんね。だから体重が増え──」


 と言いかけたところで。ハレヤによるチョップが振り下ろされ。


「へぶっ」

 無残な悲鳴がひねり出された。


「私が言いたいのはそうではない! この体は成長が止まったかと思っていたが、あと何年かすればGカップになる可能性があるのでは、ということであり──」


 ハレヤのような成長・老化が止まってしまう遺伝子障害者でも、毎日クレープ十個も食べれば太るわけで、ただそれだけなのだろうが……。


 1cm育ったと力説するハレヤの言葉を聞きながら、ロジオンはというと──横目でオークションサイトを見ており。


「あ、またレア物の出品だ!」


 懲りない男だ。


 そこで肩がポンと叩かれた。振り向くとハレヤがもの凄い形相で睨んできており。

 ロジオンは青ざめてスマホの電源を切ったのだった。


 それから取り繕うように。


「そ、そうだ、ハレヤさん。実はスポンサー企業から良い物もらってたんですよ」


 テーブルにチケットを二枚置いた。


『勇者ワールド』というテーマパークの入場券だ。


 そのとき付けっぱなしのテレビでCMが始まった。

 ジャストタイミングで勇者ワールドのだ。


 陽気なナレーションがまくし立てる──。


《みんな大好き、ゾーフィアの冒険を体験できるテーマパークがこの夏オープンナゥ! 家族で! カップルで! 友達で! どーんとカムカム!

 ここはなんと、ゾーフィアの冒険をモチーフにした五十以上の拡張現実アトラクションが待っている。勇者らしい行動をすることで得点をゲット。

 ランキング上位を目指し、ゾーフィアらしい立ち回りをできるか競おう! さあ、君は勇者になれるかな?》


 ハレヤはそれを見て肩をすくめていた。


「やれやれ、こんなものを作ろうなどと、人は良く思いつく」


「ね、面白そうですよね? 僕これ行ってみたかったんですよ。明日どうです?」


「私が自分の冒険の追体験をしても仕方ないでしょうに」


「ここだけの話し……遊びに行くってのは口実で、脚本の取材ですよ。普通にやるのは禁止されてるので。ほら緑風草原でも現地に行ったことでヒントを拾えたでしょ」


「要するに、あなたは、『遊びにいくていで同じ事をしたい』と?」


「そうです! ゾーフィアの冒険をゲーム形式で体験できるので、それぞれのアトラクションでハレヤさんの話しを聞きたい。映画を作るのに絶対必要──つまりハレヤさんを助けるのに必要です。まあ、普通に初デートかなって期待もしたんですが」


「デ、デートっ⁉」

 ハレヤの声がひっくり返った。


「はい、デートです。明日、僕の二十歳の誕生日なので、誕生日デートですね」


「た、誕生日デート⁉ な、何をあなたは大それた事を。こんな老婆相手にデート⁉ 私のような老婆がしたらバチが当たる。

 天変地異が起こる。大地震が起こって列島が沈没したり、隕石落下でそれを阻止するためにあれやこれや。できるわけがないでしょう。もう一生そういうのは出来ないまま死んでいくのだろうとっ」


「いや落ち着いてください。意味わからない」


 ハレヤは落ち着くために深呼吸する。


「つ、つまり、あなたは私と、デート、がしたい、と?」


 その時、テレビでまたCMが始まっていた。

 今度は十代の女子向けファッション誌のだ。


《ハーイ、キラキラ女子のみんな。この夏、初めてのデートにレッツトライ♪ そんなとき何着てく? いつも着ているもの? ダメ、モテないゾ♪

 デートでのオシャレは普段と違う自分を見せる乙女の戦場!

 気になる彼をドキッとさせて、君をただの同級生じゃない〝女の子〟として意識させるチャンスだヨ。でもメイクはどうする。ヘアスタイルは?

 そんな恋愛初心者でも大丈夫。今月の特集は、『初めてのデートで勝つためのファッション&ヘアアレンジ』巻頭読者モデルは――》


 ハレヤはそのCMを横目で見ていたのだが。

 ボソッと口の中で呟く


(え、女と意識させるには、デートが有効……?)と。


 で、こう言った。


「や、やっぱり、行く」


「いいんですか⁉ ありがとうございます」


「ち……ちなみにロジオンは、女性の服装は、どういったものが好みなのです?」


「もちろん、ビキニアーマー。ブラは当然Gカップで!」


 ガッツポーズの即答である。


 ハレヤはそのビキニアーマーを着た自分を想像。

 ダメだった。色々ダメだった。絶対着ちゃいけないやつだった。


「訊いた私が馬鹿だった。もうよい」


 で、ハレヤは自分の部屋で、ブラウスと地味なロングスカートに着替えてきて。


「ちょっと出かけてくる。夕飯までには戻ります」


「どこ行くんです? どうせなら僕も──」


「ひ、一人で出かける。あなたは乳人形のビキニアーマーを、いじくってればいい」


「誘拐されないよう気をつけてくださいね。ハレヤさん可愛いから」


「か、かわいい⁉ 私を誘拐するならドラゴン十万匹が必要だ。いらぬ心配です」


◆◇◆◇◆◇◆


 そして玄関を出た。

 エレベーターを待つ間、ハレヤは独り言をブツブツ呟く。


「明日着ていくべき服が必要だ。普段は老人相応の物でもと、地味な服しか持っていないのだから。でもそれでは『モテないぞっ♪』になってしまう。『普段と違う自分を彼に見せてドキッと』させて、『女の子として意識』させなければ。

 しかしオシャレなど考えたことすらない。どんな服を買えば良いのかすら。やはり、あの雑誌の入手が先決か」


 もろに十代女子向けファッション誌の、やっすい煽りに乗せられていた。

 だが、その想いはどこまでも一途で。


「死ぬ前に一度くらいは……愛する相手から、想いの限り愛されてみたい」


 ハレヤは包帯に包まれた自分の右腕を見る。


 今この瞬間も罪の炎の浸食は、ゆっくりとだが、進んでいる。









――――――――――――――――――――――――――――――

挿絵ファンアート。

『暑くなる前の公園で毎日クレープ十個食べさせる』

https://kakuyomu.jp/users/Diha/news/16818093076878348141

画:かごのぼっち様


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る