51話 世界を救う。そして彼女は勇者を憎む。6(前編)


 ゾーニャと別れた僕は、人間の帝都へ戻ってきた。


 世界規模に影響を及ぼす精神魔術の研究のためだ。


 まず僕が扱えるマナだけでは実現が不可能というのが最大の障害だった。

 だが解決方法を思いついたんだ。


 自分一人ではなく、精神魔術をかけられた者が持つマナを強制的に提供させるような、魔導組成を組めばいいのではないか、と。


 マナ自体は魔術師でない一般人でも微量なりとも持っている。


 つまり、術式展開と魔導組成は僕がやり、消費マナはかけられた本人たちが賄えば、無限ともいえるマナを利用するできる。


 これならば、術式の核となる僕が生きている限り、地上全てを覆い続ける精神魔術を作り出すことが可能だ。



◆◇◆◇◆◇◆



 一方その頃。

 僕と別れたゾーニャは、一風変わった宿場町へ流れ着いたのだそうだ。


 そこは複数の国境が交わる『冒険者村』と呼ばれた町の一つだった。


 もともと魔物を狩る冒険者たちのキャンプ地でしかなかったのだが、旅商人が魔物から取れる毛皮や角などを仕入れるため集まりだしたのが、町の始まりらしい。


 それら旅商人の次は、冒険者相手の酒場や賭博場がやってきて、次に宿屋、娼館、鍛冶屋、冒険者ギルドと拡充し、一大交易所として機能し始めた。


 だからこの種の町に名前はなく、冒険者村としか呼ばれない。


 商人含めて放浪生活者たちの集まりであるため種族は雑多であり、混沌だ。


 いま戦争しているはずのハーピーとドワーフの冒険者が、酒場では肩を組んで安酒を呷っていたり。やはり戦争中であるはずのエルフ冒険者が、獣人種のウェイトレスを口説く光景があったという。


 ここに集まる風来坊たちは、国家への帰属意識が低い個人主義者たちだからだ。


 ゾーニャは食事をしようと酒場に来てそれらを目にしたときに、ひどく驚いたそうだ。これまで冒険者村に用があったわけがなく、初めて見る光景だった。


 彼女の知っている異種族間の関係とは、抗争か、紛争か、戦争。

 あるいはそれらを遂行するための一時しのぎの同盟関係。どれかしかない。


 この町は全種族が共に暮らす理想郷のようにすら見えた。


 食事を終えたゾーニャは耳鳴り珊瑚に話しかけてみた。が、返事はない。

 三日ほど前に『何年か話せなくなる』と僕から連絡が来たのが最後だった。


 ゾーニャはこれからの食い扶持のため、冒険者ギルドで仕事を探すことにした。

 流れ者が稼ぐには、それが手っ取り早いと酒場のマスターに聞いたからだ。


◆◇◆◇◆◇◆


 冒険者ギルドの斡旋窓口には、隻眼隻腕のゴブリン男が居た。


 陽気に声をかけてきたそうだ。


「よお、見ねえ顔だな。仕事を探しだろ? まず、おめえさんがどんな依頼こなせそうか質問するぜ。 今までどんな仕事を? 何で稼いでた?」


「……」

 そう言われても、これまでやってきた事など、話したくなかった。


 ぼかして答えることにした。


「恥ずかしながら……ほぼ人殺ししかやったことがない。収入源はその死者からの略奪だ」


 そこで隻眼隻腕のゴブリンは顔を青くした。

 なんかヤベえ凶悪な奴きちゃったぞ……と。


 彼は慌てて壁に貼ってある賞金首ポスターから、似た顔を探したが見つからない。


「そ……そうかい? まあ……お前さんが何をやらかしたろうと、首に賞金ぶらさげてないなら、ここじゃ誰も興味は持たねえさ。で、どんな仕事やりたい? これだけはやりたくないってのを教えてくれてもいい。それ以外を紹介してやる」


「人殺しだけはしたくない」


 隻眼隻腕のゴブリンはポカーンとした。


「いや殺ししかやった事ないお前がそれ言ったら、『何もできねえ』って事じゃねえか。傭兵の仕事もダメなんだろ?」


「私は戦場には二度と立ちたくない。絶対に」


「だからよぉ……それだと、お前は他に何ができるんだって話しになってだな」


「困った。私でもできそうな初心者向けの依頼は?」


「まあ……あるにはあるぜ。実は最近、北のほうにある村の近くに、ドラゴンが四匹も住み着いちまってな。こいつの討伐依頼がきてる。依頼主の領主はハーピーとの戦争に忙しくて討伐隊を差し向けられず、村人は避難生活を強いられ困ってる」


「わかった。その仕事にする」


「馬鹿か! ジョークだよ。ドラゴンだぞ? ほんと初心者も良いとこだ。ドラゴン狩りは腕利き冒険者が千人で一匹に挑んでも十日は戦闘が続く。で、生還できる奴は十人いない。それを四匹だ。確実に死ぬ。だからこの依頼は誰もやらず未消化案件になってる。傭兵以外じゃこれしか仕事がねえ」


「私はドラゴンと戦ったがないが。四匹だとエルフ軍十万より強いのだろうか?」


「は? いや、さすがにそれなら、エルフ十万のほうが強いだろ……。ていうかおめえな、エルフの軍隊を一回壊滅させたことがあるみたいな言い方すんじゃねえよ」


「違う、一回じゃない」


 つい真顔で言ってしまったらしい。


「あぁ……⁉」


「あ、いや。私のジョークだ。ともかくそれなら大丈夫。村の場所を教えて欲しい」


「そう訊かれたら、俺の立場じゃ情報提供が義務になっちまう……くそ。村人が冒険者村に避難してきてるんだ。ドワーフ横町って呼ばれる難民キャンプがある。そこで案内してもらえ」


「その村人たちというのは、ドワーフ? ドワーフの村を助ける、か……」


 ゾーニャの顔が曇った。ドワーフという種族には良い記憶がない。

 母親の顔にクロスボウを五発撃ち込まれた光景は、今でも夢に見る。


 初めて殺人をした相手もそのドワーフたちだった。人殺しを数え切れないほどしてきたが、憎しみを抱いて、殺したい、と殺意を向けた相手は、あいつらだけだった。


「なんだよ、おめえ、ドワーフは嫌いなのか?」


 戦争の原因であれば種族に関係なく排除する。

 その上での全ての命は公平に扱う。


 その信念でずっと行動してきたつもりだが、そう訊かれれば。

 頷く、しかなかった。


「でも、私には選択肢がないようだ。行ってくる」

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