014.一口に雑用依頼と言っても色々ある

 朝起きて、身支度を整えた後、朝食を取る。

 今日の当番は兎人族のルッコラ。


 獅子人族のロダンが肉食という訳ではないように、兎人族のルッコラも草食という訳では無い。

 獣人とはあくまで獣の特性の一部を受け継いだ人間というだけで、獣由来の弱点は殆ど受け継がないのだという。


 食べ物の好き嫌いから、そんな獣人という種族の特性にまで話の内容を広めつつ、俺たちは朝食を食べる。


 ちなみに朝食の内容は、昨日俺がレイトから教わったスープと硬いパン。

 肉は昨夜、俺が食べたのと同じ、ホーンラビットだった。

 どうやら手伝い級限定のおまかせ定食に出た肉が、次の日の宿舎の朝食に回される傾向があるようだ。


 朝食の途中、これって兎だよな? と思いつつ、チラリと視線をルッコラに向けると、当人は普通に食べていた。

 多分、繊細な話題だとは思うので口に出す気は無いけど、どうやら食べる分に関しては気にする必要は無いらしい。


 集団での生活をするのなら、こういう部分もしっかりと気に掛けておかなければ。



 いつもの時間に冒険者ギルドへとやってきた俺は、早速雑用依頼のまとめられた掲示板の前にやってきた。

 昨日の依頼を受けたことを後悔したりはしないけど、今日こそはしっかりと稼ぎたい。


 昨日はどの依頼を受けるかで迷ってしまったから、今日は朝食の時に他の皆へどんな依頼がおすすめか聞いてきた。

 さすがはこの世界の先輩方。色々な雑用依頼の特徴を教えてくれた。



 獅子人族のロダンからお勧めされたのは、冒険者ギルドでたまに出している雑用依頼全般。

 昨日、ロダンも受けていた魔物の解体や、薬草の仕分け、貸出武器の手入れなど。

 報酬は少な目が多いけれど、その分、職員から教えてもらえることも多く、知識や技術を磨ける為、冒険者としての将来を考えれば、得られるものは大きいそうだ。


 人族のレイトからお勧めされたのは、町中の配達依頼。

 各ギルドから出されることが多く、手紙や荷物をあちこちに配達する依頼だ。

 昨日、俺がやった依頼の町中全体バージョンって感じか。

 町の地理をしっかり把握していないと、たまに迷うこともあるけれど、依頼者や配達先によっては追加でお小遣いを貰えることもあるらしい。

 あと、たまに冒険者ギルドにいる冒険者から、他のパーティーメンバーへ言伝を預かることもあるそうだ。そう言う時は急ぐ必要があるけれど、その分、報酬も少し高めなんだとか。


 人族のアニアからお勧めされたのは、町に住む人の家事手伝い。

 ちょっと裕福な家では、手伝い級に簡単な家事の依頼を出している家もあるそうだ。

 覚えることは多いし、家によって家事のやり方も変わってくるけど、気に入られるとその個人を優遇した依頼を出してくれるようになるし、仲良くなればたまにお土産を持たせてくれることもあるらしい。こうした依頼の事を優遇依頼と呼ぶそうだ。

 アニアの場合、数件の家からそうした依頼が出ているため、数日置きにそれぞれの家の依頼を受けることにしているのだとか。

 これがきっと昨日、ロダンが言っていた指名依頼みたいな奴のことだな。


 兎人族のルッコラからお勧めされたのは、食堂のお手伝い。

 表立ったら注文を取ったり、食事をテーブルに運んだりといったウェイター。

 裏方だったら皿洗いや野菜の皮むきなどの調理補助。

 時間帯によっては忙しくなることもあるけど、報酬は悪くないし、何よりも賄いが付いてくるので、美味しい料理が食べられて、食費も浮く。

 いつも明るく元気なルッコラは、その働きぶりを気に入られたお店があって、そこの依頼を毎日受けているそうだ。


 ドワーフのリケットからお勧めされたのは、生産ギルドに所属する職人の手伝い。

 広義ではルッコラの言っていた調理補助も料理人ギルドの職人の手伝いと言えるけど、リケットが言っていたのは、鍛冶師ギルドの職人の本格的な手伝いだった。

 リケットはドワーフという種族の特性で、鉱石や火との相性が良いそうだ。

 その為、鍛冶場の手伝いはリケットにとって、すごく働きやすい仕事なのだという。

 しかも、鍛冶仕事は慣れていないとかなりキツイ仕事だそうで、その分、報酬はかなり良いらしい。

 リケットなどは鍛冶場の親方からその仕事ぶりを気に入られており、さらに報酬も上がっているそうだ。

 種族の特性は真似できないけど、相応のスキルを取得して鍛えれば、俺にも似たようなことは出来るかもしれない。


 最後にこの中では最も俺と年齢が近い人族のルークからお勧めされたのは、畑仕事の手伝い。

 農家の方たちはおおらかな人が多いそうで、仕事の内容的にも自分のペースで行うことが出来るのだそうだ。

 ルークは何というか、ちょっと他よりも半歩遅れてしまうことがあるようで、自分のペースで出来る畑仕事の手伝いは非常に合っていると思ったらしい。

 仕事全体として見たら、結構体力を使う仕事ではあるけれど、その分、報酬も良いし、収穫された野菜の一部を追加報酬として渡されることもあるそうだ。



 依頼の内容だけでなく、依頼をする人たちの人となりまで聞くことが出来て、よりはっきりとイメージが固まった。

 その上で、今日の雑用依頼掲示板に貼られた依頼を確認して、良さそうな依頼を決めるのだ。


 うん、これにしよう。


 そうして俺が、選んだ雑用依頼がこちら。


 推奨ランク:手伝い

 依頼種別 :雑用依頼

 参加上限 :3名まで

 依頼者  :町人地区の農家 カウセル

 依頼場所 :町人地区西 農地

 依頼内容 :農作業の手伝い 草取り

 報酬   :鉄貨10枚

 依頼期間 :鐘一つから鐘四つまで




 ここは、町人地区の東側にある畑地帯の一角。

 本来、この世界で畑は壁の外に作るのが定石らしいけど、このイストールでは壁の外はかなり危険なため、基本的に畑は壁の内側に作られているものだけらしい。

 その為、畑はそこまで広くなく、この町で食べられる野菜の殆どは、北にある村々から運ばれてくるものが主なのだそうだ。


 そんなわけで、ここで作っている野菜は、パンドラの森の近くでしか育たないという特殊な野菜ばかり。

 値段も相応に高いため、大抵は他の町へ出荷することが多いそうだ。


「んじゃ、ここからここまでの草取りをお願いするわ」


「うん」


 畑の端から真ん中辺りまでを示しつつ、そう言ったのは鍛えられた身体を持つ初老の男性。イストールで農家を営むカウセルという人族のおじさんだ。

 茶色い短髪に茶色の目をしたカウセルは、イストールの町人地区でよく見かける生成りの服を着ていた。

 土の色が染みついた指先には、刻まれた歴史と積み重ねられた技術の深さを感じる。


「分からねえことがあったら、聞きに来いよ」


 カウセルの言い方は少し雑だが、声音は優しい。

 ルークの言っていたように、おおらかな人のようだ。


 よし、やるぞ。

 俺は気合を入れて、畑の草取りを始めた。


 俺が今、草取りをしている畑に生えている野菜は全く見た事のない野菜だ。

 宿舎の手前の庭に植えてあった野菜とも違う。

 葉っぱは鮮やかな赤い星型で、所々に実っている収穫にはまだ早い実の形は、先のとがったトマトのよう。でも、色は目の覚めるような真っ青。

 これが食べごろに近づくと、次第に白くなっていくそうだ。

 一応、名前を聞いたら、メダンって野菜らしい。

 味は、ちょっと子供には辛すぎるとのことだ。


 前生では辛いの好きだったから、機会があれば食べてみたい。

 今の子供の身体が、辛さに耐えらえるといいけど。



 草は小さい者でもしっかりと大地に根を張っている。

 その為、手だけで抜くのは厳しいものもあった。

 そんな時は小さなスコップみたいな道具で土を少し掘り返してから引き抜く。


 ただ、草の根っこは完全に取り切る必要は無いらしい。

 少しくらい残っても、そこから草がまた生えてくることは無いそうだ。



 草取りを続けながら、カウセルともたまに話す。


 この辺りはパンドラの森から流れ出す自然の魔力が強いそうで、色々と特殊な植物が育ちやすい環境なのだという。

 まあ、人が住まう地ではその魔力が減ってしまうようで、さすがにパンドラの森の内部ほどでは無いけれど、探せばイストールの周辺にも高く売れる植物が生えていたりするそうだ。


 ただの雑草も豊富に生えているので、ある程度の戦闘能力と特殊な植物を見極めるための知識が無ければ、それで儲けるのは厳しいそうだけど。


 ちなみにこの畑に生えている雑草は、完全に何処でも見かけるただの雑草で、何の価値もないそうだ。


 そんな話を続けながらも、俺はしっかりと手を動かし続けていた。




 こういう単調な作業は、結構得意だ。

 自分のペースで進められるというのなら尚良い。

 丁寧に、丁寧に、進められる。

 時間はかかってしまうけど、この依頼の報酬は銅貨一枚。

 夕飯を食べても、しっかりとお釣りが残る。


 たった鉄貨五枚とはいえ、残るお金があるということが大切だ。

 これをあと三日続ければ、銅貨二枚分が貯まり、またレベルを上げることが出来る。

 そうでなくとも、鉄貨五枚が手元にあれば、一日働かないという選択肢を取ることもできるだろう。


 勿論、その一日を怠惰に過ごすわけではない。

 冒険者ギルドの資料室に籠ったり、町中を歩き回ってイストールについてもっと詳しく調べたり、他のギルドに行って色々と話を聞いてみたり。

 やりたいことはたくさんある。


 でも、それをするのはもうすこし先だろう。

 雑用依頼を受ければ、今回みたいに依頼人と話す機会も出来て、自然と色々な情報を得ることが出来そうだし、報酬だって手に入る。

 イストールに慣れるまでは、雑用依頼を続ける方が良さそうだ。



 単調な作業を続けていると、色々と考えてしまう。


 手に入れたスキルポイントを使って、どのスキルを取得するか。

 それが俺の一番の悩みだ。


 今、気になっているのは、生産ギルドのこと。

 通常、職人と呼ばれる人たちは、技術を研鑽してスキルを磨くという。

 だけど、俺のギフト『捧金授力』なら、あっという間にスキルを磨ける。

 スキルを取得したら、後は金さえあればあっという間に一端の職人だ。


 ただ問題は、そう言った仕事があった場合、その報酬はいくらなのか。

 そして、たとえスキルを取得したとして、その仕事を俺が行うことは出来るのか。


 そもそも、スキルを取得するというのはどういう感覚なのか。取得したらすぐにでも使えるのか。慣れる時間は必要なのか。使いこなすのに経験は必要なのか。

 まだ一度もスキルを取得したことが無い状況では、何一つ分かっていない。


 やはり一度、何らかのスキルを取得して、スキルがどのような効果を齎すのか調べてみるべきだろう。


 それは分かっているのに、スキルポイントの希少性が俺の足を鈍らせる。


 次のレベルアップに必要なお金は銅貨二枚。

 この上がり方が続くようなら、当面は今の稼ぎでもレベルを上げ続けることが出来るだろう。

 なので、暫くスキルポイントを得続けることは出来そうだ。


 問題は、スキルを取得する際に使うスキルポイントの消費量について。


 スキルを取得するためのスキルポイントは、スキルによって違ってくる。

 一番安いスキルは、一ポイントから取得可能。

 だが、高いスキルになると、五ポイントかかったり、十ポイントかかったり。


 中には一つのスキルを覚えるのに、百ポイントや三百ポイントが必要なんてスキルもある。まあその辺りのスキルは、チートなんて呼ばれる類いの明らかにやばい効果を持ったスキルばかりだったけど。


 レベル二で得られたスキルポイントは五ポイント。

 もしもこれがレベルアップ毎に一律だとしたら、一体どれだけポイントを貯め続ければ取得できると言うのだろう。


 仮にレベルアップで得られるスキルが五ポイントで固定だった場合。

 百ポイントまで貯めるには、レベルにして二十。

 三百ポイントまで貯めるには、レベルにして六十。

 なかなかに遠い道のりだ。


 最初からこんなスキルを目指すよりは、まず安いスキルを手に入れて、稼ぎを上げる方が先だろう。

 そう分かっているのに。


 それでも、スキルポイントを使うのに躊躇してしまうのは、高いスキルの効果が魅力的過ぎるから。

 少しでも早く、高いスキルを手に入れたくて、貯めようと思ってしまう。


 武器について迷っていたロダンには、先のことよりもまず手近な目的の達成を考えろ、なんて偉そうに言ったくせに、自分のことになるとこれだ。


 本当にどうしようもない。

 これでは、前生と何一つ変わらないじゃないか。


 やっぱりまず、何か一つでもスキルを手に入れるべきだろう。

 全てはそこから。


 そんなことを考えていたら、草取りはあっという間に終わっていた。



 俺は忘れないようカウセルに依頼用紙へサインを貰い、そのまま冒険者ギルドへ向かう。


 夕飯は、いつも通り。

 相変わらず、味付けは薄いし、肉は硬いが、食べられるだけ上等だ。


 仕事の終わりにカウセルからお土産としてもらった野菜は、食べ方が分からなかったので、宿舎の台所に置いておいた。


 きっと次の当番が朝食に使ってくれるだろう。










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