012.気持ちの良い目覚めっていいよね
朝。
目が覚めて、ぱっと起き上がる。
何だか久しぶりの気持ちのよい目覚めだ。
昨夜は早めに眠ったこともあって、早めに起きることが出来た。
正確な時間は分からないけれど、窓扉の隙間から漏れる光は、まだ少し薄暗い。
これなら間に合いそうだ。
ベッドから起き上がって窓を開けると、薄っすらと太陽の光が差し込んできた。
五時とか六時とかその辺かな。
暫くすると町の中に鐘の音が鳴り響く。
確かあれは、日の出を告げる鐘の音だ。
一応、この世界には時間を計る魔道具はあるらしいけど、それなりの値段がするらしく、殆どの人が持っていないそうだ。
その為、この町では教会の鳴らす鐘の音で、大体の時間を把握しているらしい。
鐘の音は一日に五回。
日の出、朝、正午、昼下がり、夕暮れ。
それぞれの時間はだいたい、六時頃、九時頃、十二時頃、十五時頃、十八時頃。
この時間帯に教会の神官が鐘を鳴らすそうだ。
町の人たちはこの鐘に沿って暮らしている。
ちなみに、時間の表示は前の世界と同じ。
六十秒で一分、六十分で一時間。
一日は零時から二十四時までの二十四時間、らしい。
俺は身体の調子を確かめるため、ピョンピョンとその場で飛び跳ねてみる。
うん? なんか、昨日と違う。
昨夜、レベルを上げた後、一通り身体を動かしてみた所、レベルというものの恩恵をはっきりと感じ取ることが出来た。
全能感って言うんだろうか。なんだって出来そうな感覚がしたのだ。
でも、今はそれを感じない。
気のせいだった? それともあの瞬間だけのこと?
丁度いいから、他の子に聞いてみよう。
「身体が馴染んだんじゃない? レベルを上げた後って、しばらく身体が慣れてなくて、自分はすごい力が上がったんだって勘違いしちゃうらしいよ。だから、レベルアップの後は、しばらく無茶をしないようにってよく言われる」
「そうなんだ」
話しながらも鍋をかき混ぜ続けているのは、今朝の朝食当番である人族の男の子、レイト。
昨日一日でロダンの大人びた話し方になれたせいか、砕けたレイトの言葉遣いに幼さを感じてしまうが、確か年は十三歳で、ロダンの一つ下。
アニマって女の子と並んで、この宿舎で二番目の年長者だ。
俺は今、そんなレイトの手伝いをしながら、料理の仕方を学んでいた。
「そっちは刻み終えた? だったら入れちゃうからこっちに貸して」
俺が一口サイズに刻んだ葉物野菜と根菜を渡すと、レイトはそれをバラバラと鍋に放り込んでいく。
どちらも見た事のない野菜だけど、しいて言えば葉物野菜は黄色い菜っ葉みたいな奴で、根菜は大根みたいに太いゴボウみたい。
どちらも宿舎の前にある庭の一角で子供たちが育てたそうだ。
「ふう。これであとはもう少し煮込めば完成。スープが白く濁ってきたら、火を消すんだ」
「わかった」
今、レイトが作っているのは、この辺りでよく朝食として作られるスープらしい。
名前はアロンフェ。作り方はそれほど難しくない。
鍋に半分くらいの水を入れて、適当に切った肉を入れて、塩をぱらり。
暫く煮込んだら、バームっていうらしい葉物野菜とロンデンっていう根菜を切って入れたら、また暫く煮込んでスープが白っぽくなってきたら完成。
ちなみに肉は、昨晩も食べたアレ。
グラスウイーゼルの肉。
しっかりと煮込めば、多少は柔らかくなるらしい。
出来上がったスープの見た目はシチューに似てる。ちょっとトロミが強いけど。
少しだけ味見させてもらった。自然な甘さを仄かに感じる。
素朴な味だけど、割と美味しい。
ちなみに朝食のメニューは当番に一任されているので、これで無くてもいいそうだ。
前生では一人暮らしで一応料理もしていたので、俺も一通りの料理は出来る。
でも、素材が全く違うから、同じように美味しいものが作れるとは思えない。
暫くは、レイトに教えてもらったこれを中心に作ろう。
出来上がったスープと、硬いパンを食堂へ持っていき、テーブルの上に並べていく。
すると程なくして、皆が起き出してきた。
そうして皆がそろった所で、一緒に食べ始める。
俺も皆の真似をして、硬いパンをスープに浸して食べていく。
皆でわいわい食べるのは、少し楽しかった。
まだ周りに馴染んでいない俺は、専ら周りの会話を聞き続けるだけだったけど。
朝食を食べ終わり、後片付けを終えた後、皆で揃って冒険者ギルドへと向かう。
時刻はまだ、二度目の鐘が鳴らないくらい。
多分、八時とかそのくらいかな。
冒険者ギルドには、既に二人の子供の姿があった。
見知らぬ子供だ。
それが手伝い級の受ける雑用依頼をまとめた掲示板の前に立っている。
年齢的にも恐らく手伝い級の冒険者だろうけど、宿舎では見かけなかった。
ということは、あれが通いの手伝い級って子たちか。
当然だけど、手伝い級にいる全ての子供が冒険者ギルドの宿舎を利用している訳じゃない。帰る家がある子供は、そこから冒険者ギルドに通う事もある。
それが、通いの手伝い級と呼ばれる子たちだ。
何となく、手伝い級というのは冒険者ギルドで暮らすものだと思っていたので、それを聞いた時は驚いてしまった。
それから、もしかして手伝い級の冒険者というのは、俺が思う以上にいっぱいいるのだろうか、と言うことに思い至る。
だとすると、イザベラから聞いた大人の冒険者同士の依頼の取り合いというのが、手伝い級でも起きるのではないか。
新しい依頼用紙の張り出しは、普通の依頼と手伝い級の雑用依頼とで、少し時間を開けていると聞いている。
普通の依頼は二つ目の鐘が鳴った後に貼り出されるのに対して、手伝い級の雑用依頼はそれよりも前に貼り出されているそうだ。
だから二つ目の鐘が鳴る前に冒険者ギルドへついていれば、依頼用紙の奪い合いには巻き込まれることは無いと思っていたのだけど。
美味しい依頼が奪い合いになるというのなら、もっと早く冒険者ギルドへ向かうべきなのではないか。
そんなことを考えた。
でも、実際はそんなことにならないのだという。
その理由は二つ。
理由の一つ目は、通いの手伝い級がそれほど多くないという事。
宿舎を利用する手伝い級の子供たちの数も多いわけでは無いけれど、通いの手伝い級はもっと少ないのだという。
冒険者になるのは見習い級からが主で、手伝い級から冒険者になる子供っていうのは、何かしらの事情を抱えた子たちばかりなのだ。
そういう子たちは大抵、冒険者ギルドの宿舎を利用するため、そういった自宅から通う手伝い級はさらに少なくなる。
だから通いの手伝い級は必然的に、少ないのだそうだ。
理由の二つ目は、そもそも手伝い級の雑用依頼の数が多いという事。
手伝い級の雑用依頼というのは、結構な数が冒険者ギルドに登録されているという。
その為、いつでも余っているそうだ。
それはつまり、果たされない雑用依頼がたくさんあるということだろう。
それって、冒険者ギルドとしては、大丈夫なのか?
と、思ったら、どうやら手伝い級が受ける雑用依頼というのは、殆どが町人の善意から貼り出されている依頼なのだという。
結局のところ、手伝い級の子供にも出来る雑用依頼というのは、誰にでも出来る事だ。
だからこそ、依頼を受ける子供がいるのなら、お小遣い程度の対価で任せるけれど、依頼を受ける子供がいなかったら、自分でやったらいい。
この二つの理由から、手伝い級の子供たちに依頼用紙の奪い合いは起きないのだそうだ。
近くの冒険者ギルドの職員や、他の手伝い級冒険者の子供たちに挨拶をしつつ、俺たちも雑用依頼が貼られた掲示板へと向かう。
その中で三人、掲示板では無く、受付カウンターへそのまま向かう子たちがいた。
人族の少女アニアと、兎人族の少女ルッコラ、そしてドワーフの少年リケットだ。
三人の行方を目で追っていると、それに気付いたロダンがその行動について説明してくれた。
「あの三人は、予め受ける依頼が決まっていてな。指名依頼とは少し違うが、依頼人から特に気に入られた場合、その冒険者向けの依頼が出されることがある。そういった依頼は気に入られた冒険者に限って貰える報酬が少し高くなるから、他の依頼を受けるよりも稼げるんだ。まあ勿論、冒険者として依頼を受けないという権利も当然ある。それで依頼人との関係がどうなるかは、その冒険者次第だがな」
指名依頼とは確か、依頼人が依頼を受けてもらいたい冒険者を指名して出す依頼のことだったっけ。
そうか。依頼をしっかりと行うと、報酬が増える事もあるって聞いたけど、それが継続することもあるんだ。
まあ俺は、今のところそんな依頼は無いから、掲示板の中から選ばなきゃいけない。
どれがいいかな?
俺が掲示板の前で悩んでいると。
「ショーゴくんっ!」
受付カウンターの方から名前を呼ばれた。
振り向くと、イザベラが俺のことを呼んでいる。
何か用があるのかな?
「おはよう、イザベラさん」
「おはよう、ショーゴくん。もしかして、受ける依頼で悩んでた?」
「うん、どれにしようかなって」
「だったら、この依頼を受けてみない?」
そう言って、イザベラが差し出してきたのは一枚の依頼用紙。
推奨ランク:手伝い
依頼種別 :雑用依頼
参加上限 :1名
依頼者 :冒険者ギルド 総務担当メイロ
依頼場所 :冒険者ギルド
依頼内容 :冒険者ギルド運営の手伝い 詳しくは依頼者から説明
報酬 :鉄貨5枚
依頼期間 :本日、朝から鐘五つまで
「ん、と、運営の手伝い?」
「そう。手伝い級に登録したばかりの子にお勧めしてる依頼でね。簡単に依頼内容を説明すると、ギルド内で職員に、書類や軽い荷物を届ける仕事よ。時間と報酬だけを考えると、そこまで良い依頼って訳でもないんだけど。仕事の関係上、あちこちを回ることになるからギルドの設備を知るいいきっかけになると思うの。他の職員に顔を覚えてもらうことが出来るし」
難しい仕事では無さそうだ。
まだ町の人の依頼を受けるのだって不安があるし、メリットも大きい。もう一度冒険者ギルドの依頼を受けるっていうのも悪くはないかも。
「どう?」
「やる」
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