009.イストールの町を探索しよう
ロダンたちの朝食を待ちながら、俺は彼らにここまでの事情を伝えた。
とはいっても、俺に言えるのはパンドラの森で拾われたことと、それまでの記憶を殆ど失っているってことくらい。
すると続いて、ロダンたちが代わる代わる、この宿舎の決まり事を教えてくれた。
例えばそれは、彼らが今食べている朝食の事。
この宿舎には共用の台所があるという。
昼食と夕食は各自で好きに取ると決めているそうだが、節約の為に朝食だけはそこで宿舎を利用する子供たちが持ち回りで用意をしているそうだ。
ちなみにここで使っている食材は、依頼先や冒険者ギルドの酒場で余ったものを貰ってきて使っているらしい。
その他にも宿舎の共用部分の掃除や、洗濯などは当番を決めて行っているとのこと。
それらの説明を一通り終えた後、ロダンが真剣な表情で口を開いた。
「これらは全て絶対にしなければいけないことじゃない。全ては自分の意志で決めることだ。どうしても参加したくないと言うのであれば、俺たちは無理にショーゴを参加させたりはしない。その代わり、参加しないと決めたなら、後は全て自分で何とかすることだ」
六歳児相手に少し冷たいようにも聞こえるが、これから共同生活をしていくのだから大切な事だろう。
参加するなら、手助けする。
参加しないなら、手助けは無し。
しっかりとした分かりやすい線引きだ。
俺の答えは決まっている。
「参加する」
俺がそう応えると、ロダンは少し表情を緩めた。
「そうか。なら、これからよろしく頼む」
「よろしくね」「よろしく」「よっろしくー!」「……よろしく」「よ、よろしく」
ロダンに続いて、レイト、アニア、ルッコラ、リケット、ルークと挨拶を繰り返していく。
「うん、よろしく」
そんな彼らの顔を見回して、俺も挨拶を返した。
朝食を終えると、彼らは各自で朝食の片づけを済ませ、ロダン以外の全員が冒険者ギルドへ依頼を受けるために出掛けていく。
「さて、分からないことも多いだろうから、一つ一つ教えていくぞ」
俺はロダンの後について、宿舎の中を見て回る。
食堂から始まり、台所、井戸のある裏庭、洗濯場、トイレ、そして各自の部屋。
当番の順番の決め方から、施設の使い方、注意すべきことなど、ロダンは丁寧に教えてくれる。
そうして最後に、ロダンはある部屋の前で足を止めた。
「ここが、ショーゴの部屋だ。一応常に掃除はしてあるから、埃っぽいことは無いと思うが」
鍵はかかっていなかったらしく、ロダンがドアノブを回すと扉は外側へと開く。
部屋は何というか、とても小さい。
六歳の俺から見ても小さいのだから、きっと他の子供たちとっては、もっと狭いと感じるのではないか。
子供用と思わしきベッドが部屋の半分を占領しており、あとは書き物机と椅子、そして収納用だろう木箱が置かれているのみ。
窓は木板で作られた小さな扉のようで、ガラスは当然嵌っていない。
冒険者ギルドはガラス窓だったから、この世界にガラスが存在しないという訳では無いんだろうけど、まあ高いんだろうな。
他に何かあるかなと周囲を見回してみるが、書き物机の上にロウソクの無い持ち手付きの燭台が一つあるだけ。
部屋の中に入って、ベッドへと手をついてみると、布団は薄く、ベッドは硬い。
ただ、ロダンが言っていたように、埃っぽいということは無かった。
布団も定期的に干されているのだろう。湿っていたりはしない。
どうせ物が増えることなんて無いだろうし、良い部屋だ。
気に入った。
「いい部屋」
「気に入ってくれたようで何よりだ」
俺がロダンに笑いかけると、ロダンも笑顔で返してくる。
うんうん、良い感触だ。
「これで宿舎の案内は終わりだ。大体わかったと思うが、また分からないことがあったら、俺でも他の皆でもいいから遠慮せずに聞くといい」
「うん。ありがとう、ロダンさん」
「それで、ショーゴはこれからどうするんだ?」
聞かれて、考える。
疲れているならこのまま休むのも手だが、色々とあったけど何だかんだと休めてはいるし、まだまだ大丈夫そう。
だったら、このまま町の探索にでも行ってみようか。
この町に来てから、俺はまだしっかりとこの町を歩き回ったことが無い。
町を一歩でも出れば魔物が蔓延る危険地帯だというこの世界で、別の町を目指すというのは現実的では無いだろう。
特に何も持ちえない身としては。
ならば、暫くはこの町でお金を稼ぎ続ける必要がある。
手伝い級の冒険者になった俺だが、ずっと冒険者として生きる気は無い。
レベルを上げてスキルが手に入ったら、それを使って稼いでいく気だ。
そうなった時、どんなスキルを使えばこの町で儲けることが出来るのか。
俺にはまだ、それが分かっていない。
それを知るためには、まずこの町について詳しくならなければ。
調べるべきは、この町の需要。
町で必要とされているものは、それだけ売れる可能性があるということだ。
そして需要と来れば、供給も忘れてはならない。
供給の足りていないものが分かれば、それも立派な儲けの可能性だ。
その両方に重なるものがあれば、尚更良い。
どうせスキルは自由に選べるのだ。
ならば、取得するスキルは吟味していきたい。
それに手伝い級の冒険者としても、依頼で忙しくなる前に、少しでも土地勘を養っておいた方が良いはずだ。
あと物価も確認しておかないと。
「町を歩いてみようと思う」
「だったら、俺が案内しよう」
悩んだ末に俺がそう言うと、ロダンが案内を申し出てきた。
確かに俺はこの町の事を何一つ知らないから、案内役がいてくれるなら有難いけど。
「依頼はしなくていいの?」
宿舎を案内してもらっている間も、気になっていた。
他の皆は急いで冒険者ギルドに向かったのに、ロダンは依頼を受けなくていいのだろうか?
「一日くらいなら休んでも問題無い。俺はもうすぐ手伝い級から見習い級へ昇格予定でな。今は見習い級でも通用するように、色々と準備をしている所なんだ。だから他の皆と違って、その為の蓄えも多少はある。心配しなくても大丈夫だ」
でも確か、手伝い級の冒険者は正当な理由も無く依頼を受けない日が続くと、宿舎を追い出されることがあるってイザベラが言っていたけど。
それを含めて、ロダンに聞いてみた。
「基本的に依頼は毎日受けた方がいいな。でも、休んではいけないわけじゃない。自己管理は大切だ。冒険者なら休みが必要な時はしっかりと休むべきだよ。休みは自分で決めて、休む時はしっかり休まないと」
なるほど。
まあなんにせよ、大丈夫なら遠慮せずに頼もう。
「だったら、お願い」
「ああ」
そうして俺は、ロダンと共に宿舎を後にした。
「ショーゴは冒険者ギルドで目を覚まして、そのまま宿舎へ来たんだったな。だったらまずは冒険者ギルドに向かおう」
そうして歩き出したロダンが、冒険者ギルドに向かう道すがらしてくれた説明によると、このイストールは主に三つの地区に分かれているそうだ。
一つ目の地区は、パンドラの森に通じている南門から入ってすぐの冒険者ギルドや武具屋、宿、歓楽街などの集まる冒険者地区。
二つ目の地区は、冒険者地区から北に進んだ町の中心部、民家や畑、生産ギルドなどが集まる町人地区。
そして三つ目の地区が、町人地区からさらに北に進んだ先、商人ギルドのある商業地区。
大枠ではこんな感じ。
町全体は頑丈な石壁で守られており、出入口は冒険者地区の南門と、商業地区に北門がある。この南門と北門は町の中心部を通る大通りによって、繋がっているらしい。
これがロダンの語ったイストールという町の全体像だ。
冒険者ギルドの裏手から訓練場へと入っていった俺たちは、身体を動かしたり、武器の素振りや魔法の練習などを行う冒険者たちの横を通り抜け、冒険者ギルドの建物へと入っていく。
イザベラから聞いた話では、朝の冒険者ギルドはその日に貼り出される新しい依頼を冒険者たちが激しく奪い合う一種の危険地帯らしいけど。
どうやらその時間帯は既に過ぎた後のようで、俺たちが建物の中に入っていったときには、もう数人の冒険者たちが受付カウンターに並んでいるだけだった。
先に冒険者ギルドへ向かったはずの子供たちの姿も既にない。
きっともう、依頼先に向かったのだろう。
手伝い級の雑用依頼は、奪い合いの対象になる依頼じゃ無いけれど、依頼に掛ける時間を考えたら、早くから出た方がいいだろうからね。
俺たちはそのまま冒険者ギルドも通り過ぎて、正面扉から外に出る。
そこには、左右へ伸びる広い通りがあった。
地面は固められた土で、広さは数人の大人が並んで歩ける程。
目測だけど、十メートルくらいはあるんじゃないか。
道に沿って幾つもの店が軒を連ねている。
歩いているのは武装した人間が主で、それ以外の人の姿は少ない。
雰囲気からして冒険者だろうか。
あ、獣の耳と尻尾を生やした人もいる。あれは獣人かな?
灰色の三角耳に、同じ色のふさふさのしっぽを生やしたお兄さん。
もれなく武装しているから、きっと冒険者なんだろう。
もしかして、エルフやドワーフもいるのかな?
南側を見ると頑丈な高い壁に備え付けられた無骨な扉が見えた。
あれが南門。近くには兵士らしき揃いの鎧を纏った人たちが立っている。
あの先にパンドラの森が広がっているそうだから、俺もあそこから町へ入ってきたのだろう。
覚えてないけど。
「さて。これから一通り案内していこうと思うが、もし気になる場所があったら遠慮せず聞いてくれ。俺でわかることなら教えるから」
大通りを見回す俺にそう告げると、ロダンは道に沿って北へ歩き出した。
俺もその後を追って歩き出す。
南の冒険者エリアにあるのは、冒険者たちを相手にした商店が主だという。
目についた端から、ロダンが軽く説明していく。
駆け出しを相手にした武具屋、冒険中に必要な雑貨を揃えた雑貨店、保存食を売る食料品店、ポーションを売る薬店、格安の宿屋、安くてうまい食事処、冒険で使う魔道具を売る魔道具屋――。
「魔道具屋って?」
気になる単語を聞いて、思わず聞き返してしまった。
「そのものずばり、魔道具を売る店だ。ここは、高い魔道具や魔導具の類いは置いていないが、簡単な魔道具を良心的な価格で買えるらしい。まあ、俺も先輩の冒険者から聞いただけなんだが」
魔道具。
ワクワクする響きだ。
名前からして、きっと魔力で動く道具の類いだよな?
なんて面白そうなんだ。
「どんな魔道具が売ってるの?」
「着火の魔道具や給水の魔道具、あとは明かりの魔道具といった『生活魔法』を再現する魔道具が主って話だ。なんだ、魔道具に興味があるのか?」
「うん。少し」
興味はある。勿論、単なる趣味って訳では無く。
スキルに魔道具作成ってスキルを見つけたのだ。
あれがあれば、俺にも魔道具が作れるのだろう。
もし、魔道具の作成が儲かるのなら、スキル取得の候補になる。
そう。決して、趣味というだけではないのだ。
「そっか。まあ、魔道具に関しては俺もあんまり詳しくないんだ。知ってる事と言ったら、作るのに色々と高価な素材が必要らしくて、それで安い魔道具でもそれなりの値段がするってことくらいか? 便利って言っても、別に無きゃダメって訳でもないしな」
「そうなんだ……」
使う素材が高いのか。
それだとスキルを手に入れた後も、それなりの出費が必要そうだ。
気になるけど、最初に覚えるスキル候補としては無しかな。
「いつかは俺も高価な魔道具や魔導具を使えるような冒険者になりたいな」
そう呟くロダンは、夢に憧れる少年のような表情で魔道具屋を見つめていた。
話していると忘れがちだけど、ロダンもまだ十四歳なんだよな。
ようやく年相応の表情が見れた気がする。
ちなみに、魔道具と魔導具。
同じ響きの言葉なのに、何処か違うニュアンスを感じる。
これは『共通語翻訳』での翻訳の影響かな?
具体的には魔道具より魔導具の方が複雑でお高そうなイメージ。
なんとなくだけど。
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