36話 〝リアル〟そして僕は向き合う、現実と。


 ハレヤが語り終わった。


 それでもロジオンは愕然としたまま口をきけない。


 彼の目には涙が貯まりだしていた。


 謁見室のようなホールの中心で、向き合う二人の間を、ただ時が通り過ぎていく。


「さあロジオン。ここまで語れば十分でしょう。ゾーフィアが何者か判ったはずだ。彼女こそは魔王の原型。あなたが、ゆるせない、と宣言した存在そのものだ」


「嘘……ですよね?」


 ロジオンは他に何をどう言えばいいか、まるで分からなかった。

 

 ただ、ハレヤが言ったことが嘘や冗談であってくれれば、そう考えることしか。


「目を逸らさず私を見なさい。あなたが生涯をかけて幸福にしたいと願った彼女は、幻想にすぎない。目の前にいる人類史上最大の殺人者こそが、真実だ」


「そんなの……僕に信じろって言うんですか?」


「あなたは今、私にどのような目を向けているか、自覚していますか?」


「……?」

 返答できなかった。自覚できないほど、取り乱していた。


「失望の眼差しだ。あなたは私に失望したのです。だから真実の私を『嘘だ』と信じようとすらしない。それを責めているのではない。私はいわば英雄を騙ってあなたを惑わした。当然の罰だ。憎む権利がある」


 そこでハレヤのブレスレットが作動した。


『アクティビティ開始! 難易度を選んでください』


 イージー、ノーマル、ハード、ヘル。


 その下にもう一つ追加されていた。


『難易度 リアル』


『*マイナス5万点を達成したネタプレイヤーが受け狙いをするための隠し難易度です。魔王の強さは呪縛へ使われたマナ総量から推定された、本物を想定しています。

 ヘルの七百万二千倍の難度となり、陸軍魔術師の特殊部隊によるテストプレイでも全員一秒以内に瞬殺されました。

 これをクリアできるとしたら本物のゾーフィアだけ。そのためクリアした場合はランキング名が強制的に ゾーフィア、となります*』


 ハレヤはその説明文を読んで、ロジオンへ言う。


「──だ、そうだ。その失望の眼差しをあなたから向けられるのは、そろそろ……辛い。ここで別れの時としたい。だから最後に、私が確かにゾーフィアだったと示す。こんな遊戯では厳密な証明といえないだろうが、現実へ目を向ける一助になればと願う」


 そしてハレヤは難易度『リアル』の文字をタッチする。


 するとホールの奥に鎮座していた魔王は台詞を喋り始める。


「クックック、我が理想世界を成就させ──」


 だがハレヤはそれをまったく聞いていない。


 魔王の台詞の途中。ハレヤが消えたように見え──。


 一瞬の内に二百メートル離れた玉座にいた魔王へ、二つの剣を突き立てていた。


 その衝撃で、玉座は砕け散る。彼女は瞬間移動などをしたわけじゃない。


 運動エネルギー制御の魔術により自身を超音速にまで加速し、魔王に突進、刺突しただけ。エフェクトだけのそれではなく、自前の魔術でだ。


 魔王は一撃のもと撃破された──かのように見えたが、そうじゃない。


 触手の鋭利な先端でハレヤの刺突を受け止めていた。


 さらに、魔王は背中から無数の触手を発生させる。何千本、何万本も。


 それがホール全体へ広がり、ハレヤを三百六十度から包囲するように、襲いかかった。その速度はロジオンが戦ったときとは比ではなく、肉眼で追うのが不可能な、砲弾のようなスピードで突き刺そうとする。


 が、ハレヤはその包囲を後方へと強引に突破。


 体中が触手に引き裂かれた判定がでているが、触手の何十本かも道連れに切断。


 それらが床へと落ちて、ビチビチ跳ねている。


 ハレヤは急所への直撃だけは回避していたらしく、治癒魔術でダメージ判定を急速回復していく。しかし魔王もそんな余裕を与えるつもりはない。


 超音速でホールを逃げ回りながら回復するハレヤを、数万本の触手が追いだした。


 ハレヤは床の上を走るだけではなく、天井、壁、柱、あらゆる場所を飛び跳ねる。


 触手はその後方から追撃するものと、進路上へ先回りするもの。


 さらに左右、上下から挟み撃ちするものと、逃げ場を奪おうとしている。


 触手による弾幕だ。それも凄まじく濃い密度の。


 わずかな隙間を縫うようにハレヤは回避し続け、躱すと同時に触手を次々に切断。


 時に体をえぐられるが、ダメージを強引に治癒魔術でリカバリー。


 それは魔王も同じで切断された触手を再生させていく。


 すさまじい消耗戦だった。


 勇者ゾーフィアに戦術はない。前進し、圧倒し、押しつぶすのみ。


 即死しうる攻撃のみを最小限に回避し、最大効率で触手を減らしていく。


 触手が再生する早さよりも、失う数が多い。


 ハレヤを追いかける触手が減っていく。


 そして最後の一本が切断されたとき、魔王の眼前一メートルにハレヤはいた。


 両手の剣を魔王へ突き刺す。


 その勢いで後ろの壁にまで押し付け、貼り付けにし、二つの剣で斬り裂いた。


 すると、ブレスレットが作動。


『魔王撃破。+1億点 わあ、すごいや、君は本物のゾーフィアだね』


 テーマパーク全体にファンファーレが鳴り響き、アナウンスが始まった。


《皆様へお知らせします。ただいま魔王討伐において、隠し難易度リアルが初クリアされました。本日のナイトパレードはプログラムを変更し、〝ゾーフィア〟の凱旋パレードを開催いたします。〝ゾーフィア〟の方はスタッフへお声かけください》


 ロジオンは立ち尽くしてしまっていた。


「ロジオン。幻想の中にしかいなかった英雄を忘れるべきだ。だから、もう二度と、私たちは言葉を交わさないほうが良い」


 ハレヤは自分のスマートフォンを手にのせ、火炎魔術で灰にしてしまった。


「…………」

 何か言わなければならない、そう思ってもロジオンは言葉がでてこない。


「さようなら。短い間だったが、私は幸せだった。ありがとう」


 ハレヤの姿が透明になって消えた。足音だけが遠ざかっていく。


 やがてそれも聞こえなくなり、ロジオンは独り、ホールに取り残された。


 彼は自問する。

 どうすればいい? どうするべきだ? どうしたい?


 ごちゃごちゃの思考がまとまらないまま、外に出た。


 すっかり夜になっていた。


 帝都の大通りではNPCが魔王討伐を祝ってどんちゃん騒ぎしている。


 吟遊詩人の演奏がいくつも重なり、歌声がそこかしこから届いていた。


 大通りの人いきれの中で叫ぶ。


「ハレヤさん!」


 声は雑踏の騒音に埋もれ、響かない。


 ハレヤが近くにいたとして、呼び止めてどうするつもりなのか?


 まるで分からなかったが、叫ばずにはいられなかった。


「ハレヤさん!」


 二度目の絶叫も、夜空に打ち上がった花火で、かき消された。


 

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