全裸ホームレス勇者少女(呪)を拾う。~ちっちゃな自称元勇者に出会って十五秒で脅迫されて映画作りを頼まれたけれど、なんかこの人、死にそうです!!~
7話 精神病院への連行を回避する。そして彼女は〝戯れ言〟を語る。
7話 精神病院への連行を回避する。そして彼女は〝戯れ言〟を語る。
「まず僕が訊きたいのは、大罪、についてです。それ、何なんです?」
テーブル越しに座るハレヤは答えにくそうに俯いて黙りこくった。
ファミレスの店内は客がいないせいで、暢気なBGMだけが聞こえる。
それからやっとハレヤは口を開いた。
「あなたはゾーフィアが好きなのでしょう?」
ロジオンのアニメTシャツを指さしてくる。
「いや、好き、じゃないですよ」
「……?」
ハレヤは首をかしげる。
「僕は好きなんてレベルじゃない。ゾーフィア命ってやつです」
「なるほど。では本物と思われていない私が、ゾーフィアの大罪を騙ったら、あなたはひどく怒る。英雄の名誉を傷つける中傷にしか聞こえないだろうから」
「僕を怒らせて問題が?」
「あなたは不本意だろうが、私にとっては唯一、友人と呼べるかもしれない相手だ」
「僕が?」
「精神病者と思われかねない老婆に、こうして付き合ってくれたでしょう? こんなことをしてくれるのは、私にはあなただけだ」
「ご家族、とかは?」
「とっくに、みんな死んでいる。恋人や夫もいたことがない」
「意外ですね。ハレヤさん、見た目は可愛いのに」
すると、ハレヤはその言葉のほうがむしろ意外だったのか、驚いたらしく、一瞬、目をぱちくりさせてしまった。
「わ、私が……可愛いわけがないでしょう。こんな老人を相手に突然、何を言いだす。そういう台詞は恋人にでも言ってあげなさい」
なんか素直に照れてるようだ。
けど、まんざらでもなさそうで、少し嬉しそうにも見える。
「僕だって恋人なんて居たことないですよ。子どものころから勇者オタクとして、女子からはキモがられた記憶しかない。ハレヤさんは、なんでそうなったんです?」
「決まっている。幼女の姿をした老女など、小児性愛者にも熟女趣味者にも、真剣な恋愛対象としては需要がない。近づいてくる男は居たが、皆、真剣ではなく、ろくでなく不純な動機の者たちだけだった」
「なるほど。まあ僕に関しては安心してください。余裕で射程外だ」
「分かっている。昨夜あなたは私の手を握ってくれた。ちゃんと朝まで。でもそれ以外は何もしてこなかった。とても感謝している。だから出来ればあなたには私を憎まず、友人のまま居てほしい。こんなおかしな老婆の友達など、要らないでしょうが」
「そうでもないですけどね。病院に連れて行かれそうになるコントは面白かった」
「なっ! あなたは意地悪だ」
「動画は撮ったので、SNSにアップしませんか。百万再生いける」
「あ、あれは消しなさい!」
「もったいない。そうだハレヤさん。どうせなら自称勇者芸人として動画サイトのスターを目指しませんか。撮影と編集は僕がやるので。良いコンビになると思う」
「あなたという男は……。もういい。何も話さない」
ハレヤはそっぽ向いた。
「あはは、冗談です。話しを戻しますね。ハレヤさんはその、大罪、を背負ったゾーフィアという名を捨てるために、歴史から姿を消したんですよね」
「ええ」
「それ大成功したわけじゃないですか。なのになぜ、今さら名乗り出るんです。完全犯罪を達成した犯人が、自首するようなものだ。黙っていれば逃げ切り成功なのに」
「罪から逃げ切るなどできない。それは追ってくるものではなく、心の中から自身を責める。呪いのように、千年間ずっと私を責め続けている。こうだ──」
そう言ってハレヤは右手の包帯を解き、テーブルの上に乗せる。
手の甲で黒い炎の紋様が蠢いている。
「あの、これって、ハレヤさんが自分でかけた魔術って言ってましたよね?」
「そうだ。私は、罰の炎、と呼んでいる」
「なんだってこんなものを自分に……?」
「ロジオン。『絶対魔感』という言葉を聞いたことは?」
一応知っていたが念のためスマホで検索する。
魔術の専門サイトにはこう書かれていた。
『絶対魔感: 魔術をあたかも自分の手足を動かすよう無意識的に行使できる、極めて希な能力の事。本来、魔術は精神集中を持ってして、詠唱により術式展開・魔導組成・効力投射という三段プロセスを経て意識的に行使される。
だが絶対魔感者はこれらを経ずに無意識的に行使できる。
絶大な能力である一方、無意識に効力投射が起こってしまうため、精神状態によっては意図しない魔術事故に繋がる欠点がある』
ロジオンはハレヤへ目を向ける。
「歴史学会ではゾーフィアも絶対魔感者と考えられてますね。あ……そういえば、ハレヤさんがさっき使った、えげつない強度の光学偽装も詠唱していなかったような。つまりハレヤさんも、絶対魔感者……ってことですよね」
「ええ、私は物心ついた頃から、誰に習うでもなく、したいと感じた事の多くが魔術となって発露した。不死身と呼ばれた結界もそうだ。
あれは意識して展開しているのではなく、危機を感じているとき無意識に展開される。ではロジオン。もし私が自分を『苦しみ抜いて野垂れ死ぬのが相応しい大罪人である』と強く感じていたら、どうなると?」
「もしかして。自分でその、罪の炎、をかけたって、そういうことなんですか? 意識して自分でそうしたというより、感情的に、そうなってしまった?」
ハレヤは、頷いた。
「自分の大罪を初めて悔いたその時だった。右手にこの紋様が浮かび上がった。激しい痛みのせいで最初はまともに動くことができなかった。やがて痛みと共存できるようになってきたが、昨晩あなたが見たよう、時折、耐えがたい波がくる」
「あの……それってどれくらい痛むものなんです」
ハレヤは包帯を解いた右手をテーブルへさしだしてきた。
「興味があるなら、私と感覚共有してみればいい」
と、ハレヤの手に魔方陣が展開された。
「ここに触れれば、私の右腕の痛みを感じることができる」
生唾を飲み込むロジオン。魔方陣に指先を触れさせた瞬間。
「っ──!」
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