【最終章】旅の終わり。
58話 旅の終わり。そして彼女は耳を澄ます。
* * *
映画が終わった。
ハレヤが見つめるスクリーンにエンドロールが流れだした。
本当に……ありのままのゾーフィアの人生が、そこに映し出されていた。
虚構も、遠慮も、容赦も、一欠片もなかった。
一つだけ過剰かも知れないのは、〝ラス〟が向けてきてくれた愛情の多さだ。
いや、それもたぶん過剰ではなく、ありのまま。
本当は当時、ハレヤが感じていた以上に、愛されていたのだろう。
そして、それは当時だけじゃない。
きっと、今も──彼は。
「…………!」
シアターに照明が点いた。いつのまにエンドロールも終わっていた。
客席にはもうハレヤしか残っていない。
観客がどういう反応をするのか、見届けるつもりだったのに。
ハレヤは立ち上がり、シアターから退出する。
すると廊下で映画雑誌の記者が観客にインタビューをしていた。
最終日の取材をするためだろう。動画を撮るカメラも回している。
観客たちは自分たちからそこに並んで、口々に映画の感想を話していた。
ハレヤは曲がり角に隠れて、聞こえてくる声に耳を澄ます。
今、話しているのはゴブリン女性とドワーフ男性のカップルだ。
ひたすらゴブリン彼女のほうが喋っている。
「私がこれを見るのは四回目です。そんなにリピートする理由ですか? 決まってるじゃないですか。この映画のゾーフィアが大好きだから!」
そう聞いた瞬間、ハレヤは目を見開いた。
ゴブリンの彼女はまだ喋り続けている。
「ほら、みんな同じ感想を言うでしょ? 『見たことがないゾーフィアなのに、これが本物な気がする』私もそう思ったんです。
それでその本物っぽいゾーフィアがなんていうのかな、ぜんぜん英雄じゃないのに、英雄になっていくっていうの? ああ、私じゃ上手く言えないや。
とにかく普通の女の子なの。魔術の才能があるだけの普通の女の子が、間違いばかりをしながら、それでもみんなを助けたいってがんばるっていうのかな。
ゾーフィアが正しかったのか、悪かったのかなんて、難しいこと私にはわかんない。でも、好きか嫌いかだったら、絶対言える。好き! だって真っ直ぐでしょ。
みんなを助けたいって、最後まで真っ直ぐ。私それが大好きで、元々好きだったけど、もっと好きになった!」
そこでドワーフの彼氏がしゃしゃりでた。
「そうそう、俺もそういう感じっす。それで脚本の大先生ちゃんがテレビで『僕様は魔王ラスコーリンの生まれ代わり』って言ってたけど、あれ実は本当じゃないかって。あはは。それくらいしっくり来るというか。
今まで知られてなかった救世主の実話みたいな? そうなったら、みんな見ますよね。世界中が見たかったものを、ポンと出されちゃった感じじゃないかな。俺もこのゾーフィアがめちゃ好きなんです。ゾーフィアと結婚したい!」
「え、なによそれ!」
ゴブリンの彼女が食ってかかり、二人は仲良く喧嘩しながら去っていった。
次にインタビューに答えたのは、初老のウサ耳獣人種男性だ。丸眼鏡をかけており、いかにも大学教授をやっていそうな風貌だった。
「ボクの立場からこの映画の好きな部分を言うとだねえ。やはり種族戦乱期の描き方だろうねえ。ああ、ボクは大学で歴史を教えておるんだがね。
ゾーフィアが暗殺や戦争に介入するところがあるだろう? 実は映画で描かれた暗殺や戦争はすべて、歴史学では真相がわからなかったり、なぜその軍隊が勝てたのか負けたのか謎が残ってるんだ。
ゾーフィアが介入していたとするなら、合理的に説明できる。それくらい学術的に正確な映画なのだよ。
ああ、それと、先ほどの若者も言っていたが、ゾーフィアが正しかったのか、間違っていたのかは、ボクは語るつもりはないよ。
だって仮にこの映画を実話だと仮定したら、ラスコーリンとゾーフィア、二人のどちらか一人でも存在しなければ、今のこの全種族が共に暮らす世界はない、ということになる。それを正義か悪かだの単純化して語ることなどできるかね?
僕に言わせればね。彼らは『二人で一人の勇者』だったんだ。
だから、僕はあえて好きか嫌いかだけで語るよ。ボクは好きだね。このゾーフィアが好きだ。大好きだ」
そうしてインタビューは続いていき、観客たちは感想を喋り倒した。
その内容こそ十人十色だったが、全員に共通していることがある。
皆、「このゾーフィアが好き」と口にしたことだ。
並んでいた観客へのインタビューが一通り終わったときだ。
インタビュアーのエルフ女性記者は、曲がり角にいるハレヤに気づいた。
ハレヤは呆然としていて──涙をためていた。
記者はそこへマイクを向ける。
「お嬢ちゃんも映画を見て感動したんですか?」
ハレヤはハッと我に返り、すこし考えてから、苦笑する。
「私が感じ入ったとするなら、さっきの人々の言葉だ。皆、ゾーフィアが好きと言ってくれていた。ありのままのゾーフィアが……好きだと……言ってくれて」
今にも泣き出しそうな声が詰まった。
ハレヤはがんばって笑む。
「お嬢ちゃんもゾーフィアのコスプレするくらい好きだから、嬉しかったんだね?」
ハレヤは首を振って全否定。大きく、何度も、激しく。
「違う。大嫌いだった。私はゾーフィアを憎んでた! 世界一だ!
だから……嬉しかった。みんな……好きだと……言ってくれて……」
「……?」
エルフ記者は首をかしげる。かなり変わった子だなという風に。
「記者殿。私からも訊きたい。今の観客はゾーフィアに肯定的な感想ばかりだった。他の劇場でもそうなのだろうか? 皆、ゾーフィアを好きだと、言ってくれたのだろうか?」
「その答えなら。そこを見た方が早いわね」
エルフ記者が指さしたのは、廊下の壁だ。
何か小さな紙切れが無数に貼り付けてあった。
隙間なく、びっしりと、ずっと向こうまで。
廊下を越え劇場ロビーや、ショッピングモールにまで張られているのではないだろうか、これは。
「あれはね。お嬢ちゃん。この映画の半券の裏に感想を書いたものを送ってもらって、張りだそうっていうイベントなの。世界中の他の劇場でもやってたのよ」
ハレヤは壁に近づいて、それらを読んでみた。
どの半券にもさきほどの観客と同じような感想が書かれている。
ゾーフィアが好きだと。みんな、好きだと、書いていた。
「あ、そうそう、もっと良い物、見せてあげる」
エルフ記者はタブレットで画像フォルダを開いてみせた。
そこには数え切れないほどの、劇場の写真があった。
どこも同じように壁中に半券が貼り付けられている。
ありとあらゆる国の、ありとあらゆる文化圏の、ありとあらゆる劇場が、そうなっているように見えた。
「……」
ハレヤは何も言葉を紡ぐことができず、画像を見つめる瞳を震わせる。
「ちなみにね、お嬢ちゃん。集まった半券の数は八十億枚。これは世界人口よりちょっと多いくらい。要するに、世界のみんながゾーフィアを大好きだって、言ってる」
ハレヤは涙が、零れるのを感じた。
体が震え、どうしようもなく震え、立っていられず、しゃがみこむ。
だが、しゃがんですら居られず、うずくまるようにして、泣き声をあげる。
床へ突っ伏し、唇をつけてしまいそうになるほど。
でも──それは悲痛な声ではなかった。もっと逆のもの。
救いがもたらされたかのような。そんな声だ。
「だ、大丈夫?」
あまりの泣きぶりにエルフ記者が心配そうに肩を撫でる。
ハレヤは頷き、どうにか、立ち上がった。
顔は涙でグシャグシャなのに、表情は見せた事がないほど、晴れやか。
「じゃあ、お嬢ちゃん。みんなに聞いてる質問なんだけど、映画でゾーフィアは現代でも生きていたけど。今ごろ彼女はどうしていると思う?」
「この映画を見て、人々が自分を愛してくれたのを知って、涙を流している」
「お嬢ちゃんみたいに?」
「ええ、私のように」
涙目なのに、ハレヤは悪戯っぽく笑んだ。
「じゃあ、お嬢ちゃんに最後の質問。そんなゾーフィアに送りたいメッセージは?」
「彼女に言うべき言葉など、もはや一つしかない」
「それは?」
「あなたはもう十分に戦った。でも救世主として最後に救うべき者があと一人だけ残っている。それは──あなた自身だ。もう、自分を赦していい。幸せになりなさい」
そう言って立ち去ろうとした、のだが。
エルフ記者が呼び止める。
「待ってお嬢ちゃん」
と、天井から吊された紐を指さして。
「これを引っ張ってみて」
ハレヤは不思議に思いつつ引っ張ってみる。すると。
「⁉」
天井裏にくす玉が仕込まれていた。それがバカッと割れたのだ。
紙吹雪がキラキラ舞う。垂れ幕がでてきた。こう書いてある。
『ラストインタビューを記念賞』
すると劇場スタッフが廊下に並んで現れ、一斉に拍手を始めた。
「おめでとう!」と。
「はい?」
ハレヤはキョトンだ。
「おめでとう。お嬢ちゃん。最後の最後にインタビューに答えてくれた人は、これから始まる最終上映イベントに特別ゲストでご招待! さあ、行こう」
わけが分からないまま、エルフ記者に手を引かれて映画館を出た。
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