31話 原作者、奮闘す。そして彼女は夕日にわめく。
ロジオンたちは遠吠え渓谷の奥へ進んでいった。
濁流の脇にある道を通ってだ。
やがて洞窟の中に作られた魔術儀式場へ到達する。
そこでは五十メートルはある大魔方陣を囲むように、ゴブリン魔術師たちがいた。
その中心にエルフの姫が捕らわれている。
拘束魔術によって両手が空中に縛り付けられた姿勢でだ。
彼女のドレスはボロボロで、抵抗した痕が見て取れた。
巨大な解析用の魔導具が天井から釣られており、それは姫を頭上から囲うような金属の輪で、輪の外側にももっと大きな輪があり、さらにその外側にも──と魔方陣の中心である姫以外の儀式場の上、全てを覆っている。
「ふむ」
ハレヤはそのゴブリンたちの様子を見て、何かに気づいたようで。
「ここは先ほどのドワーフのような生身の役者ではなく、ゴブリンも姫も光学魔術で投影されたものか。映画の合成背景と同じ原理だ」
「そうなんですか⁉ 僕じゃ見分けつかないや。これが最新の拡張現実か」
ゴブリンはロジオンたちの侵入に気づくと、十人がエルフ姫へ近づいて彼女へ武器を向ける。槍や剣、クロスボウまでも。
大声で警告を叫んでいるが、ギャアギャアと耳障りな喚きにしか聞こえない。
当時に呪縛を受けた者と、そうではない者の間で意思疎通ができなかったことを再現しているためだ。
だが、彼らが言わんとしていることは明白。
『これ以上、近づけば姫の命はない』という脅迫だ。
そんな中でエルフ姫は健気にも叫ぶ。
「私の命は気にせぬよう。もとより祖国へ捧げたこの身です!」
そこでロジオンたちのブレスレットから、メッセージが投影された。
『アクティビティ開始。魔術を使ってエルフ姫を救出しろ! ポーズを取るだけで詠唱せずに魔術を使えるよ。ヘルプを参照してね。*保護者の方へ。合成エフェクトなので安全です*』
「あ、これはあの名シーンの再現か!」
そう言ってロジオンはワクワク顔で呪文一覧のポーズ対応表に目を通す。
「まずは僕からやっていいですか?」
「ええ、やってみなさい」
ロジオンが指先をかざすと破壊光線が閃いた。
それを命中させたのは、儀式場の天井から吊られている解析用の巨大な魔導具を支える鎖十六本。
それらを断ち切るよう破壊光線を横になぎ払うと、全てが切断。
解析用の魔導具は落下し、儀式場全体を押し潰した。
ただし魔導具の中心の空洞部分にいた姫以外をだ。
拘束魔術が解け、自由になった彼女は。
「まあ、なんて機転の効くお方! あなたは私の命のみならず、祖国を救ってくださったのです。全エルフを代表して感謝を述べますわ」
『アクティビティ・クリア!』のメッセージが表示された。
「やった!」ロジオンはガッツポーズ。
「次は私の番か」
ハレヤはニヤリと笑んで。
「先ほどのように、『あの時こうするのが正解だった』では得点にならないのは分かった。今度は私がした行動をそのまま再現して、着実にポイントを取りに行かせてもらう。ふ、どれだけ高得点がでるか楽しみだ」
さすが原作者、自信満々だ。
で、儀式場から一回出て、入り直したらだ。
状況がリセットされており、また姫が捕らえられている状態になっていた。
ゴブリンたちが姫へ武器を向け、脅迫する。
「ロジオン。本物の勇者の思考という物を教える。彼らの武装をよく見みなさい」
「武装、ですか? 刀剣とクロスボウを構えてますが」
「ええ、問題はクロスボウだ。あれは引き金を軽くしてあると、わずかな衝撃で暴発する。彼女のどこにそれが向けられている?」
「頭、ですね」
「そう、あれは頭蓋骨を貫通し脳を破壊する。そうなると即死。ゾーフィアの強力な治癒魔術でも救命は間に合わない。なのに天井の魔導具を落下させて押しつぶす? あまりに博打がすぎる。もし押しつぶす瞬間にクロスボウが暴発したら?」
「あっ……なるほど。じゃあ、ハレヤさんはこの時、どうしたんです?」
「確かに地形を利用して敵を倒すのは格好は良いでしょう。定番シーンとなるのも理解できる。しかし実戦ではこのアトラクションのように、やり直しはできない。だから確実に姫を救出できる行動を、この時の私は選択した。こうだ──」
ハレヤが儀式場へ向かって、キッと睨み付けると――。
運動エネルギーを投射する魔術が発動。
短射程だが空間全体へ激烈な力を加えるものであり、相手は吹っ飛ぶ。強烈にだ。
瞬間的にゴブリンたちは壁へ叩き付けられ、ほぼ全員が〝全身を強く打ち死亡〟状態。そうでないものも気絶している。壁は吹き出した血で真っ赤に染まっていた。
姫も巻き込まれたが、拘束されていたため吹っ飛ばされずに魔方陣へ倒れている。
「ハ、ハレヤさん……! 姫の体が交通事故で航空艇に轢かれたみたいに、曲がっちゃいけない方向に曲がっちゃってます! ど、どうすんですこれ⁉」
「大丈夫、壁に叩き付けられたゴブリンと違い即死はしていない。こうして空間自体に運動エネルギーを投射することにより、クロスボウが暴発しても、その矢も吹き飛んで姫に当たらないようにした。
それで姫を即死させない程度に手加減したゆえ、まだゴブリンには戦闘能力を喪失してない者もいた。だからこうした」
再びハレヤは手のひらを血まみれの儀式場へ向けた――火炎投射だ。
儀式場が火の海になった。
「な、なにやってんすかハレヤさん! 燃えてる、姫が燃えてる!」
「やかましい。人はそんなすぐ焼け死なない」
ハレヤは丸焼けになった姫を炎の中から抱えて、儀式場から連れ出した。
姫は服が焼けるどころではない、見るも無惨な姿になりはてて、床に寝かされる。
「そして私の治癒魔術の強度を信頼することだ」
発光するハレヤの手が姫にかざされると、黒焦げだった姫は元の白い素肌へ戻り、全身ぐちゃぐちゃだった骨も綺麗に繋がった。
しかし、燃えた髪の毛までは再生されてない。丸坊主だ。
「あの……ハレヤさん? 髪は? 再生できないんですか?」
「できない。毛髪は排泄物の一種だからだ」
で、姫は意識を取り戻し、すっくと立ち上がり。
「まあ、なんて機転の効くお方! あなたは私の命のみならず、祖国を救ってくださったのです。全エルフを代表して感謝を述べますわ」
全裸かつ、丸坊主の笑顔で、プログラムされた通りの台詞を言った。
シュールすぎた。
「ねえハレヤさん……。これ絶対、実際の姫はこう言わなかったんでしょうね?」
「ええ、姫は全裸であることに悲鳴を上げ、髪を失った事で泣きわめいた。彼女は丸坊主になった事を世間に隠し、髪が生えるまでカツラで生活する。
その際に、救出された経緯を民衆へこう説明した。『ゾーフィアは魔導具を落下させゴブリンを一網打尽にしたのです。けして火の海にしてないので、髪が燃えたりしてないし、カツラでもない。だからマジでヅラじゃないつってんだろ、いい加減にしろ。不敬罪で死刑にすんぞボケ!』と。これが後世に残り、名シーンの逸話となったのでしょう」
「ハゲたの、よっぽどショックだったんですね……」
「ふ、ともかく、魔導具を落下させるという荒唐無稽ではなく、私の完璧な救出劇が決まった訳だが採点を見たい。五千点位は入るか? ふふ、ぶっちぎりではないか」
するとブレスレットから【ジャカジャン!】と効果音。
メッセージと得点が投影された。
ハレヤ
『減点5000点 信じられない鬼畜さだね。君は絶対、勇者になれないよ』
ロジオン
『+5000点。わあ、すごいや。君は本物のゾーフィアかも知れないね!』
「んぅぬふぉあ⁉」
またハレヤから変な声でた。
「ぶっちぎられてるっ!!」
で、ハレヤはブレスレットを壁へガンガン打ち付け始めた。
「こいつめっ、こいつめっ、これが壊れてるのです。こうしてくれる!」
「やめてハレヤさん。警備員きちゃう。勇者が警備員につまみ出されエンドなる!」
ハレヤを抱えて、どうにか外へ連れ出したのだった。
「納得できない」
相変わらずブレスレットをすごい形相で睨むハレヤ。
「さあ、ロジオン。次の勝負だ!」
◆◇◆◇◆◇◆
こうして二人のアトラクション攻略合戦は白熱していった。
そして半日後、日が暮れ始める頃──。
◆◇◆◇◆◇◆
「うわあぁぁあぁあぁあああん!」
夕日のテーマパークのカフェテリア。
ツインテール黒髪少女の姿をした勇者本人が涙目で喚いてた。
ハレヤは椅子に座ったロジオンの肩に掴みかかって、ガクガク揺すってる。
二人の前に表示されている得点表は。
ロジオン 『6万5千536』
ここまでパーフェクト、さすが世界一の勇者オタク。
ハレヤ 『マイナス6万5千536』
まさかの原作者、負数パーフェクト、であった。
「なんで⁉ なんで私がこうなる⁉」
「だって全部のアトラクションのクリア方法が、エルフ姫の救出みたいでしたから」
「私はゾーフィアがやったことを、そのままやっただけなのにぃぃぃいい!」
「でも、僕が知ってる定説とは、ぜんぜん違うというか。まあ、あれだけエグいことやってたら、当時の人たちも伝承を残すのに改変しなきゃとは察しましたけど。特に獣人種の巫女に、オーガの王を相手にアレさせたとか……あれはヤバかった……」
「で、でも私は、その場その場で最適な行動を、わずかな時間で判断せねばならなかった。あとの時代の者たちが、安全な研究室でああすれば良かったと議論するのは簡単だろうが、そういう者たちへこう言いたい。ならばお前たちがやってみろ、と!」
「大丈夫」
と、ロジオンは椅子に座っていた自分の膝に、ハレヤを乗せて抱きよせた。
「僕は分かってますから。今日見せてもらった決断を見ていて理解した。もし自分が選択を一つでもしくじれば世界が終わる。
そんな時にも彼女は一つも間違えずに、決断していった。その極限状態での判断力は誰にも真似できない。昨日までよりゾーフィアを百倍好きになった」
抱きしめるロジオンの腕に力が込められた。
彼の胸へ頭をあずけるハレヤ。
その頬の赤みが増していくのは、きっと夕日が傾いていくせいだけじゃない。
「あなただけでも、そう思ってくれるなら……」
で、ハレヤがロジオンの顔を見てみるとだ。
彼はブレスレットから投影されるスコアランキングをチェックしており、自分の名前がトップにあるのを見て、ニヤけていた。
「む、むぅ!」
ハレヤはロジオンのほっぺたを悔し紛れに摘まんで。
「やっぱり釈然としない。さあ次へ。ここから私が逆転してみせる!」
「できますかねえ。だってもう次が最後、魔王との対決だ」
「なんと⁉」
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