8話 戯れ言を聞く。そして僕は希望を探す。


 テーブルに置かれたハレヤの手、その魔方陣に触れた瞬間――。


「っ――!」

 

 言葉が出なかった。


 人に痛みを与えることに特化した魔術なのだろう。右腕に錆びた針を千本刺して、その腕をバットで強打された上で、誰かに延々と踏みつけられているような。


 そんな痛みが襲ってきた直後、ロジオンは失神──。


 気づくと、左手で持っていたカップを落としていた。


「ていうか、ハレヤさんはこんな痛みを、ずっと抱えて生活してるんですか……?」


「さっきは右腕だけだ。私の全身を感じてみますか?」


「……」

 息を飲み、ロジオンは首を横に振り。


「最初は右手だけだったんですよね。これ、広がっているんです?」


「ええ、私に自分を罰する感情がある限り蝕み続ける。ここ最近は進行が速い。数年前までは右肩あたりまでだったが、今は首から下の右半身全てだ」


「このまま、広がり続けたら……?」


 ハレヤは真っ直ぐに目を合わせてきた。


「私が、自分自身に対して望んだ通りにしかならない」


「散々苦しむだけ苦しんで、最後は死ぬ、ってことですか?」


「ええ、野垂れ死ぬ。そうなるべきだ。私は、そう、なるべきだ」


 言い切った。そのハレヤの声には、迷いも躊躇も、一欠片もなかった。

 自身への深い憎しみ、そんな心根すら感じさせる。


「私があと何年生きられるかわからないが……今のペースだと、三年……遅くとも五年後には全身を覆うでしょう。しかし私は……死ぬ前にゾーフィアの大罪を世に知らしめなければならない。命が尽きる前に、最後の償いをしたいのです。真実の記憶を残す、という」


 ハレヤの目には涙が貯まりだしていた。今にもこぼれ落ちそうなほどに。


「私は後悔している。魔王を討伐してすぐ正体を明かし、大罪を人々に告白すべきだったと。だがそう気づいたときには手遅れだった。

 私が本物と信じてもらうのが難しくなっていた。

 どうやったら世界中に大罪の告白をできるだろう。

 記者会見をしたり、自叙伝を発表したり。そういった事になるのだろうが。実際、あなたと出会う前にも、出版社や、テレビ局、あらゆる媒体へ掛け合ったが……」


「誰にも信じて貰えず、相手にされなかった?」


 ハレヤは無念そうに頷く。


「だから私は諦めかけていた。もう、大罪を告白して償いをする事ができぬまま、死ぬしかないのだろうと。そこで通りかかったのが、映画会社のIDカードを提げた、あなただ。」


「だから、僕に声をかけた……」


「そう、私はこれが最後の挑戦と声をかけることにした。大罪を世に告白し、最後の償いをするため。私の語る真実を、映画にするのを助けて欲しいと」


「……‼」

 ロジオンは息を飲んだ。


 目の前の自称ゾーフィアが言っていることが、自分の夢、そのものだったからだ。


 ゾーフィアが望んでくれるような勇者映画を作る。


 だが思い描いていた夢とはベクトルが百八十度、真逆だ。


 王道の英雄譚ではなく、大罪人として、償いをするゾーフィアの物語?


 あまりに馬鹿げてる。馬鹿げているが。


 もし、目の前にいる、もし、この人が、もし、本物だったら?


 死を目前とした救世主の、最後の願い、ということになる。


 自分が生涯をかけて探し出そうとしていた片思いの相手の、最期の願い。


 それが、この世界へ、償いをする、こと……?


「だが、私が勇者本人だと証明できない今となっては──あなたが映画を作る理由はなくなった」


 そこで猫耳ウェイトレスが料理を持って来た。ホットサンドだ。


 でもロジオンは手を付けず、ハレヤを見つめたまま、固まっている。


「ロジオン? どうしたのです?」


 ハッとして、取り繕うようにホットサンドを掴む。


「いえ、な、なんでも。じゃあ、僕だけ悪いけど、いただきます」


 一口食べたが、動揺しているせいか、味がよく分からなかった。


 が、それを見ているハレヤの腹が鳴る。ぐ~! と派手に。


「やっぱりハレヤさん、お腹空いてるんじゃないですか。何か注文すれば」


「そんな経済的な余裕がないと言ったでしょう」


「もしかして噴水を風呂にしてたのって。そういう……理由ですか?」


「千年前からずっと放ろう生活をしている。野宿が当たり前で川で体を洗うのが普通だった。最近ではゾーフィアを讃えた噴水が世界中にあるから活用している」


「でも、ほんとに恥ずかしかったりしないんですか?」


「私を何歳だと? 老婆もいいところだ。今さら素肌を見られても何も」


「じゃあ、あの、つまるところハレヤさんは、ホームレス?」


「失敬な。冒険者と言ってもらいたい。魔王を討伐したあとは、ドラゴンなどの魔物退治の依頼をこなすのを生業にしていた。今も冒険者だ」


「冒険者なんてもう時代劇にしか出てきませんよ。ギルドも二百年前には廃止されてる。ドラゴンみたいな魔物なんて狩り尽くされて、討伐依頼なくなりましたからね」


「だから二百年前から仕事らしい仕事がなく苦しい……。老齢年金ができてからは多少楽になったが。現金は何かあった時のため貯金している。贅沢はできない」


「でも、ハレヤさんくらい魔術ができる人なら、軍に入れば──」


 だが、ハレヤは視線を険しくし。


「言ったでしょう。二度と人を殺したくない……!」


「なるほど……。今日は、僕がおごりますよ」


 ロジオンは注文タブレットを指さした。


「?」

 ハレヤが驚いて目をぱちくり。

「なんです。さっきまで意地悪だったのに、急に」


「そう、ですか?」


「ええ、いきなり親切になった」


「そんなことない、と思うんですけど」


 と、言いつつも、自覚してしまった。


 もし、ハレヤがゾーフィアだったら、自分はどうするべきなのか?


 何を出来るのか?

 

 助けることは……できないのか?


 せめて、命だけでも救う方法は?


 そんな事を考えてしまっている。


「だ、だいたい、僕が親切というなら、ここまで付き合ったこと自体そうでしょ」


「そうだが。ただでもあなたの時間を奪った。食事を奢らせるなど私には──」


 そこへロジオンは注文タブレットの肉料理ページを開いて見せる。

 飯テロ画像、全開だ。


「どれにします。ハレヤさん」


 ハレヤの目はステーキに釘付けに。

 口の端っこからは、涎が垂れそうになってる。


「こ、これは養殖ドラゴンのステーキ、しかも尻尾の第二関節肉⁉ これにする!」


 即オチだった。


「で、この機械でどうやって注文するのです。老婆にはハイテクすぎる」


 代わりに注文してやると、ステーキが運ばれてきた。


 ハレヤはナイフとフォークで待ち構えている。


 そして一口食べると、感動して目をウルウル潤ませ、一言。


「美味い!」


「それはよかった」


「これを食べたのは二百年ぶりだ。知っていますかロジオン。昔はこの肉は冒険者しか食べれなかった。一番美味しい部位だから、狩りをしたその場で食べた。ふふ」


 満面の笑みでがっつきだしたハレヤを見ながら、ロジオンは考えてしまう。


 この先、この〝ホームレス勇者〟はどうするのだろう、と。


 もし本物だったとしても、もう永遠に彼女の望みが叶うことはなく、ずっと独り、さまよい続ける。


 そして苦しみもがき続け、ある日、世界の片隅で、孤独に死ぬ。


 自分はそれを、ただ見送ることしかできない──そうなのだろうか?


 本当に、そうだろうか?


 救える道も、探せば、どこかに──。

 







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挿絵ファンアート

『養殖ドラゴンのステーキは、尻尾の第二関節肉が最高』

https://kakuyomu.jp/users/Diha/news/16818093076174457403

画:かごのぼっち様

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