11話 脚本家の親父が消える。そして僕は、ようこそアットホームな職場です。 2



「ねえ、ロジちゃん。バイトといわず、うちに就職してみない?」


 さっきまで不穏な電話をしていかと思えば、唐突なオネエPの言葉。


 ロジオンは何を言われたか理解できず、リビングの真ん中で佇んでしまった。


「ぼ、僕が製作会社に就職⁉」


 願ってもないことだ。ハレヤの映画を作るという大言壮語へ一歩近づく。


「そう、制作スタッフとして正社員で。大丈夫、明るいアットホームな職場よん?」


「いきなり、どうしてです? いや嬉しいですけど。親父のことはどうなったんです? さっき何かもめてたようですが」


「そ、それはねえ……。う、うちの会社はほら、風通しのいい社風だから、立場の上下に関係なく意見をぶつけ合う。どう? いいところでしょう?」


 そこでハレヤが風呂場から出てきた。新しい服を着て、右腕には包帯も巻いている。長い黒髪を乾かすために、手のひらから魔術で温風を発生させながらだ。


「ふむ。来客か。どうぞ私にお構いなく。ロジオン、冷たい飲み物を貰います」


 で、ハレヤはキッチンへ歩いていったのだが。オネエPが不思議そうに。


「あれ、ロコリズさんって、小さなお子さん居なかったわよねえ」


「ええと、ハレヤさんは──」ロジオンはそこまで言って思いとどまった。


 ちょっと待て。ありのままに説明するのか?


『自称勇者で精神病院に連行されそうだった老婆を拾ってきました』と?


 言葉にしてみると、うん……酷い。通報されかねない事案。


 こんなこと真顔で説明したら、就職の話しが空中分解する。


 とりあえず、映画会社はトラブルの臭いはするが、正式に業界入りできる、またとないチャンス。ふいにしたくない。


「あ、あの……」

 ロジオンは焦りながらも、ハレヤに目配せする。

 自分に話しを合わせてくれ、と。


「ハレヤさんは僕の従姉妹の小学生なんです。ここで預かることになって」


 するとハレヤは調子を合わせてきた。


「そう、私はけして、ゾーフィアを名乗って空軍基地に自分への核攻撃を要請したら、精神病院に連行されそうだった所を、拾われたわけではない。けして」


 オネエP、ギョッとして。


「えっ、精神病院……拾われた? ゾーフィアを名乗る? 核攻撃?」


 ロジオンは慌てて横から言う。


「そ、そんなことあるわけないじゃないですか。ほら、子どもらしい空想の話しですよ。空想の!」 


 ハレヤは、うんうん、頷いて。


「そう、私はどう見ても小学生だ。どうです、オネエPとやら、私はとてもランドセルが似合いそうに見えるでしょう?」


「ま、まあ、似合いそうよね……って、こんなこと言ってる場合じゃなく。とにかく、ロジちゃん。業界に進みたいなら、乗ったほうがいい話しよ。製作スタッフは狭き門だし。千載一遇ってやつ」


「そう、ですよね」


 だが、ハレヤは鼻で笑う。


「ロジオン。あなたも気づいているでしょうが、そのオカマは何か隠している。しかも叔父さんが逃げたという状況を考えても、ろくな事ではない。そうでしょう?」


 オネエPはギクッとした様子で、手をブンブン振って否定。


「い、嫌だわ。社員になれば説明するから。ハレヤちゃんも心配しないで?」


「つまり虎穴に入らずんば中の様子は教えない、と。ロジオン、私が冒険者の先達として心得を忠告しておく、リスクの算定が不可能な案件には慎重になるべきだ」


 だが、それに焦ったのはオネエPで、めっちゃロジオンへにじり寄る。


「ロジちゃんには是非うちに来てほしいというか。できる限りの待遇は」


「ほう?」

 ハレヤが目の色を変えた。

「では基本給を通常の倍額になさい」


「えっ、僕の進路、ハレヤさんなに勝手に交渉はじめてるんですか」


「私に任せなさい。報酬を交渉するのは冒険者生活の基本だ」


 それからハレヤは駆け寄ってきて、耳打ちする。


「親父さんが逃げたとなれば、あなたのバイトもなくなったということ。

 でもマンションの家賃を払って貰わねば。

 せっかくお湯の風呂に入れると喜んでいたのに、噴水風呂と段ボールベッドに戻るのは嫌だ。私の終の棲家の主として、あなたには稼いで貰わねば困る」


「終の棲家って……僕はハレヤさんを死なせないつもりですけどね」


「ともかくだロジオン。もし危うそうな仕事なら、正式な契約をする前に辞退すればいい。それまでは相手から情報を引き出す。同時に、報酬をつり上げるべきだ」


 オネエPは首をかしげていた。


「冒険者…… ??」と。


「あ、あの」

 ロジオンは慌てて取り繕う。

「ハレヤさんはRPGにハマってるので。中世の冒険者ごっこをしてるんです。ちょっとだけ早い中二病と思っていただければ」


 で、ハレヤへ目配せする、と。


 ハレヤは包帯を巻いた右腕を苦しそうに抱えていた。


「そう、私は若者言葉でいう、『ちゅうにびょう』というものなのです。確かこう──静まれ、我が右腕に宿りし漆黒の炎よ。静まるのだ!」とやりだした。


 あながち嘘でもないから妙に説得力があった。

 だからかオネエPは納得したようで。


「ああ、そういう。凄い包帯巻いてるから心配してたけど、なるほどね。あちしも中学生のころ、似たようなことしてたわ。魔術少女という設定だったけど。うん──倍額くらいなら、あちしの権限でどうにか」


 するとハレヤは、まだふっかけられると踏んだのか、目を光らせる。


「ふむ、だが未来ある若者の初就職という門出だ。こんな危なそうな橋を渡らせるのに、倍の給料だけで踏ん切りを付けろというのは、無理があるのでは?」


 そこでロジオンが割って入る。


「いやハレヤさん、給料倍だけでも僕はかなり美味しいと──」


 言葉が途中で遮られたのは、ハレヤがチョップしてきたからだ。


「あなたは交渉のいろはが分かっていない。プロ冒険者である私に任せなさい──さあ、オネエPとやら、決断の時だ。彼の年俸の五年分を追加で現金一括にて払いなさい。さすればこれ以上は何も要求しない」


 さすがに吹っかけすぎだ。ロジオンはそう思ったし、ハレヤもそうだった。


 あくまで高めの球を投げて、この三割くらいで妥協点を探ろうとしていた──が。


「わかったわ」

 オネエPは即答。

「すぐ準備して。事務所で正式な契約を」


 その返答で、呆気にとられたのはハレヤの方だった。


「これは……よっぽどの緊急事態のようだ」


「ほ、ほんとに?」

 ロジオンも唖然。

「いいんですか?」


「いいわ。オカマに二言はない」


「やった! やりましたね。ハレヤさん!」


 だがハレヤは喜ぶ様子はない。神妙な面持ちで何かを考えているようだ。


「ロジオン、覚悟をしておきなさい。この仕事はとんでもなく厄介に違いない。たまにあったのです、この手の関わった冒険者を破滅させる依頼が。我々がそれをどう呼んでいたか?」


「さ、さあ……」


「デッドエンドルート」


「⁉」

 ロジオン、思わず、真顔になる。


「だが私がついている。この歳まで生き残ってきた最強の冒険者たる私がだ」

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