006.ここは冒険者ギルドです

 カウンターの先に座る女性の顔には、涙の痕がはっきりと見て取れる。


 外は夜のようだけど。

 眠気の欠伸と一緒に出た涙ってことは、無さそうだ。

 それなら跡が残る程に涙を流したりはしないだろう。


 不味いところに声をかけてしまったみたいだ。

 でも今更、いいです、とも言いづらい。


 ええい。今の俺は子供。

 何にも知らない六歳児なんだ。

 ……六歳の頃って、どんなんだったっけなぁ?


「お姉さん、泣いてるの?」


 途端、空気を読まない言葉が口から毀れる。

 いや、そうじゃない。

 子供だからって、そこまで合わせる必要は無いんだ。


「ううん、何でもないの。それより、何か用?」


 そんな俺の内心を知ってか知らずか、女性はぱっと涙を拭いて何でもない風を装った。


「うん。ここって、何処?」


 だから俺も、そこは深く突っ込まず、当初の予定通りの質問で話を逸らす。

 さすがに二度目の失言は、故意だろう。

 俺はそこまで馬鹿じゃない。


 ない、よな? 過去の幾つかの記憶に思い起こした不安は、内心に留めておく。

 今、それを成せていれば、過去なんてどうでもいい事だ。

 所詮、違う世界での出来事なのだから。


「ここは、イストールの冒険者ギルドよ」


「イストール?」


「そこから? イストールはアルステム王国の辺境の町。魔境の一つ、パンドラの森に最も近い町よ」


「パンドラの森?」


「そう。ジルドたちが貴方を見つけた森。表層ならともかく、深層は危険な魔物たちの巣窟になってるとても危険な森よ。貴方、なんでそんなところにいたの?」


 俺を見つけた冒険者たちが道中で当たり前のように倒していた魔物たちは、やはり相当に危険な魔物だったのだろう。

 見るからに危なそうなやつらばっかりだったもんな。

 俺、よく無事だったよ。


「わかんない。何にも、覚えてないの」


 こういう時のお約束として、若干の不安を覚える声音で言っておく。

 記憶喪失とでも思ってくれれば、色々と常識的なことだって聞きやすい。


「そう」


 俺の言葉にそれだけ告げると、女性は黙り込んでしまった。

 どうやら俺の態度は、彼女の興味を全く引かなかったらしい。

 そう思っていたら。


「貴方、何歳?」


 唐突に年齢を聞かれた。


「えっと、六歳」


「だったら、孤児院に行くといいわ。教会が運営してるからちょっと厳しいとこだけど、少なくともあそこにいれば食べることや寝る場所に困ることは無いから。貴方の年齢なら、まず受け入れて貰えるはずよ」


 親切なようでいて、何処か投げ遣りな言葉が返ってくる。

 もう涙こそ流しちゃいないが、先ほどから何処か上の空で、心ここにあらずといった様子といい、随分とやる気の無さそうな態度だ。

 これは俺が子供だからなのか、それとも先ほど流していた涙が関係しているのか。時間帯故って可能性もあるかな。


 と、それはともかく。

 孤児院。そんな選択肢もあったのか。

 よくよく考えてみれば、小説でもあるあるな定番じゃん。

 善良か悪徳かは、物語によって分かれるけど。


 それに言われるまで思い至らなかったのは、偏に誰かを頼って生きるという発想が俺の中に無かったからだ。


 食事と寝床の心配がないというのは悪くない。

 一先ず寝床の候補の一つに、覚えておくとして。

 それよりも俺には、まだ聞いておきたいことがある。


「それよりも、冒険者について教えて」


 俺がそれを口にした瞬間、それまでぼんやりとしていた女性の目に光が宿ったような気がした。


「貴方、冒険者に興味があるの?」


「うん」


「そう。六歳だと、さすがにまだ早いとは思うけど。まあ、丁度暇していたとこだし、いいわ。教えてあげる。でも、冒険者のことって、どんなことが知りたいの?」


 それが自身の仕事だからか。それまでは何処か投げやりな話し方だったが、今の声からは仕事に対する矜持のようなものを感じる。

 仕事に関係ある言葉を聞いて、仕事モードに入ったのかな?

 冒険者関連の質問であれば、しっかりと答えてくれそうだ。

 そう感じた俺は早速、気になっていたことを聞いてみることにした。


 で。

 最初の方こそ、こっちとしても知らないことが多すぎて、何処から聞けばいいのか分からず、女性としても子供相手で何処まで理解出来るのか分からずに、グダグダな言葉の応酬に。

 しかし、話が進むにつれてこちらの理解度も上がり、女性側も俺がただの子供では無いと分かってきたようで、次第に建設的な質疑応答が出来るようになっていった。


 その結果を分かりやすくまとめると。



 まず、ギルドについて。

 これは同種の仕事を行う人たちが、全体の仕事を円滑に進ませるために集まって作った互助会のようなものらしい。

 その町限定という小さな範囲の組織から、国という括りで活動する組織や、国家という枠組みすら超えた組織などもあるのだとか。

 ちなみに、冒険者ギルドは国家を越えて世界中に存在している巨大組織の一つなのだそうだ。


 この冒険者ギルドの主な役割は、冒険者たちへの依頼の斡旋や、素材の買い取り。そして、冒険者たちへのランク付けによる信用の証明。


 登録には簡単な試験と登録料の支払いが必要。

 俺が気になっていたような登録の年齢制限は無いらしい。


 規則なんかも一応あるけど、冒険者ギルドは世界中に支部を持つ組織だから、あちこちの国や地方によって色々と常識は変わっていくため、一貫して決められた規則っていうのは、あんまり無いんだと。

 だから各地の冒険者ギルドをまとめるギルドマスターが、一定の裁量権を与えられていて、独自の規則を作ったりしているそうだ。

 まあでも、元来冒険者というのは行動の自由を縛られることを嫌う傾向にあるらしくて、しかも強い冒険者ほどそれが顕著らしいんで、その規則もガッチガチな感じでは無いみたい。それをやっちゃうと、冒険者たちが仕事をしてくれなくなって、冒険者ギルド的にも困るからって。持ちつ持たれつって奴だ。

 だからどちらかって言うと、冒険者ギルドの規則は注意とか助言って感じのものが多いらしい。

 そのランクで何処其処に向かうのは危ないぞって言う感じ。

 それでも自分で決めて手を出すのであれば、後はその人の自己責任。

 自由には代償が伴うってことだ。



 次は冒険者について。

 冒険者っていうのは、どんな人でも上を目指せる実力重視の生き方だ。

 自由を望み、縛られることを嫌うため、冒険者として行動する際は基本的に国や貴族から行動を縛られることは無いが、その代わりに守っても貰えない。

 全ての行いは自己責任。

 まあそれでも、国の中で生活する以上、最低限の法律は守る必要があるようだけど、それも冒険者同士であればその限りではない。

 殴り合い程度であれば、個人間で解決すべし。

 決闘という正式な手順を踏めば、武器を抜くような殺し合いも容認される。

 何とも恐ろしい集団だ。


 ただし、これらにも例外はある。

 その中でも特に、俺が気になったのがこれ。

 その名も若手冒険者育成支援制度。

 この制度には色々な支援が存在するが、俺に直接関係がありそうなのは手伝い級に関する事だろう。


 手伝い級。それは冒険者ギルドが冒険者に対して与えるランクの一つだ。

 冒険者ギルドのランクは一番下から順に手伝い、見習い、一人前、中堅、熟練、一流、英雄、厄災の八つ。

 その中でも若手育成支援制度が定められてからの手伝い級は、子供だけが与えられる特殊なランクとなっている。


 手伝い級になれるのは、成人未満である十五歳までの子供だけ。

 その中でも十二歳までは、冒険者ギルドに登録すると強制的に手伝い級となるらしい。

 また、十二歳になるまでは、手伝い級から上の見習い級に上がることは出来ないんだとか。

 十二歳以降は、他のランクと同じように、一定の功績を貯めた上で、試験に合格すれば昇格できるようになるそうだ。


 さて、この手伝い級。

 他のランクと比べて、依頼の受注に制限が課せられている代わりに、色々と冒険者ギルド側から保証がされている。

 一長一短のようにも感じられるが、よくよく話を聞いてみれば、俺にとってはどちらも悪くない内容だった。


 まずは依頼受注の制限。

 これはまだ戦闘能力の無い子供が、危険な依頼を受けられないようにするための措置だ。その為、受けられない依頼というのは、戦闘が発生する可能性のある依頼全般となる。

 この町、イストールで言えば、町の外で受けるような依頼全般という範囲になるそうだ。

 まあ厳密に言えば、絶対に受けられないという訳では無いらしいけれど、幾つかの特殊な条件を満たさない限り、不可能と言ってよいだろう。


 ちなみに、他の町だともう少し制限範囲は緩いって話だから、如何にこの町が危険な辺境にあるのかをよく表している。

 ホント、良く俺は生き延びられたものだ。


 それはともかく。

 魔物との戦闘が起こるような依頼を受けたくない俺としては、願ったりかなったりな内容である。

 その分、受けられる依頼の報酬は、かなり低いものが多いらしいけれど、その辺りの問題は、保障の面でカバーされていた。


 という訳で、お次は冒険者ギルドからの保証について。

 細々とした内容は置いといて、大きく挙げれば大体二つ。


 まずは住処の提供。これは住処を持たない手伝い級の冒険者へ冒険者ギルドが宿舎を無料で解放するというものだ。

 勿論、無料なので部屋は狭いし、掃除や洗濯などは自身で行う必要はあるけれど、その辺りをしっかりとやっていれば、家賃は一切取られないとのこと。

 最悪、野宿まで考えていた俺としては、粗末とはいえ屋根とベッドがあるだけでも、十分に快適と言える。


 もう一つの保証は、安価な食事の提供。冒険者ギルドに併設された酒場では、酒やその肴以外にも食事を提供しているそうだ。そこで食事をする時に、手伝い級は値段を割引してもらえるのだという。それに、手伝い級限定のメニューもあるのだとか。お子様ランチ?


 仕事でお金を稼げて、おまけに食と住の問題が解決するって、もうそれ最高じゃん。

 今の俺にとって、最も必要と思えるものが全て存在している。


 あとは登録料のことだが。

 大人が登録する見習い級の登録料は、大銅貨一枚だが、子供が登録する手伝い級の登録料は銅貨一枚。

 しかも、登録料が手元に無いようなら、冒険者ギルド側で立て替えることも出来るという。立て替えたお金は、後日、依頼の報酬の中から支払えば良いそうだ。


 決定、かな。



 ちなみに、これらはここ百年の内に出来た比較的新しい制度らしい。

 作ったのは先代のグランドギルドマスター。

 グランドギルドマスターっていうのは、全世界の冒険者ギルドを束ねる頂点に存在するギルドマスターのこと。その先代さん。

 色々と伝説を残している人らしく、冒険者を志す人たちの中ではかなり有名な人物らしい。


 この話をしてくれた受付の女性、イザベラさん曰く、全冒険者の憧れの存在なんだって。それを話すイザベラさんの目も、心なしかキラキラと輝いていた。

 ちなみに元冒険者で、冒険者だった時の最終ランクは英雄級。

 厄災級は、手伝い級のようにちょっと特殊なランクってことだから、実質的に最上位の冒険者ってことだ。


 そんな人間ですら、当時は各所からかなり反対意見が出たらしい。でも、グランドギルドマスターはその全ての反対を押し切って、この制度を作ったんだって。


 その甲斐あってこの制度が出来てからは、子供の冒険者や年若い冒険者の生存率が飛躍的に向上したそうだ。


 とりあえず、心の中で感謝しとこう。







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