59話 旅の終わり。そして彼女はその名を語るか?


 エルフ記者に連れて行かれたのはショッピングモールの中心だ。


 そこにある吹き抜けのホールだった。


 イベント会場として使われるスペースらしく、とても広い。


 円形のライブステージが作られていた。


 大勢の観客が足の踏み場もないほど詰めかけている。


 その時だ。吹き抜けホールの照明が暗くなり、アップテンポな音楽が鳴り出した。


 スポットライトが煌めく。これから音楽ライブが始まるらしい。


「???」

 ますます意味わからないハレヤ。首をかしげすぎて九十度に達しそうだ。


 なんかステージの中央がせり上がりだしている。


 そこから出演者が出てくるのだろう。花火が焚かれた。


 それと同時、そいつが現れた。


 ド派手なテッカテカに光る衣装。


 履いたブーツのつま先は尖ってる。


 背中には羽を付けてた。


 そして見覚えのあるサングラス。それをかけてる顔は、もっと見覚えが──。


 ステージ上のスクリーンにこんな文字が投影された。

『最終上映記念。ロジオン・ロコリズ大先生、オンステージ』


「……」

 ハレヤは開いた口が塞がらない。あんぐりだ。


 とりあえず、群衆の中にいるハレヤに、ロジオンは気づいていないようだが。


 音楽が鳴り出した。


 ダンサブルなリズム、ロジオンは巧みなステップを踏みながら、熱唱しだす。

 ダンスはキレッキレなのに、歌は残念仕様だが。


 エルフ記者は、「キャー、大先生ちゃーん、ステキー!」

 目が爛々、ペンライトをぶんまわしている。


 まわりの観客、総立ちだ。


 みんなペンライトをガン回しつつ、コール&レスポンス。ホールは熱狂の渦。


 よく見ればゾーフィアを崇める宗教団体の白装束たちすら混じっている。


「お嬢ちゃん、何してるの、ほらこれ」

 エルフ記者からペンライトを渡された。


 が、ハレヤは恥ずかしくて小さく振るだけにしつつ、思う。


 なんだこれは……? 


 なんだ、この状況は……?


 なんだあのロジオンは……?


 もはや脚本家と呼んで良いのか怪しい珍生物と化している。


 吹っ切れすぎて大気圏突破どころか、第一宇宙速度を超え、第二宇宙速度へ達して、衛星軌道外へぶっ飛んでいる。


 だが一つだけ理解できる。

 あれはロジオンが全力で映画を届けてくれようとした結果なのだろうと。


 大先生キャラになりきり、映画のPRに死力を注いで、注ぎすぎて、色物タレントと化してしまったんじゃなかろうか。

 

 あのダンスを見ろ。アイドルでもああも踊れる者はそういない。


 歌声はどうにもならなかったようだが。堂々としたものだ。


 こんなステージを何十とこなしてきたのだろう。


 だから、ハレヤは呟いてしまう。


「まったく、これだから、あなたという男は、困った人だ。魔王になったかと思えば……大先生にも、色物アイドルにもなってしまうのだから」


 ハレヤの顔はまったく困っていない。


 嬉しさが、どうしようもなく、漏れだしている。


 一曲目が終わった。

 ロジオンは〆にポーズを決める。


 MCが始まった。


「ハーイ、みんなー、僕様だよー!」


 見ているこっちが恥ずかしいハレヤだが、笑ってしまっている。


「最終日に皆ありがとう。ふ、こんなに愛されているとはね。まあ僕様ですから」


 すると観客たちは諸手を挙げて声援を返す。


「大先生ですからー!」

「大先生ですからー!」


 声を合わせてだ。そういうお約束らしい。


 ロジオン大先生はプロジェクターに目をやる。


 そこに投影されたMC用の台本を横目でチェックした。


「ねえみんな。ここでなんとサプライズイベントだ。最後にインタビューに答えてくれた人に、ステージに上がってもらって、僕様にどんな質問をしてもいい。僕様は絶対に答えなきゃいけない。そういう何が飛び出すかわからないドキドキ企画。

 さあ、ステージにあがる権利をゲットゥしたのは、だーれっかな?」


 おどけた調子で言ったロジオンだが、次の瞬間──。

 ライトが観客の一人を照らしだした。


 十歳くらいに見える黒髪の少女。


 だが、表情は妙に大人びた雰囲気がある。


 着ている物も地味なロングスカート、飾り気のない半袖ブラウス。


 両腕には、包帯を巻いている。


 ハレヤだ。


「私だ」

 と、彼女は前へ歩み出た。


「……」

 ロジオンは目を見開いた。


 マイクを握る手が震えだした。喉も、震えそうになってしまっている。


 それでも彼はプロジェクターの台本を見ていて、こう言った。


「ラストインタビュー……おめでとう。まず僕様に名前を教えてもらえるかな」


 ハレヤはロジオンの潤んだ目を真っ直ぐ見返す。


「ハレ──」と答えようとしたが、その言葉を飲み込んだ。


 今こそ、あの名を語ろうと思った。語るべきだと思った。


 これまで呪わしいだけでしかなかったあの名。憎んでいた、あの名前。


 四千年の旅を終えて、今やっと、愛することができるようになった、あの名前を。


 笑顔で、答える。


「ゾーフィア」


 ロジオンは一瞬で理解した。


 ハレヤが呪わしかったはずのそれを名乗った意味を。


 彼女は、やっと、自分自身を……赦すことが、できた。


「……!」

 そのとき、ハレヤは何かに気づいた。


 彼女の視線は自分の右腕を見つめてる。


 包帯を巻いたそこを。ふと、それを解いてみる。


 すると──消えていた。


 罪の炎が、消えていた。


 綺麗に、跡形もなく。素肌が、見えた。


 左腕の包帯も解いた。やっぱり、消えていた。


 全身の痛みも、消えている。


 そこで、ハレヤとロジオンの目があった。


「ゾーニャ……」


 救うことが……できた。


 やっと、千年ごしに。救うことが、できた。


 だからだ。だから、彼の瞼からは今にも涙が溢れそう。


「さあ、ゾーニャ。ステージへ、おいで」


 観客たちはざわついていた。ゾーフィアを名乗る少女が現れたことに。


 そんな風にゾーニャは注目される中でも動じず、堂々とステージへあがる。


 ロジオンと、向き合った。


「僕に……質問したいこと……あるかな?」


 ゾーニャは、頷いた。


「私は……あなたを不幸にしてしまった。史上最大の殺人者の片棒を担がせ、あげくは魔王にまで成らせた。最後には、あなたの命まで、奪った。そんな私を……今も……あなたは、愛してくれていると。私は考えてしまっても……良いのですか?」


 ロジオンは、何も答えない。


 その代わり、ゾーニャの前に屈んだ。


 そうして彼女を抱きしめた。


 もうそれで、答え、は十分だった。


 だから、ゾーニャは彼の胸に顔を埋め、涙声でこう言った。


「ありがとう。私は……もう一度、あなたと共に生きたい。

 いいえ、百回でも、千回でも、一億回でも、共に生きたい。

 あなたは、同じ事を望んで、くれますか?」


 ゾーニャの体がさらに強く、抱き寄せられた。


 きつく、きつく。


 何より大切そうに。誰より愛おしそうに。


 ならばもう、言葉など必要なかった。


 互いの息づかいを感じていれば、それで全てが理解しあえた。



 やっと、たどり着いた。


 四千年前、二人で旅をしに来た場所に。


 


◆◇◆◇◆◇◆




 この日、地元の地方紙にこんな見出しが載った。


『ロジオン大先生ちゃんのイベントにゾーフィア現る?』


 記事の内容はこうだ。


『大先生ちゃんのステージに、ゾーフィアを名乗る少女が現れる珍事が発生した。

 世界的ヒットとなった彼の映画の影響で、子どもの間でゾーフィアのコスプレが流行っており、この子もそんな大ファンの一人だったのだろう。


 現場を見ていた映画誌の記者によると、その子は罪の炎が消えたゾーフィアを演じていたそうだが、迫真の演技であったという。


 これに大先生ちゃんもアドリブで応じるという、彼一流のファンサービスを展開し、会場は大いに盛り上がった。


 こうして、世界を五百日の間も席巻していた映画の幕は閉じられた。

 罪の炎が消えた〝ゾーフィア〟は、これから幸せに暮らすのだろう』

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