7話 精神病院への連行を回避する。そして彼女は〝戯れ言〟を語る。


「まず僕が訊きたいのは、大罪、についてです。それ、何なんです?」


 テーブル越しに座るハレヤは答えにくそうに俯いて黙りこくった。


 ファミレスの店内は客がいないせいで、暢気なBGMだけが聞こえる。


 それからやっとハレヤは口を開いた。


「あなたはゾーフィアが好きなのでしょう?」


 ロジオンのアニメTシャツを指さしてきた。


「いや、好き、じゃないですよ」


「……?」

 ハレヤは首をかしげる。


「僕は好きなんてレベルじゃない。ゾーフィア命ってやつです」


「なるほど。では本物と思われていない私が、ゾーフィアの大罪を騙ったら、あなたはひどく怒る。英雄の名誉を傷つける中傷にしか聞こえないだろうから」


「僕を怒らせて問題が?」


「あなたは不本意だろうが、私にとっては唯一、友人と呼べるかもしれない相手だ」


「僕が?」


「精神病者と思われかねない老婆に、こうして付き合ってくれたでしょう? こんなことをしてくれるのは、私にはあなただけだ」


「ご家族、とかは?」


「とっくに、みんな死んでいる。恋人や夫もいたことがない」


「意外ですね。ハレヤさん、見た目は可愛いのに」


 すると、ハレヤはその言葉のほうがむしろ意外だったのか、驚いたらしく、一瞬、目をぱちくりさせてしまった。


「わ、私が……可愛いわけがないでしょう。こんな老人を相手に突然、何を言いだす。そういう台詞は恋人にでも言ってあげなさい」


 なんか素直に照れてるようだ。

 けど、まんざらでもなさそうで、少し嬉しそうにも見える。


「僕だって恋人なんて居たことないですよ。子どものころから勇者オタクとして、女子からはキモがられた記憶しかない。ハレヤさんは、なんでそうなったんです?」


「決まっている。幼女の姿をした老女など、小児性愛者にも熟女趣味者にも、真剣な恋愛対象としては需要がない。近づいてくる男は居たが、皆、真剣ではなく、ろくでなく不純な動機の者たちだけだった」


「なるほど。まあ僕に関しては安心してください。余裕で射程外だ」


「分かっている。昨夜あなたは私の手を握ってくれた。ちゃんと朝まで。でもそれ以外は何もしてこなかった。とても感謝している。だから出来ればあなたには私を憎まず、友人のまま居てほしい。こんなおかしな老婆の友達など、要らないでしょうが」


「そうでもないですけどね。病院に連れて行かれそうになるコントは面白かった」


「なっ! あなたは意地悪だ」


「動画は撮ったので、SNSにアップしませんか。百万再生いける」


「あ、あれは消しなさい!」


「もったいない。そうだハレヤさん。どうせなら自称勇者芸人として動画サイトのスターを目指しませんか。撮影と編集は僕がやるので。良いコンビになると思う」


「あなたという男は……。もういい。何も話さない」


 ハレヤはそっぽ向いた。


「あはは、冗談です。話しを戻しますね。ハレヤさんはその、大罪、を背負ったゾーフィアという名を捨てるために、歴史から姿を消したんですよね」


「ええ」


「それ大成功したわけじゃないですか。なのになぜ、今さら名乗り出るんです。完全犯罪を達成した犯人が、自首するようなものだ。黙っていれば逃げ切り成功なのに」


「罪から逃げ切るなどできない。それは追ってくるものではなく、心の中から自身を責める。呪いのように、千年間ずっと私を責め続けている。こうだ──」


 そう言ってハレヤは右手の包帯を解いて、テーブルの上に乗せる。

 手の甲で黒い炎の紋様が蠢いている。


「あの、これって、ハレヤさんが自分でかけた魔術って言ってましたよね?」


「そうだ。私は、罰の炎、と呼んでいる」


「なんだってこんなものを自分に……?」


「ロジオン。『絶対魔感』という言葉を聞いたことは?」


 一応知っていたが念のためスマホで検索する。


 魔術の専門サイトにはこう書かれていた。


『絶対魔感: 魔術をあたかも自分の手足を動かすよう無意識的に行使できる、極めて希な能力の事。本来、魔術は精神集中を持ってして、詠唱により術式展開・魔導組成・効力投射という三段プロセスを経て意識的に行使される。

 だが絶対魔感者はこれらを経ずに無意識的に行使できる。

 絶大な能力である一方、無意識に効力投射が起こってしまうため、精神状態によっては意図しない魔術事故に繋がる欠点がある』


 ロジオンはハレヤへ目を向ける。


「歴史学会ではゾーフィアも絶対魔感者と考えられてますね。あ……そういえば、ハレヤさんがさっき使った、えげつない強度の光学偽装も詠唱していなかったような。つまりハレヤさんも、絶対魔感者……ってことですよね」


「ええ、私は物心ついた頃から、誰に習うでもなく、したいと感じた事の多くが魔術となって発露した。不死身と呼ばれた結界もそうだ。

 あれは意識して展開しているのではなく、危機を感じているとき無意識に展開される。ではロジオン。もし私が自分を『苦しみ抜いて野垂れ死ぬのが相応しい大罪人である』と強く感じていたら、どうなると?」


「もしかして。自分でその、罪の炎、をかけたって、そういうことなんですか? 意識して自分でそうしたというより、感情的に、そうなってしまった?」


 ハレヤは、頷いた。


「自分の大罪を初めて悔いたその時だった。右手にこの紋様が浮かび上がった。激しい痛みのせいで最初はまともに動くことができなかった。やがて痛みと共存できるようになってきたが、昨晩あなたが見たよう、時折、耐えがたい波がくる」


「あの……それってどれくらい痛むものなんです」


 ハレヤは包帯を解いた右手をテーブルへさしだしてきた。


「興味があるなら、私と感覚共有してみればいい」


 と、ハレヤの手に魔方陣が展開された。


「ここに触れれば、私の右腕の痛みを感じることができる」


 生唾を飲み込むロジオン。魔方陣に指先を触れさせた瞬間。


「っ──!」

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