33話 終わりが近づく。そして僕は夢を語る。


 ロジオンはダダこねるハレヤをなだめて、おんぶして、地下墓所の階段を降りた。


 とてもとても長い距離をそうして行くと、超古代文明の地下都市エリアへ入った。


 数百メートルの高低差がある空間に、天井から床までを繋ぐ巨大な建物が林立しており、青白い光に包まれている。


 ハレヤはロジオンの背で揺られながら、ふと言った。


「もうすぐ終わってしまうのですね」


 ちなみにハレヤのブレスレットはヒビが入ってしまったが、ギリギリ動く。


「うん、あとは魔王との対決だけでしょうね」


「このまま永遠に、この階段が続いて、クリア出来なければ良いのに」


「僕もそれ分かる。RPGのラスボス前で寂しくなっちゃうあれですね」


「今日、私は本当に幸福だったのだと思う。少女のような格好をしてあなたを驚かせたり。あなたの蘊蓄を聞いたり。採点にダダをこねて、あなたを困らせてみたり」


「僕も楽しかった。本物の勇者と勇者ワールドで遊べるなんて、世界一の贅沢だ」


「死ぬ前に一度でも、今日のような日を過ごせて、良かった」 


「何言ってるんですか。ハレヤさんは死んだりしない。

 今日だって助けるために映画の取材に着たんだ。

 真実のゾーフィアをいっぱい見せてもらった。僕は勇者を百倍好きになった。

 これを映画として描けば、見た人はもっとゾーフィアを好きになる。そうすれば、ハレヤさんの『罪の炎』も消える」


「あなたは……まだゾーフィアの半分しか知らない」


「大罪、のことですか? それもこれから聞かせてくれるんだと思いますけど、予め言っておきます。僕がゾーフィアのもう半分を知ったら、二百倍好きになる」


 ハレヤは沈黙した。今にも泣き出しそうな顔で。


 だが負ぶっているロジオンから、その表情は見えるわけがなく。


 彼は今が幸福の絶頂とばかりにニコニコしていて、何かを決心したように頷いた。


「僕、ハレヤさんに一つだけ嘘をついてたことがあるんです」


「あなたは意地悪をいっぱい言うが、嘘を吐かれた覚えはなかった」


「映画を作ると僕が宣言したときのことです。あの時こう訊かれた。『なぜ私にそこまでしてくれるのか?』って。覚えてます?」


「ええ、あなたはこう答えた。『英雄をホームレスにしておくべきじゃない』と」


「あれは本音じゃない。僕は子どもの頃から、ゾーフィアを探し出すのが夢だったわけだけど。でも見つけるだけで終わりじゃない。結婚、するのが目標だった。笑って良いですよ。ずっと笑われてきた。だけど、ゾーフィアは僕の前に現れた」


 ハレヤは息を飲んだ。


「つまり僕はあの時、ほんとはこう言わなきゃいけなかった。『僕が一生をかけて幸せにするべき人をホームレスにしておけない』って」


「私のことなど、女、として見ていないのに? あなたは毎晩、私を抱きしめるだけで、それ以上は何もしてこない。なのに妻にしたいと?」


「それって、一生をかけて幸せにしたい相手の条件でそんなに大きな要素です? 僕らオタクを舐めすぎですよ。触れられない架空のキャラにさえ恋をして、『俺の嫁』と言い張る。だから本人が目の前にいるだけで幸せすぎる。

 他の要素なんて取るに足らない。でも、ハレヤさんがしてほしいことなら何でもする。遠慮なく言ってください」


「……!」

 途端にハレヤの首から上がゆであがったように真っ赤になっていき。


「だ、だからそれが意地悪だと。そ、そういうのは男から言い出すものだ」


「あはは、すみません。じゃあ家に帰ってからでも、僕から言いだしてみますね」


 ハレヤは頷こうとした。だが、頷きはしなかった。


 どうしてか泣き出しそうな顔のまま、目を伏せる。


「でも僕はその前にここで言いたい事があります。

 一生、ハレヤさんと一緒に暮らしたい。

 毎日、ドラゴンステーキを食べさせてあげたい。

 毎日、クレイジージャンボチョコバナナクレープを十個買ってきて、ほっぺたにチョコをくっつけてほおばるハレヤさんを見ていたい。

 二度と悪夢を見ないよう毎晩、抱きしめて朝まで眠りたい。つまり、要するに、そういうことです。僕と結婚してくれませんか」


「……」

 ハレヤの両目から涙が零れた。うれし泣きにも見えるが、そうじゃない。


 表情はもっと複雑なもので。ロジオンの背中に頬を寄せた。


「私が『はい』と答えるのは簡単に思える。だけど……まだ、そうしてはいけない」


「どうして……です?」


「今は、そういう事にしておいてほしい」


「わかり、ました。なんか、僕、変なこと言っちゃいましたね?」


「いいえ。私は嬉しかった。それだけは覚えておいてほしい」


 階段の終わりにやってきた。


 そこは淡く発光する壁で囲まれた空間だった。


 壁面には不思議な文様が浮かび上がって見える。


 そして中心の祭壇のような場所に謎の立方体はあった。


 近くには魔導学者NPCが何人かいて。


「おお、救世主が来た!」などと言っている。


「あれですね。超古代の転移装置」


 ロジオンは近くへ寄って見る。


「またあなたの蘊蓄が聞きたい」


「いいですよ。ゾーフィアがこれへ手をかざした瞬間にどこかへ転移されました。そして装置は壊れてしまった。その約二時間後から、各地で呪縛を受けていた種族が正気を取り戻したという報告があがり始める。

 このことから、転移先に魔王がおり、勇者がそれを倒したと考えられた。皇帝が最終戦争の終結を宣言。しかしゾーフィアは帰ってくることはなく消えてしまった。

 なので魔王がどんな姿や人格だったのか、どんな戦いをしたかの歴史資料は存在しない。だからあらゆる創作物において、ここから先は想像で書かれたものしかない」


「私は別の遺跡でも同種の装置を見つけて作動させたことがある。その時は、集合住宅のような場所に飛ばされた。きっと超古代文明でのエレベーターのような物で、ありふれた装置だったのでしょう」


 おんぶされていたハレヤは床に降り、黒い立方体へ手をかざす。


 すると──二人は一瞬で別の場所にいた。


「え、本当に転移した⁉」


 ロジオンが見回すと、そこはまるで王宮の謁見室のような広いホールだった。


「そんなわけない」

 と、ハレヤは醒めた様子で言う。

「空間転移など現代文明では実用化がほど遠い。部屋自体が拡張現実で投影されてて、映像が切り替わっただけだ。それよりアレを見なさい」


 ハレヤが指さすのはホールの最奥。そこの玉座に、いた。


 形容しがたい蠢く影のような何か。


 人の形をしているように見えたと思えば、その形が崩れ、多数の触手を持つ不定形の怪物のような姿を見せ、それもまた崩れて、次々と有り様をかえていく。


 おそらく見る者によって、アレの姿を現す言葉は千差万別になるはずで。


『悪魔そのものだった』


『大きな動く影』


『どんな生物とも似ていない何か』


 そう、あれが、魔王、だ。

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