6話 自称勇者、土下座する。そして僕はコーヒーを吹く。


 ロジオンはファミレスに入り、基地の正門が見える窓際席に座った。


 店中に客はゼロ。

 獣人種の猫耳ウェイトレスがいたが、暇そうにスマホゲームしてるような店だ。


 とりあえずドリンクバーだけを注文して、コーヒーをテーブルに置く。


 窓の外のハレヤは警備のドワーフ兵士へ近づいて行っており、挨拶していた。


《おはよう。勤務ご苦労様》


 ドワーフの兵士は気さくに笑顔を返してきた。

《おはよう。今から小学校かい?》


《私はこう見えて、あなたの百倍以上は生きている老婆だ》


《え、ああ……そう、だったんですか? 失礼しました》


《一つ訊ねたいのだが、この基地では核兵器を扱っているのでしょう?》


《……?》

 兵士は首をかしげる。

《軍から広報されてるとおり、戦略空軍の基地なので。そうなってますが》


《では、あそこに停泊している大きな戦艦、あれに核砲弾が積まれている?》


《どこに配備されているかなどは、答えられません》


《ふむ、まあよい。大事な頼みがあるのだが、聞いてもらえないだろうか》


《いきなり何の話ですか……?》


 するとほんとにいきなりだった。ハレヤは土下座して。


《私を核攻撃してください。お願いします。なんでもしますので》


 それをファミレスの中から撮影していたロジオンは、飲んでたコーヒー吹いた。

「ブー!」


 ハレヤに言われたドワーフ兵士はポカーンとしている。

《おっしゃってる意味が、わからないのですが……》


《核砲弾で撃ってもらいたい。大丈夫、私は髪の毛一本燃えないでしょう。なぜなら不死身と呼ばれたゾーフィアだから。結界術によってどんな攻撃も防げる》


《ゾーフィア……? 勇者の?》


《そう! 私はゾーフィアであることを証明せねばならないがこれが難しい。

 魔術を撃ったりしても、他の魔術師でも可能なものだと証明にならない。

 ゾーフィアにできて、他の魔術師では出来ないことは一つしかない。

 すなわち、『どんな攻撃を受けてもけして倒れない』しかし、生半可な攻撃を防ぐだけなら、やはり他の魔術師の結界でもできる》


《……だから、核砲弾なら、あなたがゾーフィアであると証明できる、と?》


《そう! 費用も負担する。何年ローンでもいい。お願いできないだろうか》


 ハレヤが必死に訴える様を見ていた兵士は、訝しげな目を向けていたのだが……。


 だんだん哀れむようなそれに変わっていき──最後には優しい笑顔になって。


《わかりました。司令部に許可を申請するので、お待ちください。ゾーフィアさん》


 兵士はハレヤから離れ、通信器で上官と話しだした。そうして少しすると。


《核攻撃の許可がでました。放射能を中和する設備が整った核演習場へ行っていただくので、迎えが来るまでお待ちを》


 ハレヤは必死だった顔を一転、満面の笑みをファミレスのロジオンへ向けてくる。

 それを見てロジオンは呟いた。


「うそだろ……? なんであれで信じるんだよ? 大丈夫かこの国……?」


 戦々恐々としながら撮影を続けるが、コーヒーを持つ手が戦慄で震えてきた。


 核攻撃を耐えられたら、本物だと認めざるを得ない。


 今の時点でハレヤがビビってる様子がないのを見るに、自信があるように見える。


 本物? あれが……ゾーフィア?


 生涯をかけて見つけたいと願い、結婚したいと熱望していた、片思いの相手……?


《あ、迎えが来たようですね》


 兵士が空を指さしている。ファミレスの中からは見えないが空から航空艇が着陸しようとしているのだろう。


 ハレヤが目を輝かせて見上げている。


 が、着陸してきたその航空艇はなんか、まっ黄色だ。病院の救急艇のように回転灯をつけており──というか、救急艇そのものだ。病院名も書いてある。


『市民精神病院』


 精神病者専用の救急艇、イエローピーポーというやつだった。


 救急隊員が降りてきて、ハレヤを乗せようとしている。


 精神病者だと思われたようだ。


 ロジオンはまたコーヒー吹いた。

「ブー!」


 ハレヤは何が起きてるか一瞬わからなかったらしく、キョトンとしていたが。


《なっ、私は精神病者じゃない! ゾーフィアだ。兵士のあなた、どういう事だ⁉》


《大丈夫、演習場に連れて行ってくれますよ。行ってらっしゃい、ゾーフィア》


《謀ったと⁉ ええいこしゃくな。いいから、私に核攻撃なさい。さすれば分かってもらえる。私の胸にあの戦艦で砲弾を撃ち込むのです!》


 鬼気迫る顔で叫ぶハレヤ。


 救急隊員たちは気の毒そうな目を向け、相談していて。


《これは……かなり重症だな。かわいそうに。鎮静剤の準備を》


 もう一人の救急隊員が注射器を持って来て、ハレヤの腕を掴もうとしたのだが。


 その瞬間だった。消えた。ハレヤが、一瞬で、見えなくなった。


《光学偽装⁉》兵士が叫ぶ。


 つまりハレヤは透明化の魔術を使って逃げたということだ。


 ドワーフ兵士がとっさに光学偽装を看破できる魔導ゴーグルを顔にかける。


 彼は見回すが、ハレヤの姿は捉えられないらしく、通信器を手に取った。


《警備室へ、精神病か認知症と見られる老婆が光学偽装を使って徘徊。ゴーグルで看破できない。監視カメラをチェックしてくれ。そっちには映ってるだろ?》


《こちら警備室。何も映っては……。カメラは対光学偽装の看破モードだが、捉えられてない。この強度の光学偽装魔術が使えるってことは、おいおい、こりゃ……あの婆さん、最上級の魔術師だぞ!》


 そこでもう、兵士たちの声は聞こえなくなった。


 ハレヤは透明化したまま正門を離れたらしい。


 救急隊員たちも探し回っているが、見つかることはなさそうだ。


 ロジオンは安堵のため息をついた。

 空軍がまともだったことに。


 そして、アレがゾーフィアと確定しなかったことに。


 しかしだった。

 猫耳ウェイトレスがコーヒーまみれのテーブルを見て嫌な顔をしていた。


 ちなみに彼女は外の騒動をスマホゲームに夢中で気づいてなかったようだ。


「あ、すみません……。僕が拭くので。ゆっくりゲームしててください」


 で、テーブルを拭き始めたところでだ。

 向かい側のソファ席にハレヤがいきなり出現した。座った姿勢で。


「うわっ!」

 驚くロジオン。


「ダメだった……」


 ハレヤはみるからにしょげてる。項垂れてだ。


「そりゃダメでしょ、あれは。というか、こんな場所にいたら見つかっちゃう」


「大丈夫だ。最上級の魔術師であれば、私の光学偽装でも輪郭がぼんやり見える程度の看破ができるが、その類いから監視されている気配はなかった。

 それにこの席は、私の座高だと外から見えない死角だ。ともかく大失敗だった。ボケ老人扱いだ。私を……笑いますか?」


「まあ、コーヒーは犠牲になった、とは言っておきます」


「笑いたければもっと私を笑えばいい……」


「でも僕思うんですけど、そもそもゾーフィアは正体不明なわけで。自分が正体不明の人物と同一人物であると証明するって不可能じゃないですか? 誰にも正体がわからなんだから、例えハレヤさんが本物だったとしても答え合わせが誰にも出来ない」


「そういうことだ……。だから、私が不死身であることを証明する以外に手がない」


「まあぶっちゃけ、さっきはハレヤさんが馬鹿な事やってるなとしか見えませんでしたけど、良く考えてみると、一番合理的な方法でもあったんですよね……」


「そこを理解してくれて助かる。正直に言えば、これが最後の希望だった。あなたに訊きたい。どうすればいい?」


「核攻撃の他には、ゾーフィアなら耐えられるけど、他の魔術師じゃ耐えられないものってないんですか? 現実的な範囲でやれるものがあるかも」


「戦車の大砲、とか。徹界弾という砲弾はどんな結界でも破れると聞いたことがある。それに撃たれることができれば──」


「ハレヤさんが陸軍の基地に行って、戦車で撃ってくれって言うんですか?」


「……ダメか」


「イエローピーポー二台目、確定でしょ」


「ならあとは、貨物用の巨大な航空輸送船が着陸するとき、私が轢かれる、とか」


「運輸会社に『自分を潰して』って頼むんでしょ。はい、イエローピーポー三台目」


「む、むぅ……」


「なんなら空港で輸送船が着陸するところにハレヤさんが走って行って、潰されます? 光学偽装を使えばバレずに潰して貰えるかも」


「で、あなたは軍用カメラにすら写らない私を、どうやって見る? どう撮影を?」


「あっ……ですね……。仮に市販のカメラで撮影できるくらい偽装の強度を落としたら、今度は空港の監視カメラで見つかっちゃうし」


「そうなれば輸送船が慌てて私を回避しようと、下手すれば操船を誤り大事故になる。他者が傷つく可能性のあることを、したくないし、すべきじゃない」


「他にはないんですか?」


 ハレヤは俯いて首を振る。


「ねえハレヤさん。もうこれ、詰み、ってことですよね」


 ならば話しはここまでだ。もう用はない。そう言って席を立っても良い。


 だがロジオンには違和感があった。とてつもなく大きな。


 ハレヤという人物の正体が、ますます判らなくなった、ということだ。


 詐欺師という線は排除していい。

 誰かを騙そうとするなら、一連の行動があまりに逆効果すぎる。


 それに核配備基地の監視網すら欺ける超一流の魔術師なら、詐欺などリスクのある犯罪をするより、軍に入ればその何十倍も稼げるはずだ。


 やはりハレヤという人物を合理的に説明しようとするなら、あの答え、に行き着いてしまう気がした。


 世間一般のイメージが間違っていて、こちらが本物、という。


 ならば、まだ誰も気づいていないだけ、なのかも知れない


 ここに、ゾーフィア本人がいる、という事実に──なんて……もちろん、可能性、でしかないが。

 

 ましてや映画製作会社に企画を持ち込む根拠としては、足りなすぎて話にならない。それでも──。


「僕、ここで朝食とっていきます。少し、話し聞かせてもらえませんか。正直、ハレヤさんのこと、どう判断していいか、まるで分からないんだ」


「もはや私が何を語ったところで、意味のない戯れ言でしょうに?」


「ただの食事時の雑談ですよ。それでいい。何か食べないんですか?」


「私に構わず食べなさい。このような場所で食事をするような贅沢に金は使えない」


 言われるままに、注文用タブレットで朝食セットをオーダーした。


「まず僕が訊きたいのは、大罪、についてです。それ、何なんです?」






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挿絵ファンアート

『自称元勇者、自分を核攻撃してくれと土下座する』

https://kakuyomu.jp/users/Diha/news/16818093076461246295

画:かごのぼっち様

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