52話 世界を救う。そして彼女は勇者を憎む。6 (後編)



 ゾーニャは冒険者村のドワーフ横丁に行く途中、盛り場を通りかかった。


 そこの娼館の飾り窓には、やけにドワーフの女ばかりが並んでいた。


 そして、粗末な掘っ立て小屋が並んでいる難民キャンプまでくると、昼食時で炊飯の煙が上がっているが見えた。


 炊飯をしているのは男や子どもだ。女の姿が見えない。

 

 それで察した。さっき盛り場に大勢居たドワーフ女たちの事だ。


 彼女らは家族を食べさせるため、ああしていたのだろう。


 難民キャンプというのは、いつの時代も、どんな種族でもこれだった。


「おお……冒険者様!」


 突然、後ろから声をかけられた。


 白髭を蓄えた村長らしい老ドワーフと、青年ドワーフ四人が駆け寄ってきた。


 ゾーニャは思わず、初めて人殺しをした時の光景が蘇ってしまい、不死身の結界が無意識的に発動したのを感じた。


 気づけば右手も剣に添えられてしまってる。


「あの、冒険者様、依頼を受けてくださった方が、やっと現れたと知らされまして」


 そう言ってくる村長に、ゾーニャは目を合わせられなかった。


「私がそうだ。村に案内してほしい」


「しかし……お一人……ですか? お仲間は? 四千人は必要になるかと」


「私一人でいい」


 村長らは、何言ってるんだこいつは? とばかりに顔を見合わせたが。

 

 それを見たゾーニャは――無詠唱で空へ向けて特大の破壊光線を放って見せた。


 真昼だというのに、空が真っ白になるほどの光量で天へと突き抜けていったそれは、実戦向きとはいえない攻撃魔術だが、とにかく派手だ。


 ゾーニャが村長たちへ自分の実力を説明するのに、どんな言葉を重ねるより、最適な説得方法だった。


 村長たちは、あっけにとられて、かくかく頷くしかない。

 青年二人が案内を引き受けることになった。

 



◆◇◆◇◆◇◆



 そうして山村に到着した。


 段々畑が広がる風光明媚な田舎村といったそこは、ドラゴンの襲撃によって倒壊した家々が並んでいた。食い荒らされた家畜やドワーフの骨も散らばっている。


 すると遠くからドラゴンの羽ばたきが聞こえてきた。


 巨大な翼が空を切り裂く不気味な音だ。鳴き声も響いてくる。

 奴らはきっと縄張りに外敵が侵入したのを感じたのだろう。


 ゾーニャは案内のドワーフ青年たちに振り向く。


「村の外で隠れていたほうがいい」


 青年たちは逃げだした。茂みの中へ隠れてすぐだった。

 彼らに降り注いでいた日の光が、頭上を飛んでいくドラゴンに遮られた。


 四匹のだ。狩りの帰りなのだろう、足には山牛と呼ばれる家畜を掴んでおり、口には噛み砕かれたドワーフが見える。


 突風を巻き起こしながらそれらが向かうのは、ゾーニャが残る村の中心だ。


 ドラゴンたちは彼女を見つけたのだろう──急降下したのを青年たちは見た。


 それから激しい衝撃音が何度か聞こえてきた。


 だがほんの十秒ほどで音は止んだ。


 ああ、やはり、あっさり食われてしまったのだろうか。青年たちはそう思った。


 だが。

 ゾーニャがなんてことない顔をして農道を歩いてきた。


 全身にドラゴンの返り血を浴びている。で、こう言った。


「討伐は終わった。確認してほしい」


◆◇◆◇◆◇◆


 青年二人が村へ見に行くと、だった。


 一匹目のドラゴンはアダマンタイトより堅い腹の鱗をえぐられて死んでいた。


 二匹目は溶岩に落ちても燃えないはずの全身が黒焦げになって、燻っていた。


 三匹目は攻城魔導兵器ですら貫けない頭蓋骨に大穴が開けられ、倒れていた。


 四匹目は地面でぺしゃんこに潰れていた。踏まれたカエルみたいに真っ平らだ。


 何をどうしたら、ドラゴンがこんな酷い死に方をするのか……。


 青年たちには想像すらできなかった。だが目の前にあるものが現実だ。


 彼らは冒険者村で待つ村人たちへ知らせに帰った。


 そして村人たちを連れて戻ってきたときだ。


 ドラゴンの死体を見た村人は、奇跡が起こったとばかりに歓声を上げ、感極まって泣き出す者もいた。


「ありがとうございます! ありがとう……ございます!」


 ゾーニャに駆け寄ってきたのは白髭の村長だった。


 村人たちがゾーニャを囲みだした。

 口々に感謝の言葉を捧げる。大人も、子どもも、男も、女も。


 そんな風に人々に囲まれているうちに、ゾーニャは気づいた。


 右手の痛み、罪の炎の苦痛が少しだけ……引いていっている。


 そして自分がドワーフたちと目を合わせて、笑っていることにも、気づいた。


 こんな、満たされた気分はいつ以来だろう?


 三千年前に戦い始めてから、一度もなかった感覚だ。


 人から感謝されることが、こんなにも幸せだなんて、忘れていた気がする。


 当たり前だ。この三千年間、他者から感謝される事は、何一つしていない。


 だからゾーニャはやっと判ったんだ。


 自分が本当にしたかったのは、こういう事だ、と。


「冒険者様」


 村長が声をかけてきて。


「ドラゴンの死体はどうなさるおつもりで?」

 

 ゾーニャは首をかしげる。


「死体? 特に考えてはいなかったが」


「本当ですか? 要らないとおっしゃるなら、こちらで処分させていただいても?」


「そちらがいいなら、私は構わない」


 すると村人たちは、さらに感動した様子で。なんと、ゾーニャを拝みだした。


「これで村を立て直せます。いえ、これまで以上に栄えた村に発展することでしょう。ありがとうございます!」


 ゾーニャは訳がわからなかったが、悪い気はしない。


 冒険者村へ帰還することにした。 



◆◇◆◇◆◇◆



 で、冒険者ギルドへ戻ってくるなり、斡旋窓口へ行き。


「ちょっと行ってきた。これが討伐した証拠の──」


 持ってきた大きな袋を広げてみせた。ドラゴンの目玉が八個入っていた。


 それとドワーフの村長の依頼完了を証明する契約書も出してみせる。


 斡旋係の隻眼隻腕のゴブリンは口をあんぐり、腰を抜かして床にへたり込んだ。


「おめえ……マジ何者だよ……? いや、ここまで来ると逆に聞きたかねえぜ。おっかねえ。で、ドラゴンの鱗やら角はどうした? 表に運んであんのか?」


「鱗? 角? そんな物をどうすると」


「どうするっておめえ、職人や商人に売るんだよ。ガッポリだぜ?」


「言われてみると、鱗の防具は戦場でよく見かけた。なるほど。こういう風に素材が流通していたのか。ドラゴンの死体は村に置いてきた」


「どんだけ馬鹿かよ……ドラゴン一匹で城が一つ建つんだぜ……?」


「そんな事より、私はもっと仕事がしたい!」


 ゾーニャは目を輝かせていた。


「嘘だろ。おめぇはもう、依頼の報酬金だけでも百年豪遊できる。これ以上なにやるってんだ?」


「人を助けられる仕事がしたい。いっぱいだ。他の冒険者がやらなくて困っている依頼を斡旋してほしい。報酬も安くていい。今回の報酬も寄付して。戦災孤児院に。だからもっと仕事を。それが私のしてきたことの……せめてもの償いになる」


「訳わかんねえが、はは……参ったよ。いいぜ。おめえみてえな馬鹿と飲む酒も旨そうだ。改めてよろしくな。俺はビンピ・ヒンピー。おめえさんの名は?」


 ゾーフィア、という名を口にするのが躊躇われた。


 それは史上最大の殺人者の忌まわしい名だ。


 これからは真逆の生き方をしたい。だから義理の母の名を口にした。


「ハレヤ・ハーレリ」




 こうして〝ハレヤ〟の冒険者としての生活は始まった。


 変人なくせに、やたらイイ奴な凄腕として冒険者村で評判になり、仲間ができた。

 ありとあらゆる種族のだ。


 冒険者村の外では、今も各種族が生き馬の目を抜く戦乱を繰り広げているのに、ここだけは別世界だった。


 各国の国境が絡み合う境界に位置しているが、それゆえ貴重な外交ルートの場であったせいだ。


 そのため非国家主権地帯としてこのまま残しておく利害が各国で一致しているため、戦乱に巻き込まれず存続していた。


 冒険者村がゾーニャの第二の故郷になった。

 冒険者仲間が第二の家族だ。


 そうして二年が過ぎた頃。僕は耳鳴り珊瑚で連絡する。


 人間の帝都で会いたい、と。

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