18話 勇者物語の〝原作者〟が語る。そして僕は涙をしるす。(前編)


 ロジオンが運転する航空艇が高度を落としていく。


 緑風草原に着陸するためだ。


 大草原は夕焼けに染まりかけている。


 航空艇が接地すると、ハレヤがピョンと降り立った。


 ほっぺたにチョコをくっつけてだ。

 風がハレヤの長い黒髪と、足下の草をなびかせる。


 よく見ると、風には緑の煙のような物が混じっている。

 緑風草の胞子だ。それが舞い上がり、緑の風が吹いて見える。

 

 近くでは考古学調査が行われていて、草原が掘り返されていた。

 

 当時の戦闘による大爆発のクレーター跡に、遺骨や遺品など歴史資料が埋まっているからだ。


「ロジオン、ここに来た事は?」


「一年前に論文の取材で。中学の修学旅行でも」


「でしょうね。修学旅行の定番だ。まず見せたいものがある」


 発掘現場から離れた場所へ案内された。


 日が傾いた逆光の草原に、無数の何かが立ち並んでいる。どこまでもだ。


「あれは?」


 ロジオンは立ち並ぶ何かに近づいてみた。墓石、だった。碑文はこうだ。


『あなたの名は誰にも知る事ができない。それでもあなたを永遠に記憶する』


 隣の墓石の碑文も同じだ。

 その隣も、隣も──。同じ墓石が地平線まで並んでいた。


「あの、ハレヤさん、これって」


「ここで私に殺された百万のオークの墓だ。まだ十万しか建てられておらず、これから増えていく。ほとんどの者は名前すら判らない」


「千年前の戦死者の……墓、ですか?」


「そう。発掘で見つかった遺骨・遺品は学術資料としての扱いを受けるが、調査が終わったあとは箱詰めにされ倉庫に保管される。尊厳もなにもあったものではない。その状況を嘆いた人物が半年前にこの事業を始めた」


「慰霊のため墓を作って弔い直す、ですか。こんな事業が半年も前に始まってたなんて僕は知らなかった。勇者関連ニュースは漏らさずチェックしてたのに」


「広報されてないから無理もない。出資の大部分がこれを始めた個人で行われた。しかし本人の希望によって氏名は一般に公表されていない」


「慰霊事業で売名してると思われたくない高潔な方なんでしょうね。だけど、本当に個人で? こんな事できるの大富豪だけだ」


「あなたも知っている人物だ。悲劇の時代に生きた同胞たちの無念を、慰めたいと願っているオークの大富豪。私も偶然、耳にして知る事ができた」


「まさか。ダハラ氏、ですか?」


 ハレヤは頷いた。


「私も寄付した一人でもある。ついてきなさい」


 二人は延々と続く墓石の間を歩き出した。


 数はまだ十万と言うが、それでも見渡す限りだ。

 だからロジオンは考えずにいられなかった。


 この十倍の命がここで失われたのだと。 


「ロジオン、想像したことがあるだろうか。百万の命を自らの手で殺める感覚を」


「ある、と思ってました。緑風草原のシーンは定番ですから、それらを見るたびに。でも改めて問われると、これだけの人を殺すのは実感がわかない。想像すら怖い」


「私はそれをやってしまった。張本人だ」


 ロジオンからは前を歩くハレヤの表情は見えない。


「さきほど私たちが見たスタジオの撮影では、ゾーフィアが百万のオークと対峙したとき、止まってくれ、と呼びかていたが、本物の彼女はそんな事していなかった」


「では、その時、どうしたんです?」


「彼女はどんな言葉を発することもできずに、泣いていた」


「え?」

 何を言われたか、すぐ理解できなかった。

「泣いていた?」


 ハレヤは頷いた。

 草原からコオロギの音が聞こえ始めた。


「スタジオではゾーフィアがオークたちをバッタバッタとなぎ倒していたが、無双というのですか、ああいうのを。私があの手の映画で反吐がでそうになるのはそれだ。ゾーフィアが終止冷静に不敵な顔でオークを殺し続ける」


「そこまで違和感ありますか? 守るべき者を守り、倒すべきを倒す。それをするのは確かに辛い現実でしょうが、誇らしいことでは?」


「ではロジオン。あなたに問う。ゾーフィアにとって守るべき者とは誰です?」


「もちろん。呪縛をかけられなかった種族でしょう。常識だ」


「その答えは間違いだ」


「いやいや」

 ロジオンは苦笑する。

「だってゾーフィアは彼らに味方をした。呪縛をかけられ、魔王に操られた種族と戦った。誰がどう見ても明らかじゃないですか?」


「その認識が間違いだ。ゾーフィアが何のために戦ったのか、まるで理解してない」


 ゾーフィアについて誰より知っていると自負していたロジオンだ。


 こうも言われれば、さすがに不機嫌に口を尖らせる。


「ハレヤさんに言っときたい。歴史学で一番難しいのは、人物の行動の動機を特定することです。外形的に何をしたかは第三者が記録した資料が残りやすいけど、その行動をどんな動機でやったのかは、他人からわからない内面だ。本人が手紙などを残してなきゃ推測するしかない」


「そうなのでしょうね。私はそのような物を残した覚えはない」


「であれば後の時代の僕らが、歴史に記録された彼女の行動だけをみれば、呪縛をかけられなかった種族を助けてるようにしか見えない。これで誤解だと文句言うなら、僕は本人に言いたい。だったら動機を察することができる資料を残しておけ、でなければ今から語ってくれ」


「では今から本人が──戦った動機を語ることとする」


「なら僕は──歴史学の定説を覆す瞬間に立ち会ってるわけだ」

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