010.イストールの需要を探そう
魔道具屋の話を終えた後、俺はロダンに教えてもらった各店の商品とその値段を確認していく。
目的はこの町の一般的な物価の確認。
稼ぐにしても、使うにしても、まずは自分の稼ぎがどの程度の物なのかをしっかりと理解しておかないと。
武具屋に寄ると、それまで他の店ではただ俺の言葉に応えてくれるだけだったロダンが、武器をじっと眺めている。
その表情は真剣そのものだ。
「どうしたの?」
「ん、ああ。先ほども言ったが俺はもうすぐ見習い級へ昇格する予定だ。見習い級になれば、俺にも雑用依頼以外の依頼を受けられるようになる。魔物との戦闘が発生するような依頼をな。その時の為に、武器を買っておこうと思うんだが……」
話している今もロダンの視線は、剣や槍、斧や弓などの間を揺れている。
「まだ、迷っている。一応、ギルドの訓練所で貸し出しの武器を使って、色々と試してはいるんだが、どれもしっくりこない。どの武器もまだ、スキルを覚えるまでには至っていないし。いっそここで武器を買ってしまえば、この迷いも無くなり、スキルも覚えられるかな、と」
「買うの?」
「今の所持金では一番安い武器であっても、暫くは買い替えることが出来ないからな。後悔はしたくないんだ」
そう言いながらも、ロダンは未だ、武器を見つめていた。
特別に才能を感じるような武器は無いけれど、さりとて苦手と思えるような武器もないってことか。
それでも一つに絞って鍛錬を続ければ、何れはスキルも習得出来るのだろうけど、その一つをどのように選べばいいかわからない。
もし、俺だったらこんな時、どうやって選ぶだろうか?
「ボクだったら、どんな魔物と戦うのかを考えながら選ぶかな。その魔物との戦いやすさとか、倒した後の処理のしやすさとか」
「どんな? 一流を目指す冒険者だったら色々な魔物と戦うぞ。俺もいずれは」
「いや、そんな先の話じゃなくて。この町の近くで見習い級が戦う魔物のこと。あとは一人で戦うのか、仲間と戦うのか、とか。そうやって稼ぎが増えたら、また武器を買いかえればいいかな、って……」
俺が話すごとに、ロダンの表情が少しずつ険しくなっていく。
やば。何かきっかけになればと話してみたけど、迷惑だったかな?
だいたい、命を懸けた戦いの事なんて俺にはわからないし、スキルのことも考えるとおいそれと使う武器を変えるなんて出来ないのかもしれない。
「ごめんなさい。余計なことを言っちゃったかも」
「いや、助かった。俺は少し、先の事を考え過ぎていたようだ」
そう言ったロダンは、俺に向かって笑顔を向けた。
「そうだよな。ずっと先の事を考えるよりも、今はまだ今の事を考えるべきだ。その辺りも含めて、もう一度考え直してみよう」
「役に立ったならよかった」
ただの社交辞令かもしれないけれど。
うーん。
一通り見て回った店で売られている物の値段は大体、商売神から聞いた通りって印象。
ただ、武器と薬が全体的に思ったよりもお高めだったかな。
「そろそろ、次の地区に行こう」
一通りの店を巡り終えると、俺はロダンに促されて、また大通りを北へ向けて歩き出した。
冒険者地区を抜けると、並んでいる店の雰囲気が変わっていく。
生活用品を扱う雑貨屋、鍋や鍬を売る金物屋、八百屋や肉屋といった生鮮食品を売る店、美味しそうな匂いを漂わせるパン屋、生成りの簡素な服を扱う古着屋など。
歩いている人たちの姿も冒険者地区とは違っている。
武装では無く、簡素な服に身を包む彼らは、きっとこの町に住む一般人なのだろう。
大通りから一歩道を逸れると、建ち並ぶ住宅らしき建物も見えた。
さて。
この辺りで特に興味のある場所と言えば、教会と生産ギルドかな。
まずは教会。
商売神への借金返済は教会で行うことが出来るという。
借金の返済はまだ先の話だけど、場所だけは知っておきたい。
教会は町の中心近くに存在し、その裏手には孤児院が併設されているそうだ。
そう、ここが冒険者ギルドの受付担当イザベラの言っていた孤児院である。
もはや入る気は無いけれど、ちょっと気にはなっていた。
それとなく聞いてみると、なんとロダンは孤児院の出身らしい。
というか、宿舎に住む手伝い級の子供たちは、大抵が孤児院の出身なのだとか。
ちょっと話しにくい話題かと思ったけれど、ロダンは特に気にしていない。
むしろ、少し誇らしげに孤児院の事を話してくれた。
特に話題の中心となったのは、教会と孤児院を一手に管理しているという神官のおじいさんのこと。
たまに厳しいこともあるけれど、普段は優しくて子供たちへ読み書き算術だけに限らず、博識な経験から色々なことを教えてくれるらしい。
しかも、こんな危険と隣り合わせの町にいるだけあって、元高ランクの冒険者。
現役を引退した今も、未だ周りから一目置かれる程の人物だという。
ただ、それでもやはり一人で教会と孤児院の両方を管理するのは難しいらしく、そんなおじいさんの助けになればと、子供たちが自発的に孤児院での家事や教会の手伝い、町のボランティアに参加しているそうだ。
自発的に、か。
イザベラから聞いていた話とはちょっと違う。
まあ、外から中の事情を完璧にうかがい知ることは出来ないってことかな。
ああでも、冒険者ギルドへの登録に関しては、イザベラが言っていた通りのようだ。
神官のおじいさんは元冒険者だけあって、冒険者という生き方の厳しさや危険性をよく知っているらしい。だからこそ、たとえ手伝い級というランクがあったとしても、孤児院の幼い子供たちが冒険者になることは許さないんだって。
出来る事なら、子供たちには危険や厳しさとは無縁の生活を送ってほしい。
それがおじいさんの正直な気持ちだという。
ロダンは昔からおじいさんに憧れて、冒険者を目指していたせいか、その辺りの事を散々言い聞かされてきたそうだ。
それはきっと、おじいさんなりの親心ってやつなのだろう。
たぶん。
いいな。すぐにでもお金を稼ぐ必要がなければ、俺もそっちが良かった。
だというのにロダンは今、手伝い級の冒険者として生きている。
その理由を尋ねてみると、やっぱりおじいさんへの憧れという言葉が出てきた。
実はロダンの常に冷静であろうとする所や、話口調はそのおじいさんの真似らしい。
本当に尊敬しているんだな。
ただ、ロダンが孤児院を出て、手伝い級の冒険者になったのは、それ以外にも理由があるらしい。
この町の孤児院は教会への寄付金で成り立っている。
決して足りてないという程では無いけれど、子供たちを養うのに余裕があると言う訳でもない。
そこに子供の数が増えれば、その分だけ運営は厳しくなっていく。
だからこそ、その運営が少しでも楽になるように、ロダンは早い段階から自分で孤児院を出たのだという。
孤児院を出て手伝い級の冒険者になる子供たちは、大半が冒険者への憧れと孤児院へのそうした想いから早く孤児院を出てしまうそうだ。
今のロダンは、たくさん稼いで孤児院へ仕送りをするのを当面の目標としているんだとか。
そんなことを話しつつ、ロダンに案内されて教会の場所はばっちり把握。
結構目立つ建物だし、大通り沿いにあるから、一人でも探せないことは無いと思うけど、一応ね。
いつか借金の返済の為に、来ることになるんだから。
お次は生産ギルド。
生産ギルドは生産系の職人たちが所属するギルド全般を指す言葉で、町によってそこに属しているそれぞれのギルドの大きさは異なってくるという。
例えばこの町では、鍛冶師ギルドや薬師ギルドが大きく、料理人ギルドや木工ギルドは中くらい、代わりに裁縫ギルドや農業ギルドなどは小さい。
他にも色々とギルドはあるけれど、基本的に冒険者たちを中心として回るこの町では、冒険者たちに関連のあるギルドが大きい傾向にあるという。
つまり、その辺りに需要が集中しているということ。
スキルを選ぶとしたら、そこに関連のあるものが良さそうだ。
生産ギルドと一括りに呼ばれているが、建物は別々。
その大きさは、ギルドの規模と比例しているようだ。
鍛冶師ギルドと薬師ギルドは大通り沿い、料理ギルドと木工ギルドは一本入った場所にあり、裁縫ギルドと農業ギルドは奥まった場所にあるらしい。
一つ一つ回っていては、あっという間に一日が終わってしまうということで、今回は大雑把な場所だけを教えてもらった。
また時間がある時に、改めて自分で調べてみよう。
町人地区での一番の目的は達成した。
そのままこの地区でも、目についた商店で売られている商品の物価を確認しつつ、次の地区を目指して北へ進んでいく。
そうして最後にやってきたのは、イストールの一番北にある地区、商業地区。
地区が変わることで、また周りの雰囲気が変わっていく。
大通りには巨大な倉庫と、宿屋が建ち並ぶ。
ここの事は商人ギルドがあるってことしか聞いてないけど、こうして自分の目で見てみると、港の倉庫街って雰囲気が近い。
実際、この辺りはこの町にとって似たような役割を持っているようだ。
イストールには、三つの地区にそれぞれの役割が存在している。
一つ目の冒険者地区は、パンドラの森から冒険者たちが集めてきた採取物や狩猟物を収集すること。
二つ目の町人地区は、冒険者地区から流れてきた素材を生産ギルドの職員たちの手により加工すること。
そしてここ、商業地区は町人地区で加工された加工品と冒険者地区で集められた素材の一部を商業の町クレッセンへと運び出すこと。
その為、ここには大手の商店が倉庫を作っていたり、行商人相手に商売をする宿屋等が集まっているのだという。
一応、最後に商人ギルドも見ておく。
真っ白な建物で、所々に見事な装飾が彫られた建物。
ここは商人たちが集まるギルド。
お金を儲けるという俺の目的を考えると、いずれは俺もここへ通うことになりそうだ。
あの神も商売神を名乗っているように、金儲けと商業は切っても切れない関係にある。
でも、それは今じゃない。
商人ギルドは登録するにもそれなりのお金が必要なのだという。
一番安い登録料でも、銀貨一枚。
今の俺の所持金は、鉄貨が十枚で銅貨一枚分。
まだまだ先のことになりそうだ。
北門まで辿り着いた後は、回れ右をして来た道を戻っていく。
帰り道でも、ロダンに色々と町の事を教えてもらった。
行きで説明しそびれた場所から、危険なので子供が立ち入ってはいけない場所。
依頼でよく通る道など。
そうして歩いていたら、急に足へ力が入らなくなり。
唐突に、プツンッと意識が途絶えた。
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