22話 オーク勇者、緑風草原に立つ。そして僕は吹っ切れる。(後編)



    *      *       *




 試写が終わり、ホームシアターという名の劇場に照明がともされた。


 その瞬間だ。大富豪なオークのスポンサーのダハラ氏、絶叫。


「うおおおおぉぉぉおおお!」


 ロジオンとオネエPはビクリとして、ダハラ氏の顔色をうかがった。


 男泣き、していた。


「あぁぁあ、おぉおお! これだよ! わかるかね。これだよ、これなのだよ。ワシの見たかったオーク勇者は! 緑風草原の決戦は、これなのだ!」


 涙でグショグショのダハラ氏は、もの凄い勢いで飛びつきハグしてきた。


「⁉」

 ロジオンは抱きつかれて目を白黒させるが、身動きとれない。


「ワシはこんなゾーフィア見たことない! 見たことないのに、なんだこれは?

 全てを救おうとしていた? ああ、そうだ。救世主なら、むしろこうでなくては。 

 こうであってほしい。こうであったはずだ。これまでの勇者映画がぜんぶ嘘だった、そんな気分だよ、どうやってこんなゾーフィアを思いついたんだ?」


 ロジオン大先生は抱きつかれながらもサングラスを直し、颯爽と答える。


「ゾーフィア本人が監修をしたので、しっくりくるのは当然、かと」


「本人が監修だと⁉ くっはっは、人を食った冗談を言うじゃあないか。まあ、そうとでも納得するしかない。しかし驚いた。実はワシはこう思っておったんだ。君は若き天才を演じさせられているだけの、監督たちの傀儡だったんじゃないかとな」


 図星すぎてロジオンとオネエPたちは、ギクッと目を逸らした。


「だからワシはな。どうせこの企画が潰れるなら娘に女優を経験させる機会として〝廃品利用〟しようとな。勇者をオークにと無茶を言ってみたわけだが。

 ガハハ、ワシの誤算だった。本当に大先生だったとは。

 君を見とると若い頃のワシのようで痛快だよ。決めた。ロジオン君、任せた。このゾーフィアで一から映画を作り直してくれ。君に任せたぁ!」


「ふ、当然の帰結でしょう」


 その横からブーラコがやってきた。


「ではお父様。ロジオン様との結婚を認めてくださるのですね⁉」


「えっ」

 ギョッとするダハラ氏。

「いや、パパそんな約束してないよね、ブーラコ?」


「約束してないけど、そんなこと言うお父様、嫌い!」


 ブーラコは尻尾をフリフリしながら走り去る。


「ま、待ってブーラコ。理不尽でパパ困っちゃう。けどそこが可愛いブーラコ!」


 オネエPが揉み手をしながら、ダハラ氏の近くへ、すっ飛んでいき。


「それでですね、ダハラ様。お嬢様を主演で脚本から仕切り直すと、実質的に企画がリスタートになりまして、製作期間は完全な新規企画より短くなると思いますが。予算はその……軽くもう一本分くらいが」


「心配せんでいい。ワシが全部だす。他のスポンサーの説得も任せておけ」


「ありがとうございます! それとですが……元主演女優の事務所と揉めてしまいまして。契約上は問題ないとはいえ、突然に降板させたわけで」


 ダハラ氏は葉巻に火を付け、オネエPに目配せして。


「ワシの系列会社のテレビCM。女優に十年契約で出演させてやる。これで黙るさ」


「ありがとうございます! ありがとうございます!」


「それはそうとな、ロジオン君──」


 ダハラ氏は吸っていた葉巻を手に持ち、肩を組んだロジオンへ強引に咥えさせた。

 オーク文化では最上級の友情を示す行為だ。


「ワシはね。ブーラコがここまで出来ると思っとらんかった。とくにほら、最初にオーク軍団へ向かって叫ぼうとするが、泣くところ。表情など鬼気迫る。見事に娘の才能を引き出してくれたんだ」


「……」

 ロジオンの目がサングラスの下で泳いでいる。


 実はブーラコが泣き出したのは演技ではないからだ。


 彼女が泣きの演技なんかできるわけないと見越して、本気で泣かせる仕掛けを用意しておいた。

 

 脚本のあの場面は絶対に覚えきれない長台詞を書いておいたのだ。


 こうしておくと素人役者は本番であがってしまい、台詞を忘れた女優の場合は泣き出す者が多いことを、映研サークルでロジオンは何度も見てきたからだ。


 おかげで演技ではないガチ泣きをブーラコは披露することになり、そこへ悲壮感あふれるBGMが被せられたせいで、本当に葛藤する勇者に見えたというわけだ。


 これが、役者に合わせた脚本の最適化というもの。


 しかし、この事実をせっかく上機嫌のダハラ氏に言う意味もない。

 どう答えるべきか、迷っているとだった。


 ブーラコがいつの間にか戻ってきて。


「お父様、実はあそこのカットでは本当は台詞があったのです」


 すんごい自慢げだ。


「ほう?」

 ダハラ氏は聞き返す。

「何も喋ってなかったが、なぜだ?」


「台詞を言おうとしたとき、わたくし、自然に涙がでてきたのですわ」


「おお! あのカットは台詞なぞないほうがいい。お前はそれを感じ取り、天才脚本家が考えた以上のアドリブをしたのか。天才を超えたのだ。恐ろしい子!」


 ダハラ氏は大興奮で、ロジオンの両肩に掴みかかってきた。


「さあ早く、本編脚本に取りかかってくれ。今後は君の書くものに口をださん!」


 そこでロジオンは、オネエPと監督と目が合った。

 二人とも頷いて見せている。何度も。


『それでいい。君がそのまま本編もやってくれ!』とばかりに。


 本来なら、本編脚本は監督がゴーストライトするはずだが、二人とも完全にロジオンを若き天才と確信してしまったようだ。


 本当はゾーフィア本人と共同作業をできたからであって、天才じゃないと説明したところで、信じてくれるわけもない、が。


 これはチャンスだ。最短ルートで自分の勇者映画を作る、二度と来ない好機。


 ハレヤを救うことができる、おそらく唯一の、道。


 本編の脚本? 無茶にもほどがあるが、こっちには最強の原作者がついてる。


 ならば、やるんだ。やるしかない!


「ええ、僕様がやりますとも」


「なあ、ロジオン君。ワシは金の匂いには誰より鋭い。君の映画は、年間興行収入のトップになる。思う存分、やってくれたまえ!」


「年間トップ? それは違う」


 ロジオンはスカして見せる。


「おいおい、ここまで来て謙遜するこたぁないだろう?」


「僕様は年間トップなんて目標にしてません。勇者映画の歴史を塗り替える。ついでに、興行成績の最高記録も塗り替える。そういう、映画にするつもりです」










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