37話 ゴミためで酔い潰れる。そして僕は夢をも捨てる。


 三日が経った。


 生涯をかけて探し出そうとした人が去ってから三日。


 幸せにしたい相手が消えてから三日。


 人生の目的を失ってから三日。


 ロジオンのマンションのダイニングは酷い有様になっていた。


 閉め切ったカーテンのせいで薄暗く、床には酒の缶が散らばっている。


 吐いたあとがあるが、そのままだ。


 二十歳になって最初に飲んだ酒がやけ酒だった。


 その混沌の中心、テーブルに突っ伏している男がいる。


 ロジオンだ。


 無精髭の顔は脂まみれで、目はアルコールで虚ろ。


 黒珊瑚のペンダントはゴミ箱へ投げ捨ててある。彼の夢のシンボルであるそれが。


 そばに置いたスマホがアラームを鳴らした。


 午前十時、休暇の終了を知らせる合図だ。


 今日から、脚本の製作に取りかからねばならない。


「だが、なんのために? 僕はそれをやらなきゃならないんだ? それは馬鹿らしいことだ……」


 ロジオンはテーブルに頬を預けたまま苦笑いする。


「僕が助けたかったのは救世主だ。魔王の原型じゃない……そうだろう? 僕が好きだったのは全てを救うことを願う、優しい人だ。正義を語って命を奪う人でなしじゃない……そのはずなんだ。その人のために、どんな映画を作れば良い?

 ああ、馬鹿らしいことだ。馬鹿らしいことなのだと思う。僕も、親父みたいに逃げてしまうべきだろうか?」


 その時だった。玄関の呼び鈴が鳴らされた。


 ロジオンは跳ね起きる。


 フラつく足で、空き缶を蹴飛ばしながら、廊下へ走る。


 だが、そこで気づく。


 ハレヤが帰ってきてくれたのでは? そう考えてしまっている自分に。


 なぜそんな事を考えてしまっている? 今さら?


 戻ってきてくれたとして、どんな目を向ければ良い?


 もう一度、失望の眼差しを向ければ良いのか?


「……」

 だが、玄関へ歩く足は止まらない。


 どうしてか、心は、まだハレヤという存在を、求めてしまっている。


 確かにハレヤは魔王の原型だ。だが、救世主であることも確かだ。


 ハレヤは正義を語る大量殺人者だ。でも全てを救いたいという願いも本物だった。

 

 絶対悪でもなく、絶対正義でもない。


 その両極端を行き来する存在。それがゾーフィアだ。


 だから、愛すればいいのか。憎めばいいのか。まるでわからない。


「ハレヤさん!」

 玄関扉を開け放った。


 するとそこにはハレヤ──ではなく、郵便局員がいた。


 リザードマンの彼は、ロジオンのひどい姿にギョッとしながらも。


「そ……速達です」


 ロジオンはため息を吐いた。落胆なのか、安堵なのか。


 ともかく、さっさとサインした。それで受け取ったのは、封筒。


 手紙のようだが、差出人は──ハレヤ・ハーレリ!


 差し出し先の住所がないか見てみるが、書かれていたのは、『放浪中』とだけだ。


 ロジオンはいても立ってもいられず、開封しながらリビングへ戻ったが、薄暗いせいで手紙が読めない。


 急いでカーテンを開け、戸まであけ、ベランダへ転がるように出た。


 三日ぶりに浴びる日の光の中で、手紙を読み始める。



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