sideイザベラ

 竜種。

 それは魔物たちの中でも、上位の実力を有する存在。

 彼らは弱肉強食の理に生き、己の強さを誇りとする。

 その為、同族が他の種族にどのような方法で殺されたとしても、報復などの行為は行わず、ただ勝者を賞賛するのみ。

 それは、竜種が持つ圧倒的な強さを示していた。

 竜種にとって他の種族など、所詮は正面から戦う価値すらない弱者でしかないのだ。


 そんな中にあって、特に高位の竜種に帝竜と呼ばれる存在がいる。

 帝竜とは、六匹の竜種。

 即ち、火帝竜、水帝竜、風帝竜、土帝竜、光帝竜、闇帝竜のこと。

 これらの竜種は同じ時代に一匹しか存在せず、欠けが出ると都度、その時代に生きる属性竜たちの中で、最も強い存在が欠けた帝竜へと進化する権利を得るという。


 帝竜たちは高位の竜種の常として、その強さに相応しい高い知性を兼ね備えている。

 だが、その性格は千差万別。

 弱肉強食の理を表すような好戦的な者から、反対に穏やかな気性の者、厳粛な者、理知的な者など、それぞれ。

 中には人間たちと語らい、国家を守護するような竜種もいるという。



 アムステム王国の南方に位置する辺境の町イストール。

 この冒険者ギルドにその情報が入ったのは、つい最近の事。


 曰く、闇帝竜グロウノウズがアムステム王国の南方に飛び去ったらしい。


 その時からイザベラは、ずっと嫌な予感を抱えていた。

 イザベラがイストールの冒険者ギルドに勤めだしてから、今年で十年。

 有能な受付担当として、数多の冒険者たちと顔を合わせてきたイザベラには、当然ながら冒険者の知り合いが多くいる。

 特にイザベラがまだ新人だった頃からの付き合いである一部の冒険者たちとは、もう身内と言っても差し支えないような間柄であった。

 だからこその不安だ。

 闇帝竜グロウノウズの事は、冒険者ギルドの職員として色々と聞いている。

 現存する六匹の帝竜の中で最も若い竜種だが、その性格は非常に好戦的で、話の通じない類いであると。

 もしも闇帝竜グロウノウズの討伐が決定されれば、彼らが依頼を受けるかもしれない。

 如何に闇帝竜グロウノウズが年若き帝竜であろうとも、帝竜の一匹であることに違いは無いのだ。故にその強さは、災害と呼ぶに相応しいもの。

 たとえ討伐依頼に呼ばれるのが、ベテランと呼ばれる熟練級から一流級の冒険者たちであったとしても、生きて帰れる可能性は限りなく低い。


 そして、イザベラの嫌な予感は現実となった。


 闇帝竜グロウノウズが住み着いたのは、事もあろうに魔境パンドラの森。

 そこは凶悪な強さを持つ魔物たちが跳梁跋扈する王国屈指の危険地帯だ。

 もしもそんな場所で、さらなる強さを持った闇帝竜が暴れたら、パンドラの森は騒乱の坩堝と化すだろう。

 その影響は当然、パンドラの森の近くにあるイストールにも波及する。下手をすれば、その先にまで被害が出る可能性さえあった。

 迅速なる討伐を。それがイストールの冒険者ギルドを統括するギルドマスターの決定。

 先の可能性を考えれば、それは英断と言える。

 だが、闇帝竜に対抗できる戦力である英雄級の冒険者パーティーは、一番近くて王都に滞在している者たち。

 今から連絡を入れて、早馬を酷使させたとて、到着まで十数日は掛かる距離だ。

 状況を考えれば、とてもではないが待っていられる時間は無い。

 その結果、この依頼はイストールの高ランク冒険者たちに託されることとなった。


 依頼の発行手続きを行うのは、イザベラの仕事だ。

 イザベラも頭では理解していた。これが必要なことなのだと。

 だが、心がそれを拒絶していた。イストールの冒険者たちを、死地へ向かわせたくはない、と。

 それでも優秀なベテラン受付担当であるイザベラの身体は、与えられた業務を淡々とこなしてしまう。

 そうして集められた冒険者たちは、イザベラの予想通り、二つ返事で依頼を受けた。

 町を守るため、莫大な報奨を得るため、竜殺しの栄誉を掴むため。

 何よりも英雄級という冒険者たちの頂に、一歩足を踏み出すために。

 意気揚々と出発していった冒険者たちは熟練級から一流級まで五パーティー、二十八名。

 その中には、新人時代のイザベラが初めて冒険者登録を担当した冒険者たちもいた。



 日は沈み、夕焼けが闇に染まりだした頃、冒険者たちはパンドラの森より帰還する。

 荷車の上には、討伐した闇帝竜グロウノウズの巨大な頭部。他の部位は、冒険者たちが持つ、空間魔法を付与して多くの荷物を収納出来るようにした魔導具、収納袋に納められている。

 本来なら血の匂いを漂わせれば、魔物たちがわんさかと寄ってくるが、闇帝竜ほどの強力な魔物の血は、逆に他の魔物を寄せ付けない。その為に彼らは、敢えて頭部を荷台に乗せて引いてきたのだ。


 その闇帝竜グロウノウズの頭部は、彼らが討伐を成功させたという証でもある。


 だが、その代償はあまりにも大きかったようだ。

 帰還した冒険者たちは、総勢で七名。それと途中で拾ったという子供が一人。

 出発時の数と比べれば、明らかに少ない。その上、生きて帰った彼らも、無傷の者は一人としていなかった。

 そこにいない者たちの行方など、聞くまでも無いだろう。

 だがそれでも、イザベラは聞かずにいられなかった。


「天陽の光は、レクスたちは……」


 尋ねられた冒険者の男は、一瞬酷く辛そうな表情を浮かべた後、無言のまま何かを押し殺すかのように悲し気な瞳で苦笑いを浮かべる。

 彼は知っていた。天陽の光のメンバーは、イザベラが初めて冒険者登録を行った特別仲の良い冒険者たちであることを。

 何故なら、彼にとっても天陽の光のメンバーは、若手の頃からずっと目をかけて世話をしてきた後輩冒険者たちなのだから。




 その日、イストールの冒険者ギルドのギルドマスターの提案で、本来ならば深夜には閉まるはずの冒険者ギルドに併設された酒場が、特別に朝方まで開かれることとなった。

 酒場は帰還した冒険者たちによる貸し切りとなり、飲み食いした代金も、ギルドマスターが支払ってくれる。

 そんなわけで、帰還した七人の冒険者たちは一人の例外も無く、酒場で思い切り飲み、食い、暴れ、笑い合い、ただひたすら騒ぎ続けていた。

 仲間を失くしたことで心に宿った暗い悲しみを、全て吐き出そうというように。


 一方、イザベラはというと、これもまたギルドマスターからの命令で、一人での夜勤当番を言いつけられていた。

 この地の冒険者ギルドはその性質上、いつでも動けるよう常に開かれているが、真っ当な冒険者ならば夜に依頼を受けることも、夜に依頼完了の報告に来ることも、殆どない。

 それ故に、夜勤当番の仕事で一番大切なのは、緊急時の対応のみ。

 今は緊急の要件が無い以上、やることは特に無い。

 精々が、書類の整理や掃除くらいだ。

 その為、イザベラは、特に何をするでもなくただぼんやりと、受付カウンターに座っていた。


 きっとこのまま帰宅して、静かな部屋に独りで居たら、色々と考えてしまい、心が何処までも沈んでいた事だろう。

 今もイザベラの心には、在りし日の思い出が、浮かんでは消えを繰り返していた。

 でも、ここにはイザベラ以外に騒がしい冒険者たちがいる。

 いつもだったら煩いくらいの喧騒が、今は何処か心地良い。

 騒がしさの中に潜む、彼らの悲しみがイザベラの心を慰めていた。

 ギルドマスターはそこまで考えた上で、傷心のイザベラに夜勤当番を任せたのだろう。

 それでも気が付けば、イザベラの瞳からはぽろぽろと涙が零れ落ち、受付カウンターを濡らしている。

 心が深く沈んでいくような事は無いけれど、それで悲しみが消えるわけでも無い。

 何もやる気が起きなくて、ただただ時間だけが過ぎていく。

 立ち直るまで暫くは、空虚な日々が続きそうだ。


 イザベラがそんなことを考えていると、急に何処からか話しかけられたような気がした。


 涙に揺れる視界には、誰の姿も映らない。

 思わず誰何の言葉が毀れると、受付カウンターの下からにゅっと子供の顔が現れた。

 確か、帰還した冒険者たちが連れていたパンドラの森で拾われたという子供。

 気を失ってはいたけれど、特に外傷は無いということで、冒険者たちが酒場の隅で椅子に座らせていたけれど、起きたんだ。


 子供に泣いていることを指摘されて、イザベラは咄嗟に涙を拭き、何でもない風を装った。

 幾ら傷心中だからって、そこはさすがに大人としてのプライドがあるのだ。


 子供は自らをショーゴと名乗り、イザベラにここは何処かと尋ねてきた。

 どうやら森で拾われる以前の記憶を失っているらしい。

 常識的なことまで忘れているとなると、かなりの重傷だ。

 幸い聞き出せた年齢は、六歳。

 それなら孤児院で面倒を見てもらえるだろう。

 仕事終わりにでも、孤児院に送っていけばいい。

 ぼんやりとそう考えていたら、ショーゴが冒険者について尋ねてきた。

 どうやら冒険者という生き方に興味があるらしい。

 冒険者に救われて、冒険者に憧れているという所か。

 冒険者ギルドへの登録に年齢制限が無いとはいえ、さすがに六歳での登録は早すぎる。

 とはいえ、頼る大人のいない孤児ということは、いずれ冒険者になる可能性は高い。

 なら、時間もある事だし、色々と教えてあげようかな。


 まだまだ先のこととはいえ、そこは冒険者ギルドのベテラン受付担当。

 仕事は仕事としてキッチリと、でも子供にも分かりやすいよう噛み砕いて、ショーゴの質問に答えていく。

 だが、話が進むにつれてイザベラは、思った以上にショーゴが自分の話を理解していることに気が付いた。

 イザベラ自身も、まるで大人と話しているかのような気分になってくる。


 よくよく観察してみると、ショーゴの着ている服は簡素なものだったが、その布地や裁縫は上等なものだ。

 もしかしたらショーゴは、貴族や大商人の子供なのかもしれない。

 そう思って改めて見てみると、何処となく高貴な顔立ちのような気もしてくる。

 貴族や大商人の子供は、幼い頃から専門の教育を受けているという噂も聞く。

 それならこの理解力の高さにも納得が出来る。

 あとで、それとなくギルドマスターに伝えておいた方がいいかもしれない。

 冒険者についての説明を続けながらも、イザベラは思考の片隅でそんなことを考えていた。



 そうして粗方の説明を終えた頃のこと。

 ショーゴは真剣な表情で冒険者になりたいと告げてきた。

 冒険者のことを聞きたいと言った時点で、予想は出来ていたことだ。

 それに加えて、若手冒険者育成支援制度の話までしたから、きっと今すぐにでも冒険者になりたいと思ってしまったのだろう。

 でもそれは、ショーゴがもう少し大きくなってからのこと。

 さすがにまだ、六歳では早すぎる。

 そう思い、やんわりと断ったイザベラだったが。


「お願い、イザベラお姉さん。せめて、試験だけでも受けさせて」


 そう言って、ショーゴはさらに食い下がってきた。


 冒険者に助けられて、カッコよい所を見て、その生き方に憧れてしまったのだろう。

 幼い子供にはよくあることだ。

 でも、冒険者の依頼というのは、そういう華やかなことばかりではない。

 特に手伝い級の冒険者であれば、受けられる依頼は雑用依頼だけ。

 どれだけ理解力があって賢くても、六歳児は六歳児。

 ましてや、真っ当な貴族や大商人の子供だとしたら、雑用依頼の内容を聞けば、嫌がるはず。

 なら、一度試験を受けさせてから、諦めさせるのも一つの手だ。

 手伝い級の試験は、特別な準備も必要無いし、どうせまだ朝までは時間もある。



 イザベラは試験についての説明をしながら、どんな試験にするかを考えていた。

 手伝い級の試験内容は、基本的に受付担当へ全面的に任されている。

 一応子供の受ける試験という事で、身体能力などを鑑みるという制約はあるけれど、それ以外は雑用依頼なら大抵は問題無い。

 ここで見るのは、きちんと責任をもって最後まで仕事を行えるかどうかだ。

 試験官は当然、受けた受付担当。この場合は勿論、イザベラだ。


 そうだ、ギルドの掃除を頼もう。

 イザベラが冒険者ギルド内を見回して、思いついたのがそれだった。

 一応、冒険者ギルド内は職員が持ち回りでこまめに掃除をしているけれど、どうしてもすぐに汚れてしまう。なので、掃除はいつだって必要なのだ。

 それにこれなら、受付カウンターを離れることなく、試験官を勤めることが出来る。

 完全に綺麗な状態へとは言わないけど、せめていつもの掃除終わりくらいに出来るなら、手伝い級として生きていけるラインだ。

 なので、それを合格ラインとしよう。


 まあ、六歳じゃこんな仕事なんてしたこともないでしょうし、しっかりと依頼通り出来るとは思えないけど。

 それならそれで、まだ早いんだって事の証明になる。

 冒険者に憧れる子供の依頼体験としては、十分だろう。


 なんて、考えていたのだが。



 ショーゴの手並みは鮮やかで、その仕事はとても丁寧。

 その小さな手を使いながらも、まるで長年続けてきた人のような手際の良さ。

 むしろ、十年続けてきたイザベラの方が参考にしたいほど、それは見事な仕事だった。

 だが、一番重要なのはそこではない。

 一つ一つの仕事に手を抜かず、細かな部分までしっかりと、じっくり掃除を続けるその姿には、六歳児とは思えない程の根気強さを感じた。

 同時にそれを維持し続ける集中力も。

 他の手伝い級の子供たちだって、ここまで一つのことに集中して仕事に挑むことは出来ないだろう。

 子供というのはどうしても、一つのことに集中し続けることが出来ないものだから。


 いや一つだけ、例外があった。

 それは、好きなこと。興味のあることだ。

 そう思いついて、思わず仕事を終えたショーゴに尋ねてみたイザベラだったが、どうやらそういう訳でもないらしい。


 慣れてるからって、一体どういう生き方をしてきた子供なの?


 でも好きなことでも、興味のあることでもないのだとしたら、あと思いつくのはショーゴはそれだけ冒険者になりたかったというくらい。

 真剣に、本気で。


 思えば上に行く冒険者というのは、登録の時からそうだった気がする。

 どんな依頼も真剣に、精一杯頑張っていた。


 天陽の光の彼らだってそうだ。

 何処までも真っすぐに、憧れを目指して突き進む。

 英雄級という夢に向かって。


 イザベラは思い出していた。

 かつて抱いていた、冒険者たちを応援する気持ちを。


 天陽の光は、レクスは、バーンは、グルセドは、エルリカは、マーリアは、道半ばで倒れてしまったけれど。

 きっと最後まで、悔いなく生き抜いた。

 そういう人たちだったから。

 だからこそ彼らは、冒険者として生きたのだ。


 これからも若手の冒険者たちはどんどん増えていく。

 私も過去を思い出して沈んでいる暇はない。

 前を向くんだ。

 前を向いて、かつての彼らのような彼らを手助けしよう。

 このイストールの冒険者ギルドの受付担当として。


 きっと彼らだって、私が沈んだままでいることは望まないはずだから。






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