007.試験を始めましょう

 最後に他のギルドについても、ちょっと尋ねてみたが、冒険者ギルド以外で俺がすぐにでも働けそうなギルドは無いようだった。

 一応、商人ギルドってとこに行けば、子供でも仕事先を紹介してもらえることがあるらしいけど、その場合は信用のある人からの紹介が必要なんだとか。

 今の俺には無理。


 その点、実力重視の冒険者ギルドは単純だ。

 依頼を熟せる実力さえあれば、あとは何も要らないのだから。


 これは、決定だな。


 聞きたいことを粗方聞き終えた俺は、冒険者ギルドへ登録する決意を固めていた。

 とりあえず、何としても冒険者ギルドに登録して、ここでお金を儲ける。

 そのお金を初期投資として、ギフト『捧金授力』を回していくのだ。


「イザベラお姉さん。ボク、冒険者ギルドに登録したい」


 真剣な表情で、俺は胸の内をイザベラさんへと伝えた。

 そんな俺に対して、イザベラさんの反応は。


「う、うーん。それはちょっと……」


 困り顔。


 だよね。

 いくら年齢制限が無いとはいえ、イザベラさんが最初に言っていた通り、六歳はちょっと早すぎる。分かってたさ。


 それでも、俺はここで働きたい。

 何としても、ここで働いてお金を稼ぐのだ。


「お願い、イザベラお姉さん。せめて、試験だけでも受けさせて」


 普通の六歳児だったら不可能なことも、俺だったら出来るから。

 力仕事はさすがに難しいけれど、頭はそこまで悪くないから。

 だからっ!


「うーん、……じゃあ、手伝い級の試験だけでも、受けてみる?」


 俺の必死な頼みを受けて、イザベラさんは心が揺らいだのか、難しい顔をしながらも一先ず了承をしてくれた。


 よしっ。まずは、第一関門突破だ。




「さて、試験のことなんだけど。手伝い級の試験は、手伝い級で受けられる雑用依頼を一つ、受注して熟すこと。つまり君が一介の冒険者として、しっかりと依頼者の要望通りに依頼を熟せるかどうかを試すためのものなの。だからこれから君にしてもらうのは、そういった雑用依頼の一つになるんだけど……」


 そこまで告げたイザベラさんは、冒険者ギルド内を一通り見回して。


「そうねえ。あれにしましょうか」


 一つ頷くと、手元の紙に何かを書き始めた。


「はい。これが、君の試験内容よ」


 そうして差し出してきた紙は、背後の掲示板に貼られた紙と同じ依頼が書かれた用紙。


 推奨ランク:手伝い

 依頼種別 :雑用依頼

 参加上限 :1名

 依頼者  :冒険者ギルド 受付担当イザベラ

 依頼場所 :冒険者ギルド

 依頼内容 :冒険者ギルド内の清掃 詳しくは依頼者から説明

 報酬   :鉄貨5枚

 依頼期間 :本日夜から朝にかけて


 依頼内容は、冒険者ギルド内の清掃。

 依頼期間は夜から朝にかけて。

 依頼者の項目には、イザベラさんの名前もあるし、まさに今、俺の為に用意された依頼という訳だ。


 詳しくは依頼者から説明と書かれているけど。

 俺がチラリと依頼用紙から顔を上げると、イザベラさんが真剣な表情で、じっと俺の様子を見つめていた。その目は俺の一挙手一投足をつぶさに観察しているようだ。


 つい先ほど、イザベラさんの告げた言葉が思考を過ぎった。


 一介の冒険者として、しっかりと依頼者の要望通りに依頼を熟せるかどうかを試す。


 試験はもう始まっている、ということか?

 だとしたら、その通りに行くか。

 幸い、清掃ならバイト時代からガッツリと行ってきた。さすがに専門的な薬品などを使うとなると分からないことも多いけど、普通に掃除するだけであれば大丈夫。

 つまり、俺の得意分野だ。


 さて、まずは依頼の内容についてしっかり聞かないと。


「この依頼を受ければいいの?」


「そうだけど。もしかして君、文字が読めるの?」


「え、うん」


 あれ? なんか、思っていた反応と違う。

 そう言えば、六歳児って文字読めるのか?

 やば、怪しまれたかな?


「へえ。すごいのね。大人でも読めない人がいるのに。なら、代わりに読む必要は無さそうね」


 識字率の問題もあったか!

 でも、驚かれてはいるけれど、怪しまれてる感じはない。

 すごい事ではあるけれど、出来る子供はいるって感じか?

 まあ、おかしくないなら良かった。

 このままでいこう。


「依頼を受けるには、どうすればいい?」


「そうね。じゃあ、依頼受注の方法から説明していくわね」



 そうして説明された依頼の大まかな流れは。

 まず、掲示板から受けたい依頼の用紙を外して、依頼受付まで持っていく。

 この際、常設依頼という依頼種別の依頼は、紙を外さなくても受けることが出来るそうだ。さらに、受付が空いている時間帯であれば、受付で自分にあった依頼を探してもらうことも出来るという。


 次は、依頼受付で依頼の受注処理を行う。

 受付に依頼用紙と冒険者ギルドが発行するギルドカードなるものを一緒に提出して、依頼の受注処理を行ってもらうそうだ。

 ちなみに、ここで依頼に関する情報をもう少し詳しく聞くことも出来るので、初めて行う依頼の場合は、受注処理の前に依頼を受ける上での注意点などを聞いておくことがお勧めらしい。


 これが依頼を受けた際の大まかな流れ。

 雑用依頼の場合、このあと依頼者に会って、依頼の内容を詳しく聞いた後、依頼を行い、依頼が終わったら依頼者に完了報告を行って、依頼用紙にサインをしてもらう。

 そうして、最後にサインの入った依頼用紙をギルドカードと共に完了受付に持っていけば、依頼は終了。

 依頼に見合った報酬を受け取れる。



「という感じね。分かった?」


「うん、分かった。それで、冒険者ギルド内の清掃って、何処から何処までを掃除すればいいの?」


「そうねえ。まず、階段から上はしなくていいわ。掃除するのはこの部屋内だけ。受付の内側もお願いするけど、机の上に置かれた書類とかは触らないようにね。あとは、酒場の方も、しなくていいわ。どうせ、すぐまた汚れるから」


 酒場に目を向けたイザベラさんは、そこで暴れる冒険者たちを一瞥して、溜息と共に呟いた。

 正直、それは助かる。あの酔っ払いたちには、出来る限り近づきたくなかったから。


「掃除の道具は、そこに置かれているものを好きに使っていいわよ。他に何か聞いておくことはある?」


 少し考えて、俺は首を横に振る。


「ううん。大丈夫」


「そう。また何か分からないことがあったら、遠慮せず私に聞いてね」


「うん!」


「いい返事。じゃあ、お願いね」


 そうして俺は、初めての依頼に取り掛かった。



 掃除をするにあたって、まずは冒険者ギルド全体をざっと見渡す。

 どうやら冒険者ギルド内は定期的に掃除されているようで、そこまで酷い汚れというのは見当たらない。

 それでも汚れているように見えるのは、多分冒険者たちの仕事が汚れやすい仕事だからだろう。

 これなら後は、ごく普通に掃いて、拭けば綺麗になる。

 すると大切なのは、知識や技術よりも、丁寧に、そして念入りに行うことだ。

 ようは根気。



 集中して行ったからか、それとも最初から掃除が行き届いていたからか、程なくして部屋はピカピカになった。

 集中していたせいで、つい酒場の方までやっちゃったけど、あの酔っ払い冒険者たちば、俺の頭を撫でることはあっても、暴力を振るうようなことは無かった。

 それどころか、おつまみを分けて貰っちゃったよ。

 実は結構、良い人たちなのかも。

 ちょっと酒臭くて、絡みが煩かったけど。

 そこはまあ、ご愛敬。


 そうして俺は、イザベラさんに完了の報告を行ったのだが。


「掃除、終わったよ」


「………………」


 イザベラさんは目を見開いて、俺を凝視していた。

 えっと。


「イザベラさん?」


「はっ。ごめんごめん。あまりに手際がいいものだから、ちょっと魅入っちゃって。ショーゴくんはもしかして掃除が好きだった?」


「え、別に」


 得意ではあるけど、好きなわけじゃない。

 もしも好きなら、無心である必要なんてないだろう。


「慣れてるだけ、かな」


「そう、なの? それにしても、すごい集中力だったわね。結局、酒場の方まで掃除してもらっちゃって。まあ、既に汚れ始めてるけど」


 綺麗に掃除した酒場の床は、早速冒険者たちによって汚され始めていた。

 そう言えば、酒場の方は掃除しないでいいって言われてたのに、掃除しちゃったよ。

 久しぶりのまともな仕事だったから、ついつい集中しすぎちゃった。

 けどこれって、依頼人の要望通りに依頼を熟せるかの試験だったよな。

 もしや、減点だろうか?


「やりすぎちゃって、ごめんなさい」


「え? ああ、それはいいの。私は酒場を掃除しなくていいとは言ったけど、掃除しちゃいけないとは言ってないし。時間的にも、まだまだ余裕はあるから。でも、依頼を受ける時には、ちょっと気を付けた方がいいかもしれないわね。そこが入っちゃいけない場所だったりしたら、最悪罰金なんてことになっちゃうこともあるから」


「分かった。気を付ける」


「そうして。それで、依頼に関しては文句なしの大成功ね。これだけ丁寧な仕事が出来るなら、こちらとしても安心して依頼を任せることが出来るわ」


「じゃあ?」


「ええ。私こと冒険者ギルドイストール支部受付担当のイザベラがショーゴくんの冒険者ギルドへの登録を認めます」


「やったぁー!」


 身体の奥底からこみ上げてくる喜びの波に、思わず身体が反応してしまったけれど、時間差で酒場の方からパラパラと拍手の音が聞こえたことで、ちょっと正気に戻る。


 年甲斐も無く、叫びながら本気で飛び跳ねてしまった。











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