21話 オーク勇者、緑風草原に立つ。そして僕は吹っ切れる。(前編)


 翌日。

 仕上げた脚本を、ダークエルフのプロデューサー、オネエPと、ノーム監督に持ち込んだ。


 二人はゾンビのように項垂れていたのだが。会議室でそれを読むと──。


 オネエPは息を吹き返して、目を白黒させ。


「な、なによこれ。ゾーフィアは全てを救おうとしていた⁉ 常識外れのキャラ解釈だわ。たぶん勇者映画で初。でも、こ、これなら確かに」


 そしてノーム監督いわく。

「オークが勇者でも矛盾がない。どうやってこんなキャラ解釈を思いついた?」


 ロジオンはサングラスをかけ、オネエPへ歯を煌めかせてみせる。


「僕様を誰だと思ってるんです。ロジオン・ロコリズ大先生だ」


「いやいや、ロジちゃん。あちしたちしか居ない場所で、その演技する必要ないから。なんか──ちょっとそれ楽しくなってない?」


「ここまで吹っ切れると爽快です。ふ、僕様はこのまま突っ走ります」



 ◆◇◆◇◆◇◆


 こうしてすぐ、ブーラコを主演とした緑風草原のシーンが撮影された。


 次の日。完成した試作フィルムは、オークの大富豪なスポンサー、ダハラ氏へ披露されることになった。


 上映場所は彼の豪邸の敷地にある劇場だ。


 ダハラ氏はその観客席の中心にでんと座り、いかめしい顔で上映を待っている。


 ロジオン大先生も、プロデューサーや監督らと席に着く。


 劇場の照明が落とされると、魔導装置によって宙へスクリーンが出現した。



        *      *      *



 映し出されたブーラコ演じるゾーフィアは、ダハラ氏が見た事ないものだった。


 装備がビキニアーマーではなく、中世の旅人風の衣装だったのもそうだが。


 何より――迫り来るオーク百万を前に、涙を流したからだ。


 ゾーフィアが戦う理由。

 これまで常識とされてきた、呪縛を受けなかった種族だけを守るためではない。


 生きとし生ける全ての種族を救うためだ。


 それは自身がオークでありながら、オークと戦わねばならない理由でもある。


 魔王を探し出さねばならない。


 魔王を探し出すためには呪縛をかけられていない者たちを助けるしかない。


 そのために、オークたちと戦わなければならない。


 敵も味方も救うために。


 つまり、ゾーフィアが殺さねばならない相手は、救いたい相手、そのもの。


 だから彼女は泣いていた。


 オーク軍団へ何かを叫ぼうとするが、どんな言葉も出てくることはなく、ただ涙だけが流れた。


 ゾーフィアは剣の柄に手をかける、が、抜くのをためらってしまう。


 しかしオーク大軍団は地響きと共に迫ってくる。

 ゾーフィアの後ろにあるのはドワーフの山岳王国。


 ここを通せば、さらなる悲劇が待っているだけだ。


 震える腕で剣を抜き去る。迷いを振り払うように。


 同時にオーク魔術師から看破魔術が投射された。

 彼女を赤い人影として浮かび上がらせる。


 ゾーフィアは正面から向かってくるオークたちへ、火炎魔術の巨大な爆炎を浴びせた。一瞬で数百人が大火災に飲まれる。


 オークたちは焼かれる苦痛の叫びをあげ、草原を転がって体についた火を消そうとする。


 が、一人、またひとりと息絶えていく。


 生き物が焼ける臭いがゾーフィアの鼻にとどき、こみ上げる吐き気を耐える。


 大火災による炎の壁の左右からオーク騎兵たちが迫ってきていた。

 ゾーフィアは取り囲まれようとしている。


 だから今度は全周囲へ電撃魔術を放つ。


 千人を超えるオーク騎兵たちに激烈な電圧が掛かり、体内で水蒸気爆発が発生。

 爆散、真っ赤な飛沫となって空へ舞い上がり、降り注ぐ。血の雨、だった。


 ゾーフィアは頭からそれを浴びる。ただでも涙と鼻水でグシャグシャだった顔が酷いありさまとなり、全身には降ってきた臓物が絡みつく。


 彼女の足下に下半身が千切れたオークが落ちてきた。まだ十五歳くらいの少年だ。


 死を目前にして呪縛がとけたらしく、正気を取り戻した声で何かを呟いている。


「お母さん……お母さん……どこ、お母さん」


 と、ゾーフィアの足を握ってくる。


 彼女は目を見開いた。


 治癒魔術を少年にかけようとするが……絶命してしまった。


 ゾーフィアは嘔吐する。

 この地獄を受け入れられないと、叫ぶかのように、激しく嘔吐。


 その間にもオークたちは彼女の目の前まで襲いかかってきていた。


 項垂れたままのゾーフィアへ、何十人ものオークが槍を突きたて、剣で切りつけ、戦槌で殴打。


 だが、どんな武器も彼女から一滴の血も流せない。


 ゆえにゾーフィアの戦闘に防御はない。


 滅多打ちにされるなかで、彼女はただ魔術で加速させた武器を力任せに振うのみ。


 技巧もなければ、戦術もない。


 前進し、圧倒し、押しつぶす。一方的な殺戮。


 だから彼女は思う。

 自分も血の一滴くらいは流した方が、この地獄も少しはマシになるのではないか。


 一方的に命を奪うのではなく、自分の命も奪われる状況に身を置けるなら、この罪悪感が和らぐのではないか。


 自分の命を守るため、仕方なく相手の命を奪う。そんな言い訳ができるなら、どれほど楽だろう。だがそんな救済、自分には許されない。


 もし倒れてしまったら、この世界を救える者がいなくいなってしまう。


 だから、一方的殺戮による絶対勝利、これ以外は許されない。


 戦わなければ! 自分が! 自分が! 


「自分が!」


 半狂乱、その顔でゾーフィアは駈ける。

 

 正気と狂気の境目をなんども行き来し、刃を振るい、魔術をほとばしらせ──。


 やがて、戦場で動く者は彼女以外、居なくなった。


 血の沼と化した緑風草原。百万のオークの亡骸が横たわる。


 ゾーフィアは疲れ切ってしゃがみ込む。呆然と。


 小便も漏らしていたし、大便もそうだ。

 口の周りには吐瀉物がこびりついたまま。髪は血糊で固まっていた。


 そうして、つぶやく。


「私を恨んでくれて良い。だからせめて、今は安らかに……眠ってほしい」


 ゾーフィアの顔は疲れきっているが、眼差しには強い意志が宿っている。

 絶対に、全てを救ってみせる。その意志が。


 彼女はまだ知らない。

 全種族が手を取り合う未来。


 そのためにした全ての献身が、彼女に救われた人々により、千年後にまで語り継がれる、伝説となる事を。



        *      *      *



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