55話 世界を救う。そして彼女は勇者を悼む。 8
僕は〝呪縛〟をかけられた冒険者の目を通して、異空間から遠隔視の魔術で一部始終を見ていた。
ゾーニャが冒険者たちを死なせてしまった様子をだ。
彼女の光学偽装の魔導組成は把握しきってたから、僕からは泣いている姿をハッキリ見る事ができた。
ゾーニャを戦いに巻き込んでしまうのは不本意だが……。
この計画を実行する以上、僕が彼女にできた選択肢は二つだった。
一つは、事前に計画を打ち明けて、どうにか説得し、最終戦争を傍観させる。
もう一つは、全てを僕だけが背負い、彼女をあくまで巻き込まれた側に置くこと。
どちらがゾーニャの罪の意識が少なく済むか?
決まってる。
自分が全てを背負えばいい。
「どこにあるかも分からない全種族の共存の道を探し続ける、それは……無責任な夢想なんだ。理想としては美しい。でも、それだけだ。それだけでしかないんだ」
◆◇◆◇◆◇◆
それからも僕は毎日、最終戦争を遠隔視で見守った。
ゾーニャは熾烈な戦場ばかりを選んで、戦っていた。
今日も世界中で血の雨を降らせている。
それでも攻めてきた敵への防戦はするが、自分から呪縛をかけられた種族の領土へ攻め入る事はなかった。
この戦争を最小限の犠牲で終わらせるなら、早く敵を皆殺しにしてしまうのが最適解であると、以前の彼女であれば判断するはずなのに。
その代わりに、ゾーニャは戦場へ立つたびに、人々へこう呼びかけた。
「今こそ結束を。種族の壁を越えて魔王を探し出し、最終戦争を終わらせるため」
僕を探し出して説得するつもりなのだろう。
この異空間への転移装置を見つけるは、彼女一人では何百年かかっても不可能だ。
国家単位の人手が必要になる。
だが前線になっている国は戦いに手一杯でそれどころじゃない。
前線がない国にしても、他国にまで調査隊を派遣できない。
ついこの間まで戦っていた敵同士で、相互の信頼関係がまったくない。
だから彼女は結束を呼びかけて、魔王捜索の協力体制を作ろうとしているのだろうが。非現実的な話しだ。
なんならまだ呪縛を受けていない者同士で戦争を続けている国すらいくつもある。
とくに巨人族とノームに至っては過去千年にわたって戦争を継続している。
地上でもっとも険悪と言っていい。他にも同じような関係性の種族ばかりだ。
「もうやめてくれ、ゾーニャ……」
僕は遠隔視で、彼女を眺めながら呟いた。
遠吠え渓谷でゴブリン三十万の軍勢を、彼女はたった一人で殲滅した。
返り血でずぶ濡れになり、折れてしまったヴーグニルを片手にして、途方にくれたように、曇天の空を見上げている。
その右手のほどけた包帯から、以前より罪の炎が広がっているのが見えた。
無駄にしか思えないことを続けて、罪の意識をため込む姿は、見ていられない。
「こんなことをしても、どうにもならないじゃないか……」
遠隔視を解除し、僕は異空間の中心へ置いた机に向かった。
その周りには治癒魔術に関する文献が積み重ねられている。
人類が未だになしえない死者の蘇り。蘇生魔術の研究のためだ。
世界の再創造が終わったあと、理想世界に犠牲者を蘇生させる構想をしていた。
一度に多数を復活させてしまえば、また種族ごとに派閥を形成し、やがてそれは独立した国家となり、振り出しにもどってしまうだろう、が。
わずかずつであれば既存社会へ同化していくはずだ。
そうして全種族が共存する世界を作り出せる。
その未来を目指し──来る日も来る日も、僕は研究を続けた。
気づくと三十時間も魔導組成の計算を続けていたこともあった。
机の周りは書きためた資料が山積みになっていき、実験用の魔導装置が、無数に並ぶようになっていった。
◆◇◆◇◆◇◆
そうして一年ほどが過ぎた頃だ。世界に変化が起き始めた。
ゾーニャが、救世主、と呼ばれだしたことだ。
最初そう呼んだ者は冗談交じりだったのかも知れない。
でも、呪縛を受けていない者たちすら、いがみ合う世界で、他者を助けて回る者がいるとしたら、そうとしか呼びようがない。しかも神出鬼没で正体不明だ。
高強度な光学偽装をまとう彼女の種族は、誰にもわからなかった。
でも、名を尋ねれば、ゾーフィア、と名乗りはした。
そして必ず、その場にいる者たちへこう呼びかけた。
「結束する時だ。さあ、種族の壁を乗り越える勇気を、今こそ!」
その言葉だけを聞いた者はこう言って笑うだろう。
『何を馬鹿な。この世界が結束など、できるわけがない』
だが、彼女は言葉だけではなく、その身で実践していたんだ。
どこへでも駆けつけ、見かえりを求めず戦った。
どの戦場にも絶対的勝利をもたらした。
そんな彼女への風向きが変わりだした戦いがあった。
オーガ軍五十万とのツツジ峠での解囲戦だ。
そこでは巨人族とノームの城塞が、オーガ軍に包囲され窮地に陥っていた。
駆けつけたゾーニャがオーガ軍の包囲陣へ突撃したときだ。
好機とみた巨人族とノームの軍は、城外へ打って出た。
偶然にも両者が同時にそうしたんだ。
両者とも呪縛を受けていない種族だったが、ずっと戦争を続けていた犬猿の仲。
それが鉢合わせた。にらみ合いが始まり、やがて陣容は激突を求めて接近しだす。
オーガをほったらかしにして巨人とノームの間で戦闘が始まりかけ──。
そこで両軍の間に立ちはだかったのはゾーニャだ。
「今こそ結束を!」
魔術で増幅された声がツツジ峠に響き渡る。
するとだ。巨人とノームの軍勢は止まった。
向きを変え、足並みを揃えて、ゾーフィアの後に続いて、オーガ軍に対峙した。
そうして信じられないことに、巨人とノームは肩を並べて友軍として戦い始めた。
この大勝利のあと、両者の間で千年ぶりに停戦条約がかわされた。
何があっても絶対に殺し合いを止めないと思われていた二種族がだ。
この衝撃的な知らせは世界中を駆け巡った。
すると、各地からも同様の知らせが次々にもたらされるようになったんだ。
エルフとドワーフの講和。
獣人種とホビットの休戦協議。
人間と他四種族の不可侵条約。
いがみ合い続けた者たちが手を取り合いだした。
その波は世界へ波及していった。
しかし、その頃。オークが百万の軍勢を集結させていたんだ。
呪縛を受けていない種族の中で、この戦力に対抗できる勢力は存在しない。
争う事がなくなったとはいえ、同盟を結んでいるわけではなかったからだ。
それでも皆、危機感は抱いていた。
このまま各種族がバラバラのままでは各個撃破される未来しかない。
共同戦線を構築しようと試みられたが、協議段階で主張がかみ合わず難航する。
そうしている間にも、オーク大軍団が緑風草原へ進出してきた。
ドワーフの山岳王国まで、半日の距離しかない場所だ。
ドワーフたちは持ちうる兵をかき集めて籠城に備えたが、戦力差は絶望的だった。
それでも他のどんな種族からも、援軍は送られてこない。
だが、たった一人、緑風草原へ駆けつけた者が居た。
ゾーニャだ。
彼女は、かつて憎んでいたドワーフという種族を守るために、そこにやってきた。
一人 対 百万。
確かにそれはその通りだった。
だけど僕には、ゾーニャの背中を支える、無数の人々がそこにいるように思えた。
それは――僕らがこれまで死なせてしまった人々だ。
ただ平穏な日々を願いながらも戦禍に飲まれてしまった人々だ。
それらの人々の犠牲こそが、ゾーフィアという救世主の人格を形作り、この草原へ立つことを決断させた。ならば、ここに立っているのはゾーニャ一人じゃない。
あらゆる戦乱の犠牲者、全ての人々の願いが、ゾーニャと共に、ここに、ある。
この世界の平穏をただ願った、全ての人々の魂が、ここに、居る。
こうして、史上最大規模にして、最大戦力差の会戦は始まった。
緑風草原での彼女の戦いぶりは遠目から見るだけなら、神々しさすらあった。
津波のように押し寄せるオークたちを、槍で殴り倒し、火炎で焼き払い、電撃で破裂させた。肉片と臓物がまじった血の豪雨が、草原を血の海に変えていく。
だけど、僕は見ていた。彼女が泣きながら戦っていることを。
そこには神々しさなど一欠片もない。
戦っている間に、四度も吐いたし、失禁していた。
泣き顔は返り血と涙と鼻水でドロドロだ。
緑風草原で動くものが他にいなくなった時、空が晴れ渡った。
日の光がゾーニャへ降り注ぐ。
たった一人、立ち続ける彼女の、光学偽装で揺らめく姿は後光が差していた。
人々からはまさに、救世主のそれに見えたに違いない。
だから人々は確信してしまったんだ。
ゾーフィアとは俗世の利害を超越した救世主であるのだと。
けして結束できない世界へ絶望していたのは他でもない。
この時代に生きる全ての人々、本人たちだ。
そこへ、あらゆるしがらみを超えられる存在が現れた。
たった一筋の救いの光に見えたに違いない。
人々がゾーフィアを崇拝しだした。叫びだした。
『ゾーフィアに続け。今こそ結束を!』
この熱狂は瞬く間に、世界を席巻していった。
希望に向かって、皆が走り出した。
そしてついに、呪縛を受けていない全ての種族の代表が、人間の帝都へ集結する。
協力体制の首脳級協議のためだ。
この時に、歴史は動いた。
『大同盟』が宣言されたんだ。
三千年にわたって憎しみあっていた者たちの心が、一つになった。
この協議ではもう一つ、議題が持ち込まれた。
正体不明の救世主、ゾーフィアへ称号を贈るというものだ。
『手を取り合う勇気を導いた者』を意味する、勇者、という称号が考案され、どこに居るとも分からない彼女へ贈られた。
ゾーニャが、世界を、結びつけたんだ。
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