40話 全裸ホームレス勇者を拾う。そして僕は映画を作る。(前編)


 ロジオンはベランダからダイニングへ戻り、ゴミためからサングラスを拾う。


 それをかけた。形から入るロジオンにとって、自己暗示のようなものだ。


 次にしばらく剃ってない髭が気になり洗面所に行ってみる。


 すると鏡に映った髭面サングラスの自分は、大物感が増していた。


「あれ。なんか、巨匠感すらある。よし……このままいくか」


 こうしてまた一段、吹っ切れたのだった。


 そしていざ、父の仕事部屋へ行き、執筆用のパソコンを起動させる。

 気合い十分だ。


「僕にはラスコーリンの記憶がある。これを使えば、真実のゾーフィアを描いて、世界へ届けられる。僕こそが最強の原作者だ!」


 と、キーボードへ指をかけた──までは良かったのだが。


 そのまま、五分ほどが過ぎて。ロジオンは、おもむろに頭を抱えた。


「何から手を付けていいかわからない! 長すぎる。ゾーフィアの人生が長すぎる」


 ロジオンには技術も足りなければ経験もなさすぎる。


 この前の緑風草原の脚本は一シーンだけだったが。


 今度はゾーフィアの半生だ。難度の桁が三つ違う。


 プロットを作るにしても記憶の全てを映画に盛り込むのは不可能だ。


 どれを描いて、何を描かないかを適切に選ばねば、真実の物語と呼べなくなる。


 その上で観客を惹きつけられるよう、エンターテイメント映画としてのクオリティも妥協は許されない。


 でなければどんなに真実を描いたところで、多くの人に見て貰えない。


 上映館数も拡大しないだろうし、上映期間も延びない。


 世界中の人々に届けて、真実のゾーフィアを愛してくれるのか、憎むのか、それをハレヤに見届けさせなければ、救えない。


 難しすぎる。


 その時だ。スマホに着信があった。


 なんと、父からだ。もともとこの仕事で脚本を担当していたその本人だ。

 失踪してから初めての連絡。


 通話を受けてみた。


《あ、ロジオン。誕生日おめでとうって言い忘れてたと思ってなあ。そういや、済まなかったな。俺、いきなり逃げちゃって、てへ♪》


 脳天気すぎる父に、ロジオンはデスクぶったたいた。


「てへ、じゃないだろ! どんだけ大変だったか──ていうかそんな事より親父!」


《あ? なんだ? どうした?》


 ロジオンは自分が父の仕事を引き継いだことを話した。


 本物の勇者であるハレヤと協力して、その立場になったこと。


 そして自分が魔王の蘇生された存在だったことを──すると。


《ぎゃーっはっは!》


 父、爆笑。腹を抱えてるのが電話ごしでも分かるくらいの笑いっぷり。


《いやお前、魔王の生まれ代わりってなあ、今時、中学二年生でも赤面しちゃう設定だからな。そのハレヤ婆さんだって、本物と証明できるような証拠はないわけだろ。

 ペンダントの件だって、お前が生まれたばかりでその婆さんと会ってた事までしか証明できない。婆さんがゾーフィアであることまでの証拠にはならん》


「……まあね。いいよ、そこは信じなくて」


《まあ待て。お前の言うように、ハレヤ婆さんが本物の可能性があるというのも、理解はできるんだぜ? でも俺にとって重要なのはそこじゃない。何かわかるか?》


「分かるよ。詐欺師かもしれない人のために、僕が大先生を詐称して、馬鹿なことをしようとしてるって言いたいんだろ」


《ばーか、ちげえよ。俺にとって大事なことはな。息子が本気で惚れた相手のために、人生かけてようとしている、ってことだ》


「親父……」


《ああ、もちろん、俺だって考えてるぜ? もし詐欺師だったら? 息子が欺されているんじゃないか? いいじゃねえかそれで。お前らが結婚でもしたら、俺には自称ゾーフィアの義理の娘ができる! 最高に楽しいぜ!》


 これだ。つまり、親父とはこういう男だ。


「まあ……親父らしいっていうか……」


《いや心配はしてるぜ? だけどお前、気づいてねえだろ? 誰が止めたってやるっていうような、覚悟ガン決まりな声で喋ってんぜ? そんな息子に親ができるのはな。『もし助けが必要になったら、頼ってこい』って言ってやることだけだ》


「ありがとう……親父。脚本は僕の力だけじゃ無理だ。手伝ってほしい」


《ならば改めて聞かせろや。お前の覚悟ってやつを。俺は息子が大先生を詐称して、社会的な自殺をすることに手を貸すことになるかも知んねえ。そうなっても、俺が後悔しなくて済むくれえの、覚悟をよ》


「僕は……千年前。世界を変えるために、ゾーフィアを助けるために、魔王になった。世界を変えることはできた。でもゾーフィアを助けることはできなかった……」


 声に、熱がこもり始めていた。さっきまでよりも、ずっと熱いそれが。


「だから、僕はもう一度、世界を変えるんだ。勇者の伝説を塗り替えるんだ。そのために、今度は、僕は大先生になる。ならなきゃいけないんだ!」


 親父は伝話口の向こうで黙りこくった。

 タバコの煙りを吐き出す音が聞こえた。


《つまり、俺の息子は、惚れた女のために、かつて魔王にまでなっちまった男ってわけか? はは……上等だ。ああ、確かに自分自身をそんな奴だと思ってる息子に何を言ったところで止めらんねえだろうな――》


 親父は、フッと笑った。


《――いいぜ。やっちまおうぜ、ロジオン。変えちまおう。世界をよ》


「ありがとう……親父!」


《ああ、だが会社には秘密にしとけ。逃げた俺と絡んでるのがバレたら面倒になる。こうしよう。さっそくだが、お前の考えてる映画のプロット、とまでは整理してないものでいい。時系列でイベント並べた年表でいいから、まずは送ってくれ》



◆◇◆◇◆◇◆



 ロジオンは半日かけてラスの記憶を辿り、メモしていった。


 その作業中にハレヤの部屋に残された荷物から、古ぼけた日記を発見。


 内容は魔王を討伐したあとの生活が記録されていた。


 ラスの記憶にない部分を補完するものだ。


 それらを年表にし、データを父へ送ってから、さらに半日後。


 打ち合わせのリモート会議アプリで、ロジオンは父と久々に顔を合わせた。


 が、父からすればいきなり息子が、サングラス+髭面という胡散臭い顔になっていたせいだろう──爆笑。飲んでたビール吹いた。


《げほっ、うげほっ! おい、髭だけはやめろ。笑っちまう。あとで剃っとけ》


 しかし、そういう親父は五十代に踏み込んだ良い歳こいて、ピンク色のモヒカン頭にトゲトゲなパンクファッションという出で立ちだったりする。


 まあ、いつもの親父だ。小学生のころはこれで授業参観にきたりしたものだ。 


「え、僕、この髭気に入ってるんだ……。そんな事より、映画の話しをしよう」


《じゃあ結論から言うぜ。さっきは、『やっちまおうぜ!』なんて威勢良く言っちまったが、ダメだ。映画にゃできねえ》


 すんごい落差。いきなりの全否定だった。


「ど、どうして?」


《問題点は三つ、まず、ゾーフィアのイメージが通説と違いすぎる》


「でも真実は真実だし。そこは仕方ないというか」


《その真実ってのは、お前の頭ん中にしかないもんだろ。親の俺すら信じてねえんだぞ? それを見た観客はどう思う? 若造の脚本家が歴史を歪めて、勝手なオリジナル展開を見せびらかしてるとしか思われねえぞ?》


 正論すぎた。ロジオンはモニターの前でしゅんとしてしまう。


「あ、うん。そりゃ……そうだ。観客は僕の創作としか見てくれないだろうね」


《であれば、通説と違いすぎるゾーフィアは、客から見りゃゾーフィアという名のオリジナルキャラにしか見えねえってことさ》


「でも僕の緑風草原のシーン。あのゾーフィアをダハラ氏は納得してくれた」


《勇者として活躍する以降のシーンだけならいい。誰でも知っているエピソードだからな。問題は誰も聞いたことがない大量殺人者ゾーフィアだ。完全に別キャラになっちまう。そこで、問題点の二つ目だ。

 殺人者ゾーフィアも確かにゾーフィアだと納得感を出せなきゃ、物語が成立しねえ。『誰もが知っている救世主の真実の物語』が売りなのに、『オリキャラのオリジナルストーリー』になる。勇者映画としての売りが成立しねえって事さ》


「確かに……」


《そして問題点三つ目だ。大量殺人者ゾーフィアと、救世主ゾーフィア。この両者を違和感なく同一人物として客に納得させられるよう、描ける自信が俺にゃあねえ》


「そんな……親父でも?」


《オリキャラならともかく。救世主としてのキャラが確立されてるゾーフィアだぞ? それを大量殺人者にってのは、どう描いていいか。逆に聞きたいが、お前はエルフの都を三度も灰にした救世主を想像できた上で、映画にしようと思ったのか?》


「僕もゾーフィアの過去を聞いたときは信じられなかった。信じたくもなかった。でも、今は彼女の全てを受け入れられたと思ってる」


《ほう》

 父は目を細めた。手がかりを掴んだかのように。


《なら殺人者時代のシーンをどこでもいい。試しに書け。完成度は今はいい。ゾーフィアのキャラだけを見たい》

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