全裸ホームレス勇者少女(呪)を拾う。~ちっちゃな自称元勇者に出会って十五秒で脅迫されて映画作りを頼まれたけれど、なんかこの人、死にそうです!!~
53話 世界を救う。そして彼女は勇者を悼む。7 (前編)
53話 世界を救う。そして彼女は勇者を悼む。7 (前編)
帝都の酒場で僕らは二年ぶりに再会した。
抱擁のあとで、店の端っこの席に着き、酒を飲んでから、僕は言った。
「だいぶゾーニャの顔色が良くなった。二年前に分かれた時は、ひどかった」
「私はやっと、自分の本当の生き方を見つけられた。だからだと思う。冒険者村は良いところだ。信じられないかもしれないが、全ての種族が共に暮らしてる──」
ゾーニャは冒険者村での二年間を事細かに聞かせてくれた。
ドラゴン退治が切っ掛けで、人助け専門の冒険者を始めたこと。
あらゆる種族の仲間ができた話もだ。
「──というわけで、私は、冒険者村こそが理想世界なのでは、と思っている」
「なるほど。それは僕も同意するよ。まさに理想郷だ。でも世界の全てがそうはなれない。冒険者村は国に属さない個人の集まりという特殊条件で成立しているだけだ」
「私だって、わかってる。だって、世界の九割九分はそうじゃない。種族単位で国を作り、国が種族の利益を代表して政策をする。そしてその利害が他国と衝突したときに戦争が起きる。だけど私は、全ての種族が共に繁栄できる世界もあるのではと」
「どうやって?」
と、僕が聞くと。
ゾーニャはしばらく考えたけど、項垂れてしまった。
「見当も付かないが……私には」
「確かにゾーニャの言う全種族の共存こそ、理想としては最上だと僕も思うよ。だけど誰もその方法は見つけ出せていない。必要なのは、確実に理想世界を実現できる具体案なんだ。ねえゾーニャ。もしこの世界に存在する種属を一種だけに絞るとする。そうすれば戦争の何割がなくなるかな?」
「……九割はなくなると私は思う。これまでもこれからも、戦争のほとんどは異種族同士のもの。もし種属が一つだけなら、それが無くなることになる。でも、まさか、それをやるべきだ、なんてラスは言うのだろうか」
僕はこう訊かれた時、どんな顔をゾーニャに向ければいいか、わからなかった。
「僕は、そこをゾーニャに訊きたいんだ。もしそれを実行すれば世界の九割の人が死ぬことになる。でも、戦乱の九割を無くすことができる。そうすれば犠牲者の何億倍もの人を未来で救えることになる。だったら、どうする?」
ゾーニャの顔が途端に曇った。
「……私はもう、人殺しはしたくない。絶対に」
「これは実際にするかどうかじゃない。思考実験だよ。要点は、今、生きている人々を生かして、未来でその何億倍もの人を死なせるか。その逆をして何億倍の人々を救うか。例え話しだ」
答えなど分かってる。
彼女であれば、『少数を殺し、多数を生かす』と回答するはずだ。
「それなら、私は三つ目の選択肢を選ぶ」
「三つ目……? いや、三つ目の選択肢なんて──」
「ある。私はまず今生きている人々を助ける。そして未来でも、その何億倍の人々も助ける」
「……」
呆気にとられた。しばらく彼女を見つめたままだった。
だけど、すぐに気づいたんだ。これこそがゾーニャだと。
皆を救いたい。ただ一途にそう願う、彼女の心根だと。だから僕は嬉しくて。
「あはは、そうだね。ありがとう。やっぱり僕はゾーニャが大好きだ」
「その話しは……ラスの構想のこと?」
「前に言っただろう。構想は秘密。僕一人でやる」
「ラスにも……もう戦ってほしくない!」
テーブルごしにゾーニャは迫ってきた。
「それも言っただろう。僕が戦うことはない。今のはただの例え話だ」
僕は……嘘を吐いたんだ。
「それならいい。じゃあ、私はもっと冒険者仲間のことを聞いて貰いたい。ラスにもそのうち、みんなを紹介したいし、いつか冒険者村に来てほしい」
「そうだね、とても良い所なんだろうな……」
あらゆる種族が混在している街。
僕の構想を発動させたら、真っ先に地獄絵図に変わる場所だ……。
「うん、ラスの構想というのが落ち着いたら、二人で冒険者をしよう。世界中を回って、困ってる人たちを助けて回る。それが、私たちの償いにもなる──」
こうして僕らの取り留めのない会話は夜更けまで続いた。
ゾーニャは潰れる寸前まで飲み過ぎてしまった。
彼女を介抱して宿の部屋まで行き、ベッドに転がり込ませた。
「私が眠るまで手を握ってほしい。ラスと離れて暮らしてから、とても怖い夢を見るようになった。世界に独りぼっちで取り残されて死ぬ夢だ」
僕はベッドに腰掛け、手を握ってやった。
その右手、罪の炎は二年前より広がっている。人助けでせめてもの償いをしていると言っていたが、それでも進行を遅くする程度にしかならないのだろう。
ゾーニャはあとどれくらい生きられる? 何年? 何十年?
彼女の罪の炎を消すことができるかも知れない理想世界の到来は、それに間に合うだろうか。
いや、間に合わせなければ。もう迷う時間などない。僕は決めた。
今に生きる人々を殺し、未来に生きる人々を救い、そしてゾーニャも救う。
「……」
またしばらく会えなくなる。だから今のうちに気持ちを伝えようと思った。
彼女が一人で居る間、孤独な夢を見ずに済むように。
今も変わらない気持ちを行動にして。
僕はゾーニャの唇へ、自分の唇を──。
だが彼女の指が、寸前でそれを止めたんだ。
「ラス、ごめんなさい。それはまだ私の求めていい幸福じゃない」
「なら。ゾーニャが自分を赦せるようになるまで、とっておくことにする」
するとゾーニャは瞼を閉じて、眠ったようだった。
その寝顔は普段の超然とした雰囲気はまるでなく、子どものころ二人で昼寝をしたときに見た、無邪気なままだった。
僕たちは遠くに来すぎた。
最初に目指していた場所とはまるで違う所へ来てしまった。
でもここが折り返し地点だ。ここから、元の場所へ帰れば良い。
「僕は……世界を救う方法を探したよ」
寝息を立てているゾーニャへ、僕は独り、囁きかけた。
「世界を救える精神魔術を作り出してしまったんだ。これを使えば、最小の犠牲で、最大限の人々を救える。地上に存在する種族を一つだけに絞れる。これはかつてゾーニャがしてきたことの集大成であり究極形──やりたかった事、そのものかも知れないね。君はもう十分に戦った。あとは僕が、全てを背負う」
この時、ゾーニャは半分眠りかけた意識の中で、僕の声は聞こえていたそうだ。
でも酔いで朦朧とする頭では何も考えられず、そのまま眠りに落ちたという。
そして翌朝にはもう、宿に僕の姿はなく、耳鳴り珊瑚でも通話できなかった。
何か大事な話しをされた気がしたから、確認だけでもしたかったのだそうだが。
ゾーニャは冒険者村へ帰ることにした。
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