011.そろそろスキルを試したい
誰かに身体を揺すられている。
眠い。眠いんだけど。
「ショーゴ、ショーゴ」
名前を呼ばれている。
なんだっけ。この声、誰だっけ。
まだ寝ていたい、と、身体が言っている。
でも、起きるべきだと、心が主張していた。
起きないといけない。なんで?
そりゃ、急がないといけない理由なんて一つしか無いだろう。
仕事の時間だ。
無理やりに意識が覚醒する。
遅刻という言葉が、身体に冷たい何かを流す。
遅刻。ダメだ。
怒られる。殴られる。今度こそ、殺される。
そうして開いた目が映すのは、見たこともない光景。
木製の丸テーブルが並ぶ、ファンタジーな酒場。
何処、ここ。
見たことがない?
いや、ある。
ここは、冒険者ギルドに併設された酒場だ。
「起きたか、ショーゴ」
顔を横に向けると、そこにはロダンの顔があった。
えっと、どういう状況?
ロダンの話によると、どうやら俺は道を歩いている途中で、唐突に糸の切れた操り人形の如く、その場へ頽れたようだ。
ロダンは一瞬驚いたようだが、その姿から俺に何が起こったのか、すぐに察した。
さすがは孤児院の年長者として、幼い子供の面倒を見ていただけはある。
つまるところ俺は、体力の限界が来て、その場で眠りこけてしまったらしい。
夢中で遊び続けた子供のように。
は、恥ずかしい。
多分、この身体に慣れていない状態で、色々と頑張り過ぎたのが原因だろうけど。
思えば、昨日の森での体験から、まともに休めていなかったから。
冒険者ギルドの酒場の椅子で眠った気になっていたけれど、あんまりしっかりとは眠れていなかったのだろう。
そんな状態で、冒険者ギルドの掃除をして、休むことなく情報収集、さらに宿舎へ帰った後も、宿舎の中をロダンに案内してもらい、そのまま町中の案内までしてもらった。
色々あって興奮のせいか、眠気は感じなかったけど、身体はすでに限界だったのだ。
そうしてぶっ倒れた俺を、ロダンはここまで運んでくれたらしい。
その後、俺は冒険者ギルドの酒場で少し早めの夕飯を食べた。
ロダンのおごりで、一人鉄貨五枚の手伝い級限定おまかせ定食。
自分で払うと言ったんだけど、武器のことでアドバイスしたお礼だって。
いいのかなって思ったけど、鉄貨五枚は今の俺にとってなかなかの大金だ。
節約できる時には節約しておきたい。
そもそも、ここまで散々お世話になったのだ。
もう、今更だろう。
出てきた定食は大量の肉。
それから硬いパンとちっちゃな野菜が浮いたスープ。
肉は硬くて、嚙み切るのに時間が掛かる。
味はどれも大雑把な塩味で、特別うまいって訳じゃない。
でも、その代わり量は結構ある。
ロダンの話では、肉の種類は日によって変わるらしいけど、今回のはこの辺りによく出没する魔物の一つ、グラスウイーゼルって奴の肉らしい。
草に紛れる緑色の細長い胴体をした魔物で、見習い級の冒険者によく討伐依頼が出るんだって。
一応、食べられるけど、癖が強くてそこまでうまい肉じゃない。それでも討伐依頼が出るのは、放っておくとあっという間に増えて危険だから。
なるほど。ロダンはもうすぐ、こいつと戦うことになるのか。
って、今目の前にあるのは、既に加工された肉だけど。
肉とパンの硬さに悪戦苦闘しつつ、食べ終わる頃になると、にわかに冒険者ギルドが混んできた。
依頼を終えた冒険者たちが帰ってきたのだろう。
外を見ると、そろそろ夕暮れ時。
酒場のテーブルには、木製のジョッキを打ち合わせ、高らかに笑い合う冒険者たちの姿が増えてくる。
俺はもう少し冒険者ギルドに用があるというロダンを残して、一人宿舎へと帰った。
自分の部屋に帰ってきて、椅子に腰かけ、膨れた腹をさする。
量があるとは聞いてたけど、思った以上の量だった。
途中で食べきれなくなり、残った肉をロダンに譲ったのに、これだもの。
まあでも、依頼を受けてバリバリ働いていれば、このくらいぺろりといけるのかな?
……いや、やっぱり次回はちょっと減らしてもらおう。
六歳児の身体に、あの量は無理だ。
そうして暫く腹を落ち着けた後、俺はポケットから十枚の鉄貨を取り出し、机の上に置く。
いよいよ、スキルを使ってみようと思う。
思えばスキルの事を聞いてから、ずっと使ってみたいと思っていた。
でも、何だかんだあって使える状況が訪れず、今の今までそのまま。
まあ、『共通語翻訳』のスキルはずっと使っているんだろうけど。
さて。
スキルの使い方に関しては、何となく分かる。
覚えたスキルはそのスキルを意識すると、感覚的に使い方がわかるらしい。
『無限財布』
机の上から鉄貨を一枚手に取ると、スキルの使用を意識する。
「収納」
その言葉を口に出すと、手の中の鉄貨が消えてなくなった。
それと同時に、何処かへ収納されたことが分かる。
不思議な感覚だ。
収納された硬貨の事が、何となくわかる。
鉄貨が一枚、収納されているということが。
さらに机の上に置いた鉄貨を手に取って、次々と収納していく。
言葉に出さなくても、収納は出来る。
次々と手の中から消えていく様は、まるで手品のようだ。
ちょっと楽しい。
あっという間に十枚の鉄貨が収納された。
意識の上に、鉄貨が十枚収納されているということが浮かぶ。
合計が銅貨一枚分だということも。
これは便利だ。
今はまだ簡単に数えられるけど、これからお金が増えていけば、数えるのが大変になる事もあるだろう。
でも、それも収納してしまえば一発でわかる。
収納方法は分かったから、次だ。
手の中に収納されている鉄貨を取り出すことを意識する。
すると、手の中に鉄貨が取り出された。
簡単に取り出せる。
収納、取り出し、収納、取り出し。
うん、スムーズに出来る。
その後、俺は色々と思いつく限りの使い方を試してみた。
その結果、分かったのは。
まず、収納する硬貨は自分の手で触れているものだけ。
触れていない硬貨は収納できないし、手以外で触れていても、やはり収納できない。
手で触れていることが重要なようだ。
これは取り出す時も同じ。
次に手で触れていれば、見えていなくても収納は出来る。
試しにポケットの中に入れた鉄貨を、ポケットに手を突っ込んだ状態で収納してみたら、うまくいった。
これでポケットに入れたように見せかけて、硬貨を『無限財布』へ収納することが出来る。
同じく、ポケットの中に突っ込んだ手の中に、鉄貨を取り出すことも出来た。
まだ『無限財布』のような収納スキルが、この世界でどのような位置づけにあるのか分かっていない。
それが分かるまでは、このスキルの事は隠しておく予定だ。
目立ってしまい、要らぬ興味を引き寄せる必要は無いだろう。
さてさて。
スキルのことはこのくらいにして、次はレベルだ。
今の所持金を全て突っ込めば、レベルを一つ上げることが出来る。
本当はもう少し様子見しておこうと思ったんだけど、ぶっ倒れちゃったからなあ。
子供の体力を自覚した以上、さすがにもうこんなことは無いと思うけど。
これから雑用依頼を受けて稼ぐにも、体力はあった方がいいはずだ。
それなら、もういっそ突っ込んじゃおうかと。
果たしてレベルが一つ上がった程度で、どのくらい違いが出るかは分からないけど、そこも含めて早めに調べておいたほうがいいと思ったのだ。
とりあえず、現在のステータスを確認。
名前:ショーゴ(木津間 正午)
年齢:6歳
種族:人族
レベル:1(次のレベルまで、10マレ)
ギフト:『捧金授力』
スキル:『無限財布』『共通語翻訳』
スキルポイント:0
称号:【非業の死を遂げし者】【商売神の契約者】【異世界転生者】【商売神の恩寵】【生残者】【手伝い冒険者】
借金:10,000,000,000,000,000マレ
十マレは鉄貨換算で十枚。
うん、足りるな。
問題はこれをどうやって使うのか、だけど。
そう考えた瞬間、頭の中に使い方が浮かんできた。
これを経験値へ変換する。
どうやら、そう思えばいいらしい。
思った瞬間、十枚の鉄貨は手の中から消えて、身体がうっすらと光り出した。
温かい何かを感じる。
そして、もう一度ステータスに目を向けると。
名前:ショーゴ(木津間 正午)
年齢:6歳
種族:人族
レベル:2(次のレベルまで、20マレ)
ギフト:『捧金授力』
スキル:『無限財布』『共通語翻訳』
スキルポイント:5
称号:【非業の死を遂げし者】【商売神の契約者】【異世界転生者】【商売神の恩寵】【生残者】【手伝い冒険者】
借金:10,000,000,000,000,000マレ
レベルが上昇していた。
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