013.二度目の依頼が、今、始まる!
「それじゃ、この依頼で受付けちゃうわね。ギルドカードを出して」
ギルドカードを受付カウンターに置くと、イザベラは依頼の受付処理を行った。
ギルドカードと受付を完了した依頼用紙が返ってくる。
「はい、どうぞ。詳しい仕事に関してはメイロに聞いて。メイロは、と。いたいた。メイロっ!」
イザベラは丁度、階段を降りてきた青年に対して、声をかけた。
声を掛けられた青年が冒険者ギルドの職員、総務担当のメイロなのだろう。
濃い青の短髪に鋭い藍色の眼差し。しっかりと着こなした職員の制服は、他の職員たちよりも何処か洗練された雰囲気を感じる。
「メイロ、この子がショーゴくん。依頼を受けてくれるそうよ」
近づいてきたメイロに、イザベラが俺を紹介した。
「君がショーゴくんか。私はイストール冒険者ギルドの総務担当でメイロという。今日はよろしく頼むよ」
「よろしく、メイロさん」
「うむ。では、仕事の説明を始めよう」
その雰囲気といい、言葉遣いといい、何だか緊張してしまう。
でも、仕事は仕事だ。
気持ちを切り替えて、仕事へと励もう。
改めてメイロから説明された依頼内容は、イザベラから聞かされていたことと大よそ違いは無かった。
冒険者ギルドの中で、メイロから言われた通りに書類や荷物を運んでいく。
そこまで忙しいわけでも無く、運ぶものも重い物はない。
まさにお手伝いって感じの簡単な仕事だ。
試験の時の依頼よりも簡単なくらい。
まああれは、俺が掃除に集中しすぎて、やり過ぎたせいでもあるんだけど。
俺は頼まれた荷物を運びつつも、冒険者ギルドにある施設のことをしっかりと確認していく。
一階にあるのは受付カウンターとその奥にある職員の仕事場、依頼掲示板、酒場。それから通路を奥に行った先にある訓練場と貸し武具用倉庫、魔物の解体場に買い取り素材の倉庫。
受付カウンター横にある階段を上ると二階には、資料室と会議室、来客室に貴賓室、椅子や机の並べられた大小の幾つかの個室とギルドマスターの執務室、と。
資料室にはイストールの周辺やパンドラの森で出没する魔物や、よく生えている薬草等を記した資料が多く保管されている。ここは冒険者であれば、職員に一言告げるだけで閲覧することが出来るそうだ。
しかし、冒険者というのは基本的に脳筋が多い上に、あまり識字率も高いわけではないようで、利用者はそう多くないらしい。資料室の事を教えてくれた職員が嘆いていた。
雑用依頼には必要無いと思うけど、お金儲けのアイデアは落ちてるかもしれない。時間があったら、ゆっくり覗いてみようと思う。
個室は冒険者パーティーへ貸し出すこともあるようだが、普段は若手の冒険者に向けた講習会の会場にもなっているようだ。
講習会の内容は、主に依頼を行う上で必要となる知識だったり、武器の扱い方を教えたりといったこと。
その内、座学が二階の個室で行われているらしい。
若手の冒険者はこういった所で、知識や技術を鍛えて、スキルの習得を目指すようだ。
そう言う意味でいえば、スキルの習得方法が他人と違う俺にとっては必要のない事ではある。
けれど、どうやら講習会の中には、宿屋の選び方や、買い物をする時のポイント、或いは礼儀作法といった一般的な知識を学ぶ講習もあるらしい。
冒険者という生き方を選ぶ者たちの中には、田舎の村落で殆ど外の世界を知る機会も無く生きてきた若者たちもいるそうで、そういった冒険者向けに開いているのだそうだ。
それはこの世界に未だ詳しくない俺にとっても、重要な内容の数々である。
是非とも受けたいところだが、幾ら若手を相手にした講習会とはいえ、それらは慈善事業という訳では無い。参加するためには多少のお金はかかるそうだ。
その為、講習会の受講は、もう少しお金が貯まってからということになるだろう。
仕事の途中でギルドマスターとも出会った。
イストールの冒険者ギルドのギルドマスター、ウィスト。
魔境パンドラの森に隣接するこのイストールという危険な町で、荒くれ者の冒険者たちをまとめ上げるギルドマスターを勤めるだけあり、以前は高ランクの冒険者だったという人物だ。
聞いていた情報からどれだけ恐ろしい人物だろうと想像していたが、会ってみたら意外と線の細い普通のおじさんだった。
優しそうな人で、少し話してみたけど怖さは感じない。
でも、他の職員に聞いた話によると、怒らせればそれはもう恐ろしい人なのだそうだ。
以前、流れ物の熟練級冒険者パーティーがギルドで暴れていた時、瞬く間にそいつらを屈服させ、制圧してしまったという。
ギルドマスターは、このイストールの冒険者ギルドの最終兵器であり、パンドラの森から流れてくる凶悪な魔物たちに対する最後の砦だ。
とはいえ、現役という訳では無いので、普段は現役の冒険者たちに任せ、当人は万が一の際に備えて、常に町へ在中しているという。
引き続き、冒険者ギルドの中を見て回る。
魔物の解体場に荷物を届けに行った時、そこで知った顔を見かけた。
ロダンだ。
「ロダンさんはここで依頼を受けてたの?」
「ああ、ショーゴか。ちょっと手伝いを頼まれてね。今はアレがあるから、人手が足りないらしい」
アレと言ってロダンが指差したのは、解体場の奥で数人の職員が集まって解体を進めている大物だ。
見覚えがある大物。
死んでいると分かっても近寄りたくないし、出来る事なら見ることもしたくない存在。
闇帝竜グロウノウズの亡骸。
既に解体が進み、原型の残る部分が少ないとはいえ、その特徴的な闇色の鱗は健在だ。
アレを見るとどうしても、あの時の事を思い出してしまう。
だから、努めて奥には目を向けないようにする。
あれに比べたら、他の解体中の魔物を見る方がマシだ。
「魔物の解体技術は稼ぎの欲しい冒険者には必須技能だ。一応、冒険者ギルドへ魔物を持ち込めば、こうしてプロが解体してくれる。しかしその場合、報酬から解体費用を引かれてしまうし、持ち帰ることが出来る魔物の数も減ってしまう。だからこそ、解体場に任せるのは解体の難しい魔物に限定して、普通の魔物は冒険者が現地で解体するべきなんだ。俺も既にスキルは習得出来ているが、やはりその道のプロの技術を間近で見られるというのは勉強になる」
ロダンは喋りながらも、その手を動かし続けていた。
その手際は、少なくとも俺から見ると、他の職員たちの技術と大差ないように感じる。
それでもきっと、プロから見ればまだまだなのだろう。
取得スキルの候補として、『解体』はどうかな?
昨晩、レベルを上げたことで、俺は五のスキルポイントを手に入れた。
そんなわけで、今の俺は五ポイント以内であれば、すぐにでもスキルを取得することが出来る。
しかし、今のところすぐにそれを使う予定はない。
まだまだ、レベルアップに必要なお金は少ないが、前回よりは確実に増えていた。
このまま増えていくとしたら、いずれはレベルを上げるのが簡単では無くなるだろう。
すると、レベルアップの時にしか手に入らないスキルポイントは、段々と貴重になってくる。
ならば、取得するスキルは慎重に選ぶべきだろう。
もし俺がこの依頼を受けるとしたら、『解体』のスキルを習得してからの方が良さそうだ。
『解体』を取得するのに必要なスキルポイントはたったの一ポイント。
でも、魔物と戦う気のない俺には、それ以外の使い道は無さそう。
だったら、『解体』は無しかな。
新しいスキルを早く取得したいという思いはある。
好奇心もあるが、何よりも早く取得したスキルでお金を稼げるようになりたいという思いが強いのだ。
でも、そんな一時の感情に支配されて、後悔はしたくない。
俺には、これから一生をかけて返していかなければならない借金があるのだから。
前生のような失敗は犯せない。
今度こそ、先を見据えて学んでいくのだ。
「ショーゴくん、そろそろ仕事には慣れたかね?」
三つ目の鐘が鳴ってから暫くした頃、届け先でメイロから声を掛けられた。
その言葉に、俺は少し考える。
冒険者ギルドの中で、入ってはいけないと言われた場所以外は、もう全て回ったと思う。
位置も覚えたし、どんな場所なのかも大方聞けた。
慣れたと言えるんじゃないだろうか。
「うん」
「そうか。何か仕事のことで困ったことはあるかね?」
困ったこと。困ったこと。
お金のこととか、取得スキルの選び方とか。
でもこれは、仕事の事じゃない。
仕事のことで?
この簡単なお手伝いのことでか。
無いな。
「大丈夫」
「そうか。宿舎での生活はどうかね?」
どう、とは?
問題は無いかってことだろうか?
だとしたら、まだ何とも言えない。
しっかりと会話したのは、まだロダンとレイトくらいだし。
皆、悪い子たちじゃ無いと思うけど。
性格とかは、もうすこし仲良くなってみない事には分からない。
でも、しいて言うなら。
「楽しい」
ロダンもレイトも、色々と教えてくれる。
ここまで俺を気に掛けてくれる人なんて、前生では居なかった。
「そうか、それは良かった」
そう言ったメイロの口元は、僅かに笑みを浮かべている。
「それでも何か困ったことがあったら、遠慮せずに冒険者ギルドの職員へ相談しなさい。全てを解決することは出来ないが、相談にはいつでも乗るから」
もしかして、俺は今、メイロにも気に掛けられているのだろうか?
ふと、そんなことを思った。
それからまた、俺は仕事に戻る。
四つ目の鐘が鳴った後から、依頼から帰ってきた手伝い級の子供たちが受付カウンターに並び出す。
そうしてそのまま、酒場で食事をしてそれぞれに帰っていく。
手伝い級の子供たちの依頼は、殆どが鐘四つを目途に終わるようだ。
さらに暫くして、五つ目の鐘が近づくと大人の冒険者たちによって、冒険者ギルドが活気づいてきた。
依頼帰りの冒険者たちが増えてきたのだ。
完了した依頼の依頼用紙や採取した素材を運ぶのに、俺も忙しくなる。
そうして五つ目の鐘が鳴ったところで、俺の依頼は終了した。
その後、俺は依頼の完了報告を行おうとしたのだが。
受付カウンターが大人の冒険者たちで混んでいるということから、無用なトラブルを避けるため特別に別口で依頼報告をさせて貰えた上に、酒場にも酔った冒険者が溢れ出したということで、職員用の別室で酒場の食事を提供してくれることになった。
食べるのは、昨夜と同じ見習い級限定のおまかせ定食。
似たような料理だったけど、今日の肉はホーンラビットのものだそうだ。
ホーンラビットは角のある兎で、パンドラの森の境界付近でよく見かける魔物らしい。
ある冒険者パーティーが大量に持ち込んだために、手伝い級限定のおまかせ定食にもあまりが流れてきたそうだ。
近くにいた職員が教えてくれた。
味付けは昨夜と同じ大雑把な塩味。だけど、昨夜の肉よりは癖が無くて食べやすい。
今回は量も少なめにしてもらったし、しっかり食べきることが出来た。
まあ、それでも食べ終わった時、お腹ははち切れそうだったんだけど。
夕食だけで今日の稼ぎはいっぺんに吹き飛んでしまったが、今日の依頼は稼ぎ以上の意味がある依頼だったので、後悔は無い。
そんなわけで、本格的にお金を稼ぐのは明日からが本番だ。
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