008.手伝い級の冒険者になりました
「さあさあ。それじゃ、この登録用紙にショーゴくんのステータスを書いてもらうわよ。ああ、代筆は必要?」
「ううん、大丈夫」
渡された登録用紙に必要な情報を記入して返すと、それを受け取ったイザベラさんが受付カウンターの向こう側で何か作業を始めた。
そして、差し出された不思議な箱に手を置いたりした後。
「それじゃ、これが君のギルドカードよ。もし無くしちゃったら、再発行するのに銀貨一枚も必要だから、絶対無くさないようにね」
差し出されたのは、名刺よりもちょっとだけ大きなサイズのカード。
色は光沢のある赤色で、材質は金属のように硬いけれど、触れた事のない不思議な感触。
どんな素材で出来てるんだろう?
表には冒険者ギルド所属の手伝い級という文字と、俺の名前であるショーゴが記されている。他にも幾つか。
この辺りは俺が登録用紙に記入した内容だ。
実はこの内容、ステータス通りに記入する必要は無いらしい。
空白や、いっそ虚でもいいそうだ。
ただし、実力を偽って分不相応な依頼で死んだり、嘘がばれて冒険者たちから爪弾きにされたとしても、全ては自己責任。
これは冒険者ギルドのスタンスが反映された結果なのだそうだ。
どんな人間でも受け入れるし、道半ばで去るのも構わない。
まさに、来るもの拒まず去るもの追わずの精神。
懐が深いと言えば聞こえはいいけど、要は清濁合わせたごった煮ってこと。
まあそのお陰で、俺のような素性が定かでない子供でもここで働けるんだから、大変有難い事である。
おまけに、冒険者同士では過去を詮索する行為は好ましくないとされているそうだ。
どんな理由があろうとも、冒険者としてしっかり今を生きていれば問題は無し。
ってことらしい。
色々と隠しておきたいことがある俺にとっては、願ったり叶ったり。
ただし、俺のような天涯孤独の孤児であっても受け入れられるが、中には他国で犯罪を犯して逃げてきたような危険人物なんかも混じるという。
有難いは有難いことだけど、長居はちょっと遠慮したい。
『捧金授力』を回せる分のお金を稼いだら、早めに別の稼ぎ方へ移ろう。
「さて。ギルドカードも渡して、冒険者の一員になったところで、そろそろお待ちかね。今回の依頼の報酬を支払いましょう」
「え。報酬も貰えるの?」
てっきり、試験としての形だけの依頼だと思ってた。
「勿論よ。依頼は依頼だもの。達成出来たなら、しっかりと報酬は渡すわ。それが冒険者ギルドの理念よ。それと、登録料の支払いは余裕が出来てからでいいから、今回はそのまま受け取って。という訳で、はい」
カウンターの上に置かれたのは、鉄色の硬貨。
その数は、十枚?
「依頼の報酬は鉄貨五枚だったんじゃ」
「予想以上にしっかりと働いてくれたからね。私の方でちょっと報酬に色を付けておいたわ。依頼人によっては、次回の働きを見据えてこういうことをしてくれる人もいるの。覚えておくといいわ」
なるほど。依頼者にもよるけど、しっかり働いていたら見返りはあるかもってことね。
にしても、元が少ないとはいえ、元の報酬の倍。
これは確かに、次の依頼にも気合が入る。
俺はカウンターの上に置かれた十枚の鉄貨を手に取り、ポケットに入れた。
『無限財布』も一度使ってみたかったが、当たり前に使っても良いものなのか分からなかったので、今はこのまま持っておく。
あとで一人になったときに使ってみよう。
冒険者というお金を稼ぐ手段を得て、初めての報酬も貰った。
あとは当面の寝床をどうするかって話だが。
俺には今、二つの選択肢がある。
一つはこのまま冒険者ギルドの若手冒険者育成支援制度を使って、無料の宿舎を利用させてもらうこと。
そしてもう一つは、イザベラさんが最初に教えてくれたように、孤児院へ行くことだ。
冒険者ギルドの宿舎については、イザベラさんから詳しく聞いた。
だが、孤児院についてはまだ、あまりしっかりとは聞いていない。
しいて言えば、孤児院なら食事の心配も無いってことくらいか。冒険者ギルドの宿舎を利用する場合は、食事が安くなるだけで、無料になるって訳じゃ無いらしいから、そこだけ見れば孤児院の方がお得だ。
でも、それ以外の所ではどうだろう?
その辺りのことを改めてイザベラさんに聞いてみると、あまり詳しく知っている訳じゃないけれど、という前置きの後に色々と教えてくれた。
この町の孤児院は教会への寄付金で運営されており、決して裕福な生活では無いけれど、子供たちへの最低限の衣食住はしっかりと保証されているそうだ。
その代わり、孤児院で暮らす子供たちには様々な労働が課せられているらしい。
例えばそれは、町での奉仕活動への参加であってり、教会の手伝いであったり。他にも孤児院で暮らす上での家事等も、当番を決めて持ち回りで行っているそうだ。
勿論、それらは子供たちに出来る範囲の仕事であり、無理をさせるような事は無いようだが、思った以上にやることは多そうである。
さらに孤児院で暮らす子供たちには、将来の生活で苦労しないようにと、孤児院側で一定レベルの勉学まで教えているらしい。
とはいえ、子供たちには自由に遊ぶ時間として休日や休憩時間も十分に与えられているそうだし、労働も衣食住の対価と考えれば、そこまで酷いものでも無いだろう。
勉学にしても、こちらの世界に詳しくない俺にとっては悪くない。
だが、孤児院には決定的に俺と相容れない問題があった。
なんと、孤児院に住む子供は、冒険者になることが出来ないのだという。
え、どういうこと? と、もう少し詳しく聞いてみると、この町の孤児院の方針で、孤児院に暮らす子供たちには、冒険者として稼ぐことを許可していないのだそうだ。
それどころか、冒険者として生きることも推奨していないという。
その代わり、孤児院に住む子供には、伝手を使って孤児院を出た後の進路まで世話してくれるらしい。
だったら、最初から住む場所は一択だ。
すぐにでもお金を稼ぐ手段が欲しい俺にとって、そこは譲れない条件なのだから。
という訳で、孤児院を住処とする案は却下。
大人しく冒険者ギルドの宿舎を利用させてもらおう。
そう考えたんだが。
「ごめんね。本当はすぐにでも案内してあげたいところなんだけど、朝の当番の子が来るまで、私はここを空けられないの。だから、もうちょっと待っててくれる?」
イザベラさんは朝になるまで、受付を離れることが出来ないのだという。
出鼻をくじかれてしまった。
冒険者ギルドの宿舎はそう遠い場所にある訳では無いそうだけど、勝手の分からない世界で、いきなり一人行動するというのも少し怖い。
窓から見える外の景色は真っ暗闇。こんな場所で迷子になってしまったら、朝まで暗闇の中を彷徨う羽目になりかねない。
誰かほかに、暇そうな人がいれば……チラリと、酒場に死線を向けてみる。
いや、あの酔っ払いたちに案内を任せるのは無謀だろう。危ない人たちではないってことは分かったけれど、だからってその行動に信頼が出来る訳では無い。
素面であれば、また別だけど。
それならば、イザベラさんの仕事が終わるまで、ここで待っている方が良いだろう。
イザベラさんに聞きたいことはまだあるし、冒険者ギルドの中を見て回るのも悪くはない。やることは色々と見つかりそうだ。
そんなわけで、そこからはイザベラさんに冒険者ギルドにある施設の説明や、この町についての話を聞いたり、酒場の酔っ払い冒険者たちに絡まれつつも酒のつまみを分けて貰ったり、依頼掲示板に貼られた依頼の数々を確認したりと時間をつぶして、あっという間に朝が来た。
「じゃあ、行きましょうか」
「うん」
冒険者ギルドの職員たちが出社してくると、イザベラさんは引継ぎを終えて、俺を促す。その先は、冒険者ギルドの奥へと続く通路。
一度外に出て、回り込んでいく方法もあるらしいけど、こちらの方が近道なんだとか。
通路の先は、学校の運動場より少し狭いといった感じの訓練場。まだ早朝と言うこともあり、利用者は一人もいないけど、普段はそれなりに訓練を行う冒険者たちで賑わっているらしい。隅の方には訓練に使うと思われる的や丸太といった物が置かれている。
そこを抜けて裏道に出ると、朝日に照らされた建物が幾つか見えた。
道は土を固めた簡素なもので、建物は木造が多い印象。冒険者ギルドの建物は、石造りのようだけど。全体的に、何処か田舎の町並みを彷彿とさせる。
その内の一つに冒険者ギルドの宿舎があるそうだ。
「この時間帯なら、みんな起きてるはずだから、紹介も済ませておきましょう」
「みんな?」
「他の宿舎を利用している手伝い級の冒険者たちよ。宿舎の利用方法については、その子たちから聞くといいわ」
二つの意味で先輩方ってことか。
人間関係は色々とトラウマがあって嫌厭気味だけど、これから暫く共同生活を送る人たちだ。
子供だからって甘く見ず、真摯に付き合っていこう。
俺が決意を新たにしている間にも、イザベラさんはどんどんと先を目指して歩いていき、一つの建物の前で立ち止まった。
「ここが冒険者ギルドの宿舎。これからショーゴくんが住む場所よ」
そこは二階建ての木造建築。かなり年季の入った建物で、よく見ればあちこちに傷が見られる。
だが、汚れているといった印象は無い。
建物の前にある庭のような空間は、草がしっかりと刈り取られており、小さな畑のような場所には見た事のない植物が植えられている。
イザベラさんが玄関の扉を開けて中に入っていく。
俺もその後に続いて、建物の中に入る。
「この時間ならみんなは食堂かな」
そんなことを呟きながら、イザベラさんはずんずんと建物の中を進んでいき、一つの扉を開けて中に入っていった。
中には縦長の机を囲んで座る六人の子供たちの姿。
その視線が一斉に、こちらを向く。
「おはようございます、イザベラさん。――その子は?」
その内の一人、豊かな金髪に猫耳を生やした少年が全員を代表して尋ねた。
「新しく冒険者になった人族のショーゴくんよ。ロダンくん、色々教えてあげてね」
「人族のショーゴだよ。よろしく」
イザベラさんに続いて、気さくに挨拶をする。
「ああ――かなり小さいようだが、年齢は?」
「六歳だよ」
ロダンの言葉にそう返すと、その顔が困惑に変わった。
「さすがにその年齢で冒険者は、幼過ぎないか?」
「大丈夫。しっかり働くから」
「それは……いや、そうか。俺は獅子人族のロダンだ。こちらもよろしく頼む」
言いかけた言葉を途中で飲み込み、ロダンは一つ頷くと自己紹介をしてくれる。
ちなみに獅子人族は獅子の獣人のことらしい。
この世界に住まう人種の一つだ。
これは、大丈夫っぽい?
その後、他の子どもたちも順番に自己紹介をしていく。
年齢順に上から。
ライオンのたてがみを彷彿とさせる金髪で金眼の十四歳の獅子人族の男の子、ロダン。
黒髪黒目の少し親しみやすい色合いをした十三歳の人族の男の子、レイト。
背まで伸びた金髪に青い瞳の十三歳の人族の女の子、アニア。
白色の混じった薄い水色の髪と赤い瞳、そして頭からは真っ白な長い耳が伸びる十二歳の兎人族の女の子、ルッコラ。
俺と同じくらいの低身長だけど横幅は既に筋肉の分厚い鎧を纏った、こげ茶色の髪に黒い瞳を持つ十一歳のドワーフの男の子、リケット。
そして一番下がレイトと同じ、黒髪黒目の十歳の人族の男の子、ルーク。
これからは、俺が一番下になるね。
まだ、簡単な自己紹介しかしてないけど、取り立てて悪そうな雰囲気の子たちはいない。
そこにちょっと、安心した。
「ああ、そうそう。これをショーゴくんに渡しておくわ」
全ての自己紹介が終わった所で、イザベラさんが鍵を手渡してくる。
「ショーゴくんの部屋の鍵よ。場所は、ここのみんなに聞いて。それじゃ」
そうしてイザベラさんは俺を残して帰っていった。
イザベラさんが帰った後。
「とりあえず、座るといい」
扉の前で立ったまま俺に向かって、ロダンが空いている椅子を指して、勧めてくれた。
「朝食は必要か?」
座った俺に対して、ロダンが尋ねる。
十四歳っていうと、中学生ぐらいだろうか。
ロダンの話し方は随分と大人びて見える。
ほかのみんなも、初対面で緊張しているのか、口数が少ない。
何だか妙な空気だ。
「あ、うん。いや、大丈夫。お腹は空いてないから」
空気に押されて、ちょっと言葉に詰まってしまう。
これは先が思いやられそうだ。
「そうか。食事が終わったら、宿舎を案内する。少し待っていてくれ」
そうして俺は、みんなの朝食が終わるまで、椅子に座って待つことになった。
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