19話 勇者物語の〝原作者〟が語る。そして僕は涙をしるす。(後編)


 

「なら僕は──歴史学の定説を覆す瞬間に立ち会ってるわけだ」


 ハレヤは振り向いた。

 大草原の地平線へ沈み行く夕日を背にして、ロジオンを見つめてくる。


「魔王によって二つに引き裂かれた世界。あの混沌を終わらせるには、私には二つの方法があった。一つは、どちらかが全滅するまで戦う。もう一つは、魔王を倒し呪縛を消し去る。だが、どこに居るか分からない魔王を、一人で探しだすのは無理だ」


「膨大な人手が必要になりますよね?」


「そう、そして魔王を探し出せるのは呪縛をかけられなかった者たちだけ。だからその者たち皆で捜索作戦をする必要があった。

 しかし前線となっていた種族の国では、戦闘に手一杯で魔王捜索に力を割けない。

 ならばその逆に余裕のある国が捜索を手伝おうにも、それまで戦争ばかりしてきた同士だ。協力は夢のまた夢だ。それが私の悩みの種だった」


 ハレヤは遠い過去を思いだすように、夕焼け空へ目を向けた。

 当時の状況が思い浮かんでいるのだろう


 呪縛による最終戦争が始まった時代とは、もとから異種族同士が絶え間なく争っていた種族戦乱期であり、呪縛をかけられなかった種族同士も、もともと敵同士。


 信頼関係がゼロだ。この前まで戦ってた敵国の軍隊を自国内に招き入れて捜索作戦させるなんて、できる状態じゃなかった。


「まず私がやらねばならなかったのは、そんな相互不信を乗り越えさせる事だった。口で結束を呼びかけるのは容易いが、そんなもので誰も説得できない。

 行動で示さねば。だから私は種族の区別なく、加勢して回った。

 光学偽装で姿を隠したのは、私の種族を不明にすることで、特定の種族へ組みするつもりがないことを示すためだ」


「なるほど……姿を光学偽装で隠していたのは、そういう理由だったんですね。おかげでゾーフィアは『どこかの種族の回し者』ではなく、世界を救うために結束を呼びかける超常的な救世主と、人々から思われるようになっていった、と」


「そうだ。 そうして私の呼びかけに応えるように、各国が協力体制を結んでいくことになる。結果、呪縛を受けなかった全種族による大同盟が結成された。しかし、ここで考えてほしい」


 ハレヤはロジオンを指さす。


「私はひどく回りくどい事をした、と思いませんか? 呪縛をかけられなかった者を助けるだけなら、魔王の捜索など考えず、無敵の私が敵国へ進軍し、皆殺しにすれば済んだ」


「まあ、その辺は歴史学会では、ゾーフィアにもそこまでの力はなかったからだ、と考えられてはいますが。彼女ができる範囲の努力をした結果だと」


「そんなことはない。私には皆殺しも実行可能だった。しかし呪縛をかけられた種族を全滅させても、次に魔王が何をやるか分かってた。

 そうなった場合、魔王は生きのこった種族を再び半分ずつに分けて、呪縛を使って争わせようとしていた。最後の一種族になるまで、それを繰り返す」


「ま、待ってください!」


 ロジオンは血相を変えて、ハレヤの話しを遮った。


「そんな事、どんな歴史資料にも書かれていない。魔王の意図が一切不明なのに。何を根拠に言ってるんです?」


「単純だ。魔王の意図を私は知っていた。彼がやろうとしてたのは、異種族間の戦乱が三千年も続く世界を安定させること。もし世界に存在する種族が一つだけなら、歴史上で起こった戦争の何割がなくなるだろうか?」


「……ざっと九割はなくなるかも知れませんね。歴史上の戦争の九割は、異種族間の戦争が激しかった種族戦乱期に起こっているんです。そのほとんどが異種族間の争いなので。もし種族が一つだけなら、それらの戦争がまるごと無かったことになる」


「魔王が目指していたのはそういう世界だ。異種族同士で争いを続ける地上に存在する種族を、一つだけにしてしまえば、戦争の起こる頻度をずっと小さくでき、長期的に見れば悲劇の数を最小化できる。彼はそう考えた」


 そこでハレヤは、ロジオンの目を覗き込んできた。


「だが私は真逆の理想を秘めていた。もし全ての種族が、争うことなく共存できる世界があったら、どんなに素晴らしいだろうと。だから敵となる種族を殲滅するのではなく、魔王を倒して呪縛を解く道を選んだ。全種族を生き残らせるため。

 呪縛に捕らわれた、ゴブリンやハーピー、ナーガやオーガ、ダークエルフ、リザードマン、そしてオークも救うために。

 しかし魔王を探し出すには、呪縛をかけられなかった者たちを助けて戦わねばならなかった。この緑風草原であればオークたちを殺さねばならなかった。救いたかった、その相手をだ。救うために、殺した。百万もだ」


「……‼」

 ゾーフィアは呪縛をかけられなかった者を救おうとしていただけではなかった?


 敵も含めて全てを救おうとしていた。


 それを聞いた瞬間。ロジオンは自分の中で何かがピタリとはまった気がした。


 史実として記録されているゾーフィアの行動と、明らかではなかった動機。


 その二つが、ピタリとだ。


 ゾーフィアの行動すべてを説明できる。たった一つの動機。


『全てを救いたい』


 単純明快にして、純粋。

 これまで誰も語り得ることがなかったゾーフィアの核心ともいえる本質。


 それを言ってのけた目の前の自称ゾーフィアは、いったい何者なんだろう?


 そんなの……もう……。


 きっと、この人は──。


「話しを最初に戻す。私はここでオークの軍勢百万と対峙したときに、どんな言葉を発することもできず、泣いていた。その理由が分かってもらえただろうか?」


 ロジオンは、頷く。深く。


 ハレヤは夕日へ向かって、墓石の間を、進み出した。


 その右手はまるで剣を構えるようで、左手は攻撃魔術を放つために、かざされた。


「ではゾーフィアがここで行った全てを想像なさい。彼女の放った火炎魔術は、オークの隊列にいた数百人を炎で飲みこんだ」


 ハレヤは左手をなぎ払うかのように振って見せる。


「火だるまになった者たちが必死に火を消そうと、草原を転げ回る悲鳴。体が焼ける臭いを嗅ぎながらも、次のオーク騎兵の一群へ電撃を放とうとした時の、私の目を想像なさい」


 両腕を広げ、全周囲へ電撃を放つ仕草をする。


「電撃は体を内側から破裂させる。そうして空一面にオークの臓物が舞い上がった。私はそれらを浴びながら、武器を振るった」


 ハレヤは右手を、振り回す。


「相手の腹を割き、首をはねる。その腕に伝わる感触を想像なさい。相手が悪意を向けてくる敵ならまだよかった。しかし呪縛で操られているだけでしかない。あれは地獄だ。ゾーフィアの戦いとは、この草原に限らず常にそれだった」


 ハレヤは地面を見回す。


「足下をぬかるませている血の海、そこをのたうつ瀕死のオークたち。足の踏み場もないほど横たわる骸。それらは全て、守りたかった者たちのなれの果てだ。ゾーフィアは冷静に颯爽と不敵に戦っていた? とんでもない」


 ハレヤはかぶりを振る。


「彼女は自身の行為を嫌悪し、恐怖して、何度も正気と狂気の境目をさまよった。気づけば小便を漏らしていたし。大便もそう。嘔吐も三回、いや、四回かもしれない。それが、本当の緑風草原の決戦だった」


 歩きながら話すハレヤの言葉が、震えていた。


「今でも夢に見るのは爆風で両目と下半身を失ったオークの少年だ。まだ十五歳くらいだった。彼は私の足下で倒れていた。この辺りだ。

 死ぬ直前で呪縛が解けたのでしょう。息絶えるまで母を呼んでいた。『お母さん、どこ、家に帰りたいよ、お母さん』そう私の足にすがりついた少年の手から、だんだん力が抜けていくのです……」


 ハレヤは立ち止まり、しゃがんだ。


 彼女の瞳が震えている。涙が、滲みだしてきている。


 その涙は──草原へこぼれ落ちた。


「ロジオン。もっと、ここで私がしたことを話したほうがいいだろうか?」


「もう、十分です」


「ヒントは……見つかっただろうか?」


 ロジオンは頷いた。


「ばっちりです」


「良かった」


「それに僕はゾーフィアがもっと好きになった」


「……⁉」


「これまで常識のように言われていたように、呪縛をかけられなかった種族だけを助けようとしたのではなく、敵含めてみんなを助けようとした。まさに救世主だ。優しくてゾーフィアらしい。だからこれまでより、もっと好きになった」


 するとハレヤは照れたように目を逸らした。


「面と向かってそれは、さすがに気恥ずかしい」


「でも僕の素直な気持ちです。ゾーフィアが大好きです」


「だ、だから、それっ」


 ハレヤはプイッと顔を背ける。


「意外にハレヤさんって可愛いリアクションしますよね」


「なっ。ろ、老婆相手に何を言い出す。可愛いわけがない」


「じゃあ、帰りにファミレス寄って、ドラゴンステーキどうです。もちろん尻尾の第二関節肉で。デザートにはまたクレープを食べませんか」


「食べるーっ♪」


 キラキラの目で振り向いてきた。


「ほら、かわいい」


「む、むぅ。餌で釣るとは卑怯な……!」







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挿絵ファンアート『一人  対 百万』

https://kakuyomu.jp/users/Diha/news/16818093076709355289

画:かごのぼっち様

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