9話 全裸ホームレス勇者を拾う。そして僕は途方にくれる。


  朝食を終えたあと。

 噴水のある公園までハレヤを送り届けた。


 ゾーフィア像がある噴水の周りには、風変わりな白い衣装の人々が集まっていた。


 救世主を崇める宗教団体だ。


 入浴剤でピンクになった水を、嘆いている。


「おお……救世主を讃えし噴水に誰が悪戯を。ここを風呂にするなど、罰当たりにもほどがある! ゾーフィアよ。赦したまえ! 」


 それをハレヤは遠巻きに見て悪戯っぽく苦笑。独り言を呟く。


「ええ、赦しますとも。とても私の役にたった。でも注文を付けるなら、次に噴水を作るときは、お湯が出るようにしてくれると助かる」


 それからロジオンへ振り向いてきた。


「ありがとう、ロジオン・ロコリズ。送ってくれるのは、ここまでで十分だ」


「ハレヤさんは、これからどうするんです?」


「私にこれ以上、できることがあると?」


「……」

 ロジオンは答えられなかった。


「この結末でよいのです。私には相応しい」


 この結末……?

 彷徨い続けて、苦しみ抜いた末、孤独に死ぬことが?


「それは…………違う、と、僕は思います」


 思わず、呟いていた。


「もし、もしハレヤさんがゾーフィアなら、世界を救ってくれた英雄の結末がそんなんじゃいけない。自分を呪って、ホームレスになって、友達もいなくて、最後は……。そんな結末は相応しくない」


「友達なら一人いる」


 誰だそれは? とロジオンは一瞬思ったのだが──。


 ハレヤはロジオンを指さしていた。微笑んで。


「私の力になってくれて嬉しかった。ありがとう。どうか気に病んだりしないでほしい。あなたにこれ以上、できることはない。もう会うこともないでしょう。日常に戻りなさい」


 ハレヤは背を向け、スーツケースを引きずり、公園の外へと歩きだした。


 ロジオンは、それを見送ることしか、できない。


 離れていくハレヤの後ろ姿を見ながら、自問してしまう。


 本当に、見送ることしかできないのか?


 本当に? 本当に?


(ゾーフィアかも知れない人を、ただ見殺しにして──後悔せずに、僕は生きていけるのか? いや見殺し? どうにかできるわけでも、ないだろうに。でも、でも。何か、何か一つくらいなら、できることだって)


「ハレヤさん」


「?」ハレヤは振り向いた。


「最後に僕に教えてください。ハレヤさんを助けられる方法ってないんですか? 罪の炎を消す方法です」


「現実的にはありえない」


「なら、現実的じゃなくていい。僕に教えてください」


「もし……もし、もしあるとしたら──私の心が自身を赦すことが、できれば」


「じゃあ、もし、もしですよ? ハレヤさんの言う大罪人のゾーフィアを、僕がどうにかして、映画として作ったとします。それが世界中で大ヒットして、その映画で描かれたゾーフィアを、見た人みんなが赦してくれたらと考えてください」


「……」


「その映画で描かれたゾーフィアが、今、世界中から愛されているゾーフィアと同じように愛されて、好きなままでいてくれたら、どうです?」


「真実の私が愛されるなど、ありえない」


「僕はそうは思わない。大罪ってのが何か知らないですけど、世界を救った人が赦されないなんて思えない。仮定でいいです。もしそうなったら。どうです?」


「……そう。仮にあなたの言うとおりになったとしたら、その時はもしかしたら。私も……自分を赦せるかも知れない」


 ロジオンの拳が握りしめられた。決意するように。


「ならば、僕があなたの映画を作りたい」


「⁉」

 ハレヤは呆れたように。

「私を本物と信じていないのでしょう?」


「僕は完全には信じるとは言えないと思います。だけど可能性があるとも思ってしまってる。ここで半信半疑のまま別れたら一生心残りになる。あの時の変な小学生みたいなおばあちゃんがゾーフィアだったんじゃって。僕が見捨てたせいで……って」


 ロジオンは、ハレヤへ一歩、近づいた。


「だから僕は決めた。あなたの映画を作りたい」


「ロジオン・ロコリズ……本気、ですか?」


「僕はまだ、ただの十九歳のバイトです。しかもハレヤさんを本物だと証明できないから、製作会社に企画を持ち込むようなこともできない。だから、ハッキリ言って、実現できる出来る可能性はほぼゼロです」


 そう言い切るが、ロジオンの目は、ひたすら前にしか向いていない。


「でも、僕の夢でもあるんです。自分の企画で勇者映画を作ることが。だから、ハレヤさんが生きていられるうちに、僕が自力で企画を通せるくらいの立場に成れるよう、全力で、夢に向かって突っ走るつもりです」


「そうまで言ってくれるのは感謝しかない、が。映画を作ってほしいと言った目的は、本物のゾーフィアとして大罪を告白したいからだ。それが証明できない今となっては、人々は映画をフィクションとしか思わないでしょう」


 ハレヤは自嘲気味に苦笑する。


 だがロジオンは真剣だ。


「フィクション? それがどうしたって言うんです。そこの銅像見てくださいよ」


 宗教団体が銅像の前に跪き、祈りの文言を捧げている。


 そうしているのは教徒だけではない。


 通りすがりの人々も立ち止まり、祈っている。


「あの像はハレヤさんから言わせればフィクションなんでしょ。でもみんなゾーフィアといえば、あの姿しか思い浮かべない。真実だと思って崇めてる。フィクションは真実になる、ってことです」


 ロジオンの語気に熱が込められていく。


「僕はね、ならばその〝真実〟のゾーフィアを、大罪を背負ったちんちくりんに塗り替えちゃえばいいだけだと思う。

 それくらいインパクトのある映画を世の中にぶちかまして、世界的なメガヒットさせれば。後に続く勇者映画の全てが、僕の描いたゾーフィアをパクるくらいの!」


 大声で何人かの通行人が振り向いた。

 だがロジオンは気にせず、続ける。


「そうして僕の描いたゾーフィアが、次の時代のスタンダードなゾーフィアのキャラになれば、『真実のゾーフィア』にすげ変わる。そうして本物のゾーフィアが世界に浸透したとき、どう慕われるのか、どう嫌われるのか、憎まれるのか、愛されるのか。それをハレヤさんが見とどけて、自分を赦せるかどうか、裁けばいい」


「……」

 ハレヤは息をのんだ。

 それから、やっと一言。


「驚いた」とこぼす。


「何が、です?」


「自分の百分の一も生きていない相手に、こうも諭されるとは」


「大罪人ゾーフィアの物語。僕に映画化権をください」


 ハレヤはもう迷うことはなかった。


 笑顔になる。そして、頷く。


「ええ、作ってもらいたい。しかし遠大すぎる野望だ。私が本物だと証明できない以上は、企画を立ち上げること自体も難しいが、『内容はどうあれ、話題性だけで大ヒット』なんて事もできない。しかも、一般のイメージからかけ離れた罪人としてのゾーフィアを描く。それを映画史に残るような真の名作として作らねばならない。これらを三年以内。私の命が尽きる前に成し遂げると?」


「正直、無理ゲー、ってやつですよね。あはは……。ぶちあげた夢が遠すぎて。僕は途方にくれちゃってます」


「それは違うロジオン。私にとって途方にくれていた千年間で初めの希望だ。これで心残りなく、死ねるかも知れない」


「僕は、死なせるつもりないですけどね。必ず、罪の炎を消してみせる」


 それにはハレヤは微笑むだけにした。


「ところでハレヤさん、住むところないんですよね。僕の家に来ませんか」


 公園からも見えるマンションをロジオンは指さした。


「僕の親父にも説明すれば了承してくれると思うんですよ。変わった人なので、ハレヤさんみたいなの面白がるというか」


「なぜ私にそこまでしようと、してくれるのです?」


「それは……」


 子どものころから探していた片思いの相手かも知れないから。

 そんな誰からもバカにされてきた夢を面と向かって言えるわけもなく。


「世界を救ってくれた英雄かも知れない人を、ホームレスにしておくべきじゃない」


「ふむ……」

 首をかしげるハレヤ。


「あ、言っておくけど、僕は別に、下心とかないですからね」


「分かっている。あなたは昨夜、私の手を一晩中握ってくれたが、それ以外は何もしなかった。こんな老婆の、こんな子どもの体など興味ないのでしょう?」


「まあ、完全に僕の射程外だ、とは言っておきます」


 そう言ってロジオンは自分のアニメTシャツを指さしてみせた。

 そこにはGカップを振り回すゾーフィアのイラストがデカデカとプリントされてるわけだ。


「もっとも、私を手篭めにするなら、ドラゴン十万匹分の戦力は必要だ。はなからそのような心配などしていない」


「じゃあ、僕のうちが丁度良い。ペット禁止だしドラゴンは一匹も飼ってない」


「ふふ、冗談を。ドラゴンを飼えるマンションなどあるわけない」


 そしてハレヤはさっきまで彼女が行こうとしていた、どこか、へ目を向ける。


 孤独な末路しかなかった道だ。そこから決別するかのよう振り向いてきて。


「あなたの言葉に甘えることにしたい。ありがとう」


「とりあえず、家に帰りましょうか。まずはハレヤさんを親父に紹介したい。昨日、言ったと思うんですけど、親父は脚本家なので、力になってくれるかも。まあ……話しくらいは聞いてくれると思う」


 その時だ。ロジオンのスマホに着信があった。受けてみると。


《あ、ロジちゃん? あちし、あちしよ》


 中年男がオネエ口調で言ってきた。


「あの。どなたでしょう?」


《プロデューサーよ》


 思い出した。

 映画会社の事務所で一度だけ挨拶した、オネエ系のダークエルフ中年だ。


「ああ、お世話になってます。どんなご用ですか?」


《ロジちゃんのお父さん、脚本のロコリズさん、連絡付かないのよ。昨日の夜から》


「どういうことです? 徹夜で現場に居たんじゃ?」


《ううん、実は昨日の深夜に緊急でこっちに来てとお願いしたんだけど、そのときからプッツリ、音信不通。実は今日、メインスポンサーが撮影現場を見に来る予定で。彼が現場に居てくれないとアウチなのよ~。家にいないかしら?》


「僕、近くにいるので、すぐ帰ってみます」


《お願いするわ。大至急ね。緊急事態だから!》


 一方、緊迫した通話の内容を知らないハレヤはといえば。


「ふふ、久々のまともな風呂に入れる。お湯がでる風呂に! まずは堪能せねば」


 嬉しそうにニコニコしてた。









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