015.そろそろ依頼にも慣れてきた今日この頃

「あ。ショーゴくん、ちょっといい?」


 宿舎の子供たちと交流を深めつつ、色々な依頼を熟す日々を続けていたある朝の事。

 今日はどんな依頼を受けようかと、雑用依頼掲示板を眺めていたら、受付カウンターから俺の名を呼ぶ声が聞こえた。

 振り返ると、受付カウンターでイザベラが俺を呼んでいる。


「なに? イザベラさん」


 受付カウンターに近寄って尋ねると、イザベラは一枚の依頼用紙を差し出してきた。


「良ければこの依頼を受けてみない?」


 イザベラから依頼を紹介されるなんて二度目の依頼以来だ。

 そう思いつつ、依頼用紙を覗き込んでみる。


 推奨ランク:手伝い

 依頼種別 :雑用依頼

 参加上限 :無制限

 依頼者  :冒険者ギルド 総務担当メイロ

 依頼場所 :冒険者ギルド 素材倉庫

 依頼内容 :薬草の仕分け作業

 報酬   :鉄貨8枚

 依頼期間 :本日、朝から鐘四つまで


 思った通り、冒険者ギルドからの依頼だった。

 報酬はいつもよりちょっと多い感じ。

 依頼内容は、薬草の仕分け作業?


「昨日、薬草が沢山納品されちゃって。緊急で仕分け作業を手伝ってくれる子たちを集めてたのよ。よければショーゴくんも受けてくれない?」


 薬草って薬になる草のことだよね?

 少し聞いた話では見分けのつきにくい植物も多いって話だけど、俺で大丈夫なんだろうか?

 まあ、俺に紹介してきたってことは、俺でも出来る依頼って事なんだろうけど。


「監督役としてメイロもついているし、ショーゴくんと同じ宿舎組の子たちも何人かいるから、心配するようなことは無いわ。強制では無いから、それでも不安なら断ってくれてもいいんだけど」


 最後にはそう言いつつも、出来れば受けてもらいたいという思いが、イザベラの表情に出ている。

 どうやら少しでも多くの人手が必要なようだ。


 現在の手持ちは、銅貨二枚。

 次のレベルアップには足りているけれど、保留にしている。

 ちなみに冒険者ギルドで立て替えてもらった登録料は、支払い済みだ。


 冒険者ギルドの依頼は依頼料が少ないけど、色々と知識が得られる。

 それに貢献度も貯まりやすいらしい。

 まあこちらは、昇格する気が無い俺には関係無いけれど。


 困ってるようだし、受けてみようかな?


「受けるよ」


「そう? ありがとう!」


 迷った末に受けることを伝えると、イザベラは嬉しそうにそう応えた。




「君たちに頼みたいのは、この薬草の山を三つの薬草に分ける作業だ。それぞれの薬草の特徴は説明するし。見本となる薬草も用意しておく。しっかりと確認しながら、仕分けてくれ。最後に分からないことがあったら、遠慮せず私に聞くように。では、薬草の説明に入ろう」


 その後、メイロに説明された三つの薬草の特徴を大雑把にまとめると。


 ヒエラは、薄緑で楕円形のギザギザした淵を持った葉っぱの植物。

 ミーリは、濃い緑で丸くて小さな葉っぱがたくさんついた植物。

 トーラは、黄色みがかった緑で、細長い葉っぱの植物。


 山と積まれた中からこの三つを分けていくのが今回の依頼だ。


 ただ、中には似たような植物も混ざっているようで、出来ればそれらも分けて欲しいとのこと。

 その違いも詳しく教えてくれたけど、こちらはちょっと難しそう。

 何せ違いが、微妙で分かりづらい。


 そう思っていたら、どうやらそちらは、出来れば、でいいらしい。

 細かい薬草の仕分けは、薬草の見分けが得意な子が改めて仕分けてくれるそうだ。


 つまり、俺が行うのは、初期の大雑把に仕分ける作業だけ。

 これなら何とかなりそうだ。



 思えば、今回が初めて他の冒険者たちと集団で受ける依頼である。

 俺は薬草の仕分けを続けながら、周囲にいる人たちに視線を向けた。


 冒険者ギルドの素材倉庫に集まったのは、総勢七人。

 まず、監督役の冒険者ギルド総務担当メイロ。

 そして、宿舎組の手伝い級からレイトとルークと俺。

 最後に、通い組の手伝い級からルト、マリイ、ヒロマル。


 通い組の三人は冒険者ギルドで度々見かけていたし、挨拶くらいは交わしたことがあるけれど、しっかりと話したことは無い。


 依頼前に軽く自己紹介をした時の印象では。


 ルトが、紺色の髪にこげ茶色の瞳をした人懐こい印象の人族の男の子。

 マリイが、黄色髪に黄色い瞳の人族の明るい女の子。

 ヒロマルが、茶色の髪に赤い瞳。多分だけど、犬人族の男の子。ニコニコと笑顔を浮かべているけれど、口数が少なくて自己紹介も最小限だった為、子の子だけよく分からない。

 名前の響きは聞き覚えのある感じだけど、これは偶然なのかな?

 少なくとも、この辺りで聞く響きの名前じゃ無い気がする。


 といった感じだ。


 慣れているのか、皆はそれぞれのやり方で薬草の山を仕分けている。

 その手際は、早くて丁寧。


 俺も気合を入れて、薬草の仕分け作業に集中していく。




「うん。この依頼はたまに出されてるよ。なんかパンドラの森の何処かにこの三つの薬草の群生地があるらしくてね。そこから一気に回収してくるパーティーがいるらしいんだ。普通の薬草採取依頼は、採取した薬草を決まった数で束ねたものを買い取るっから、こういう事は無いんだけどね。そのパーティーは一度で大量に持ち込むから、例外的に数じゃなくて重さで買い取ってるらしいよ。その分、買い取りの値段も下がるんだけど、数が数だけにパーティー側も面倒な作業をするよりもマシだって」


「それで皆、仕分けに慣れてるんだ」


 作業にも少しずつ慣れてきたんで、近くで作業してたルトに話しかけてみたら、話の流れでこの依頼の裏話について楽しそうに教えてくれた。

 まあ、裏って言っても、別段隠されてるってわけじゃないみたいだけど。


「まあね。僕の場合はそれだけじゃないけど」


「それって?」


「僕のおばあちゃんが薬師でね。昔から薬草のことについて教わってるんだ」


 含みのある言い方に対し、続けて理由を尋ねると、ルトはあっさりとそれだけじゃないの意味を教えてくれた。



 ルトの話によれば、ルトの祖母はこの町の薬師ギルドに所属する薬師であり、仕事で家を空けることの多い両親も代わり、幼い頃からずっとルトの面倒をみてくれていたそうだ。

 そうして祖母と接する機会の多かったルトは、自然と薬師という仕事について色々と知ることになったらしい。


 その一つが薬草の見分け方だった。


 今も俺の隣で仕分けを行うルトは、俺が大雑把に仕分けた山の中から、さらに薬草と薬草に似た植物を仕分けている。

 そう。最初にメイロが言っていた薬草の仕分けに詳しい子の一人がルトのことだったのだ。



『薬草知識』

 それは、植物の中から特定の薬草を見分けたり、その品質を見定めたりする際に必要なスキルであり、調薬を仕事とする薬師には必須スキルの一つなのだという。


 ルトは、この『薬草知識』のスキルを習得しているそうだ。


 ただ、『薬草知識』のスキルを習得している子供たちはルトの他にもいる。

『薬草知識』の習得だけであれば、依頼を繰り返す中で、幾つかの薬草の見分け方を学べば、習得出来るからだ。


 しかし、ルトは他の子たちよりもさらに細かく仕分けを行っている。

 どうやらルトは、薬草の品質でも仕分けを行っているらしい。

 そこまで細かく仕分けを行っているのは、この中でルトだけだ。


 祖母と長く接する間に、ルト自身もまた薬師という職業に興味を持ったらしい。

 そこでルトは、祖母から手ほどきを受けるだけでなく、家にあった祖母の手書きの薬草図鑑を熱心に読み込むことにより、『薬草知識』のスキルを研鑽してきたのだという。


 だからこそ、ここに集まった子供たちの中で、最も『薬草知識』のスキルレベルが高いのはルトなのだそうだ。

 それを鑑みて、この依頼はルトへの優遇依頼としても出されているらしい。


 そうして話す間にも、その手は他の誰よりも素早く、細かく薬草の仕分けを続けていた。



『薬草知識』か。


 便利なスキルではあるけれど、俺がそのスキルを取得するにはいまいち理由が乏しい。

 たまに出されるこの依頼のためだけに、『薬草知識』のスキルを取得するのはちょっとな。


 薬師として稼ぐことが出来るなら、取得する理由にもなるけれど。



「薬師に興味があるっていうなら、将来は薬師になるの?」


 俺がそう尋ねると、ルトは笑顔で頷いた。


「うん。薬師になりたいって思ってるよ。その為に調薬の勉強もしてる。でも、僕はおばあちゃんと違って、薬草の採取も自分で出来るようになりたいんだよね。それでいつか、自分の手で採取した薬草をおばあちゃんに使ってもらいたい」


 ルトはキラキラした目で、それを語っている。

 きっとそれが、ルトの夢なのだろう。


「僕が冒険者ギルドに登録してるのはその為なんだ。まあ、手伝い級から始めたのは家に負担を掛けず、冒険者になれるからっていう理由だけど。あと、ちょっとしたお小遣い稼ぎになるっていうのもあるね」


 そう言って、ルトは照れくさそうに笑った。



「薬師になるって、難しいの?」


「え、君も薬師に興味があるの?」


 俺が薬師の事を尋ねると、ルトはそれまでずっと動かしていた手を止めて、こちらに身を乗り出してくる。


「あー、うん。少し」


 そんなルトの突然の勢いに、若干怯みつつも俺はルトの言葉を肯定した。


「そっかそっか! 調薬はね、すごく面白いんだよ。特にこの町は、普通の素材から珍しい素材まで手に入るから色々な薬の調薬が試せるし、冒険者が多いからお客さんもいっぱいいるんだ」


 ルトの語り口からは、薬師と『調薬』に対する強い想いが滲み出ている。

 祖母に対する思いも確かにあるのだろうが、薬師や『調薬』に対しての興味も負けないくらい強いようだ。


「あ、そうそう。薬師になる方法だったよね。薬師になるだけなら、薬師ギルドの試験を受けて合格した後、登録料の大銅貨一枚を支払えば薬師になれるよ。試験は知識問題と実技問題の二つ。合格には最低でも『薬草知識』と『調薬』って二つのスキルが必要なんだよね。『薬草知識』はともかく、『調薬』のスキルは覚えるのが難しいから、薬師になりたい人は大抵、薬師の人に弟子入りして、スキルの習得を目指すんだ」


 薬師か。

 スキルだけなら何とかなりそうだけど、問題は登録料だ。

 それにいくら薬師に需要があると言っても、すぐ稼げるようになるかは分からない。

 どれだけスキルレベルが高くても、商売はそれだけじゃないだろうし。


 薬師ギルドについて、もうすこし調べてみようかな。


「そうだっ! 薬師に興味があるんなら、今度、秘密の依頼に付き合ってみない?」


 俺が薬師について考えていたら、唐突にルトがそんな話を持ち掛けてきた。


「秘密の依頼?」


「うん。薬師の勉強にもなるし、普通の依頼よりもたくさん稼げるんだよ。ちょっと危ないこともあるけどね」


 大分、怪しい。

 でも、普通の依頼より稼げるっていうのには興味がある。

 ちょっと危ないって言うのが気になるけど。


 でもまあ、子供の言うことだし。


「どんなことをするの?」


 そうして俺は、ルトから秘密の依頼について詳しく聞いてみることにした。











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