32話 原作者、今度こそ奮闘す。そして彼女は切れ痔を治す。


 二人は当時の人間の帝国首都を模したエリアにやってきた。


 この帝都の地下深くこそが、ラストステージだからだ。


 帝都の町並みでは、キャストたちが中世そのままの生活を再現している。


 お土産を売る市場からは商人たちの威勢のいい呼び込みが聞こえる。


 冒険者がたむろす酒場からは、吟遊詩人の歌が大通りにまで届いてきてた。


 その道の貴族が乗る馬車が通り抜け、甲冑を着た騎士たちの隊列が行進する。


 そうして二人が辿り着いたのは、宮殿が近くにそびえる地下墓地の入り口だ。


 大きな鉄門は閉ざされ、拡張現実で投影された近衛兵が警備についている。


「第七帝国暦156年のことでした」


 ロジオンはしたり顔で早口オタ語りを始める。


「最終戦争での戦死者を弔う墓地が足りなくなり、地下墓所を拡張するための掘削が行われていたところ、超古代文明の埋没遺跡が見つかりました。

 地底都市が埋まってたんです。帝国は調査を進めたかったのですが、戦争に手一杯でした。状況が変わったのは大同盟の締結です。

 各国から調査団が派遣されて一気に調査が進む。

 そこで未知の物質で作られた立方体が安置されているのが発見されます。

 学者が調べても、なんらかの魔導装置としか解りませんでした。

 でも異常なマナの空間流量が検出され、魔王による呪縛の放出との因果関係が考えられたんです。

 この事は各国の首脳部に機密として通知され、ただちに地下墓所は閉鎖。

 これを噂話として故意に流布してゾーフィアが来るのを待つことにした。

 でも帝都の市民に正式には知らされなかった。世界規模の呪縛を展開できる魔王から避難しようとしても意味ないですから。知らせても無意味なパニックが起こるだけ。なので街では噂は広まってても誰も本気にせず、日常が繰り返されていました」


「だから、私に説明はいらないと言ったでしょうに」


 ハレヤは呆れ顔でそう言って、ロジオンの脇腹をつっついた。


「趣味なので放っておいてください──そしてある日、ゾーフィアと思われる光学偽装をまとう人物が、地下墓地の入り口に現れる。つまり、今の僕たちですね」


 地下墓地へ近づくと、ブレスレットが作動。


 光学偽装がロジオンのビキニアーマー姿をぼやかした。


『アクティビティ開始。近衛兵たちに謎の魔導装置まで案内させよう!』


「よし、また僕から行きますよ!」


 すると警備していた近衛兵たちは、ぼやけた影法師となったロジオンを指さし、口々に。


「ゾーフィアだ! ゾーフィアが来たぞ。おお、世界は救われる!」


 ロジオンはゾーフィアになりきって近衛兵たちへ告げる。


「ここで発見されたという魔導装置。私は過去に同種のものを見たことがある。空間転移の装置だ。きっとその先に魔王がいるはず。案内しなさい」


「はい。皇帝陛下から命を受けております。あなたが現れたら指示に従うようにと」


 そして大きな鉄扉は開かれた。


『アクティビティ・クリア!』


「やった。このシーンは当時の近衛兵の警備日誌が残ってますし。その通りにすればいい。次はハレヤさんの番だ」


「ふ」

 ハレヤは鼻で笑う。

「このアクティビティはおかしい。簡単すぎると思わないと?」


「えっ、どういうことです? 今までの出題傾向からして、伝承どおりで満点じゃ」


「だとして、終盤にしてはあっさり過ぎて不自然だと、私は思うが?」


「まあ、言われてみると……」


 そこでハレヤはニヤリと笑んだ。


「先ほどのやりとり、矛盾を感じるべきだ。ここは機密として閉鎖された。そこへ光学偽装で正体を隠した者が現れた。なのに近衛兵は身分すら確認せず案内した?」


「た、確かに……すんなり行き過ぎというか」


「そこに答えがある。私はピンと来たのです。これは引っかけ問題だと。今度こそ、ゾーフィアが取った行動こそ高得点になる。それをやって見せる」


 で、一度、地下墓所の入り口から遠ざかってから、戻ってくる。


 また扉が閉め切られて、リセットされていた。


「考えてみなさいロジオン。ここまで来たときに、扉の前を警備する近衛兵が見えたら、ゾーフィアはどう状況を判断するか?」


「普通に考えると、身分を証明しなければ入れてくれない、と判断しますよね?」


「その通り。だが、ゾーフィア本人であるなど、どう証明すれば?」


「それこの前、僕らがやろうとしたわけだけど、ほぼ無理ですよね」


「そういうことだ。戦場ならともかく、平穏な帝都では無理。ならダメもとで説得を試みる? いいえ、そんな無駄に時間を浪費するのは不道徳だ。こうしている間にも前線では命が失われている。ならば私がすべき行動は、これだ──」


 ハレヤは指先を地下墓所入り口の近衛兵たちへ向け。


「エム・ラクス・ロー」


 強く発光する光球を放った。


 それはフワフワと飛んでいき、近衛兵たちは「いったいなんだ」と注目した、が。

 

 炸裂──光球は凄まじい光量ではじけた。目くらましの魔術だ。


 近衛兵たちは、「め、目が!」顔を抑えてうずくまった。


「な、なにやってんすかハレヤさ──」


 だが、ハレヤは駈けだしていた。極端な前傾姿勢で、とんでもないダッシュ力。


 鍛冶屋で受け取った『ふつうのけん』を鞘に収めたまま構えてだ。


 そして鞘で近衛兵たちを強打して、次々と気絶させ、十人の屈強な男たちをノックダウンしてしまった。


 しかも一秒かかってない。


 ロジオンはいろんな意味で口をあんぐりさせ。


「勇者のやることじゃない……しかも手慣れすぎててこわい」


「大丈夫。当時の私は彼らの治癒をちゃんとしておいた」


 ハレヤは倒れた近衛兵たちへ治癒魔術をかけはじめて。


「これでノーカンだ」


「いやいや、近衛兵に手を出す=皇帝への反逆でダメ絶対。死刑な犯罪です」


「バレなければ犯罪ではない」


「それ犯罪者の台詞です」


「でも、私の治癒魔術のおかげで彼らは倒れる前より健康になったくらいだ。特にそこの優男と熊みたいな大男は共に切れ痔だったが、綺麗に治った。

 彼らが今までこれを治癒術士に治してもらわなかったのは、おそらく人に言えない情事で出来た切れ痔だからだ。この頃は同性愛に不寛容だった。彼らはそういう関係だったのでしょう」


「暴いちゃいけないNPCの隠し設定まで暴いちゃいましたね……。ともかく、あとは誰かが鍵を持ってるはずだから、探して扉を開けるだけだ」


「それはダメだ。気絶した者や死体からの略奪は重労働で時間がかかる。それに失禁をしてる事が多いから、小便や大便で手が汚れて私は嫌だ。常識でしょう?」


「そんな山賊みたいな常識知りませんよ。じゃあ扉はどうすんです?」


「決まっている。ヴァース・ハルト・ポー」


 運動エネルギー投射──鉄の大扉は吹き飛んだ。


『アクティビティ・クリア!』


 ロジオン、再び口をあんぐり。


「ふ」

 ハレヤはドヤ顔で胸をはり。


「何を呆けた顔をしている。最短で地下墓所への侵入を果たした=前線で散る命を最小限に抑えた。これほど勇者として正解はあるまい」


「ま、まあ。でもなぜ当時の警備記録には、この事が書かれなかったんでしょう?」


「簡単だ。皇帝直々に警備を命ぜられたのに不審者に突破されたと報告できると?」


「あっ僕、察しました。近衛兵たちは口裏合わせて、ゾーフィアが来た事にしたと」


「私はそう思う。それが本当にゾーフィアだったから正式記録となっただけ。さあ、また完璧な立ち回りが炸裂したが、採点を見たいものだ。1万点は盛り返したか」


「賭けてもいいですけど、これまた絶対に──」


【ジャカジャン!】


 ロジオン

『1万点。わあ、すごいや。君は本物のゾーフィアかも知れないね!』


 ハレヤ

『マイナス1万点。君、もう帰ったほうがいいんじゃないかな……』



「むぅがあああ!」


 ハレヤさん、絶叫してブレスレットを壁に叩き付け始めた。


「ちょ、壊れちゃう。ハレヤさん壊して勝負うやむやにしようとしてるでしょ⁉」


「!」

 ハレヤはドキッとして止まった。それを誤魔化すように、なおさら。


「うぅがああ!」


 叩き付けだしたのだった。

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