ようそこ、アットホームな職場で映画製作です。

10話 脚本家の親父が消える。そして僕は、ようこそアットホームな職場です。 1

 

 ハレヤを連れてマンションへ戻った。


 しかし父はおらず、帰ってきた形跡もない。

 どこも朝に出発したときのままだった。


「ロジオン、さっそくだが風呂を借りたい」


 ハレヤは待ちきれなそうに目をキラキラさせ、廊下なのに服を脱ごうとしてる。


「いいですけど、ここで脱ぐことないでしょ。羞恥心ないにもほどがある。あっちの部屋が空いてるので、荷物置いてきちゃうといいですよ」


「ではそうさせてもらう♪」


 と、弾んだ声で待ちきれなそうに、ケンケンパしながら靴下ぬぎぬぎしつつ部屋へ向かっていった。


 で、すぐ部屋から出てきた。全裸でだ。


 目が合うが二人とも極めて無感動。


 ハレヤはハレヤで羞恥心ゼロであり、ロジオンも照れて目を逸らすといった事が一切ない。


 互いにまったく性的対象として認識してないわけで。


「ああ、そうだ。ふふ、ロジオン、私はこういうシチュエーションを知っている。ほら、若者言葉で、らっきーすけべ、と言ったはずだ」


「普通に堂々と全裸でほっつき歩いてるだけだし、ラッキーは違うんじゃ」


「しかも私の体型ではスケベですらないと? こういう時、女子は確かこう──」

 ハレヤは自分の体を手で隠し。

「キャー、ヘンタイー! などとやるんだったか?」


「顔がぜんぜん恥ずかしがってない上に棒読みが酷い。だいたいこのシチュだと僕が一方的に見せられてる側で、変態はハレヤさんですけど」


「ノリが悪い。老婆なりにナウなヤングに打ち解けようとハッスルしたのに」


 口を尖らせつつハレヤは風呂場へ入った。


 ロジオンは父の行方が判る物がないかと、仕事部屋を見てみた。

 すると栄養ドリンクの空き瓶が並んだ机に、メモが残されこう書かれていた。


『もう仕事に疲れました。旅にでます。探さないでください。チャオ♪』


 意味がわからなかった。シリアスなのか、お気楽なのかも判断しかねる文面。

 父らしいといえば父らしい。


「なんだこれ……どういう?」


 だが、その一瞬あとで全てを察した。父の壮絶な労働環境をだ。

 床に散らばった栄養ドリンクの大量の空き瓶が物語っている。


 ここのところ頻繁な現場への呼び出しや、繰り返される打ち合わせで帰りが遅くなったり、徹夜での脚本の修正作業ばっかりだった。


 撮影が始まっている映画製作で、脚本家がここまで酷使されるのは、異常だ。


 ロジオンは資料係という裏方の裏方、なので現場に顔を出す機会がなく、実情がどうなっていたかは分からない。


 父も守秘義務があるので詳しくは現場の話しをしなかったが、とんでもない修羅場になっているのでは?


 その時だ。玄関の呼び鈴が鳴らされた。誰か来たらしい。


 玄関を開けてみると、中年のダークエルフ男性が立っていた。


 褐色の肌。メッシュ入り長髪。ピンク眼鏡。白スーツというオネエ系。

 プロデューサーだ。


 映画会社は近所にあるから、居ても立ってもいられず来たのだろう。


「あ、プロデューサーさん。お世話になってます」


「いやだわロジちゃん。そんな他人行儀。みんなみたいに『オネエP』ってプリチーに呼んで頂戴。ていうか、お父さんどこ行ったかわかった⁉」


 オネエP、なんか物凄く必死だ。


「中にどうぞ。父がどこ行ったか分かりました。どこにいるかは不明ですが」


「ど、どういうことよ?」


 リビングまで来てから、例のメモを見せた。

 オネエPは──震えだした。


「あの……オネエP。これ、脚本家が逃げたってことなんじゃ……?」


 オネエPは青ざめて頷いた。


「覚悟はしていたわよ? でも四人目って……。主要スタッフの脱落がこれで……」


「え⁉ いったい現場どうなってるんです。ただ事じゃないですよね⁉」


「ロジちゃんはちょっち待ってて。監督に連絡してくるから」


 オネエPは廊下まで戻り、スマホで監督と通話しはじめた。

 ヒソヒソ声だが口論しているらしく、ときおり声が荒げられる。


「無茶は承知よ!」とか、「こうしなきゃ、あちしもあんたも、会社も終わりよ!」


 などなど聞こえてくるワードが不穏すぎる。


 数分後、オネエPがリビングに戻ってくると、不自然な笑顔で言ってきた。


「ねえ、ロジちゃん。バイトといわず、うちに就職してみない?」

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