side.ロダン

 ここはイストールの冒険者ギルドが管理する手伝い級の為の宿舎。

 その食堂での朝食の席に、唐突な二人組の来訪者があった。


 一人はロダンたちも良く見知った相手。

 冒険者ギルドのベテラン受付担当イザベラ。

 何かと世話になっている人だ。


 しかし、その後ろに付いているのは、見知らぬ男の子。

 ロダンは食堂に揃う他の一同を見回してみたが、みんなの困惑顔を見るに誰の知り合いという訳でもなさそうだった。

 背丈から考えて年齢は多分、宿舎最年少のルークより年下だろう。

 黒髪黒目のこの辺りではあまり見かけない顔立ち。


 イザベラの年齢を考えると、そのくらいの子供がいても不思議では無いけれど、イザベラに子供がいるなんて話は聞いたことも無いし、顔も全く似ていない。

 ならば、誰だろうか?


 そんな疑問を抱く皆を代表して、ロダンがイザベラに男の子のことを尋ねてみると、なんと新しく冒険者ギルドに登録した見習い級の子供だという。

 人族で名前はショーゴ。

 その年齢はなんと六歳。


「さすがにその年齢で冒険者は、幼過ぎないか?」


 年齢を聞いたロダンは、思わずそんな言葉を口にしていた。

 しかし、それに対してショーゴは、


「大丈夫。しっかり働くから」


 落ち着いた声音で、そう答えた。

 そこには自分の力に対する過信も、子供らしい冒険者家業に対する夢想も無い。

 地に足の着いた確信だけがあった。


 そもそも、イザベラが付いているということは、冒険者ギルドが登録を認めたということに他ならない。それに登録できたということは、試験を突破したということだろう。試験を無事に突破出来たのなら、依頼を受けるのにも不都合はないはず。

 ならばそれ以上は、一冒険者であるロダンが意見する事では無い。


 ロダンは言いかけた言葉を止めて、代わりに歓迎と自己紹介の言葉を口にした。



 六歳の頃、自分は何をしていただろう。

 まだ、シグラフじいちゃんや同じ孤児院の兄姉たちに迷惑ばかりかけていた気がする。

 そんなことを思いながら、ロダンは他の子供たちが順番に自己紹介をしていくのを聞いていた。



 ショーゴと名乗った人族の男の子は、年齢の割にしっかりとした言葉遣いをしている。

 着ている服もよく見れば、安い生成りの生地とは違う、質素だけど高そうな材質だ。

 もしかしたら、噂に聞く貴族の子だったのかもしれない。


 だけど、その時のロダンが一番気になったのは、その匂いだった。

 ショーゴから漂ってくる血の匂い。しかも、遥かに強力な魔物の血だ。


 その血の匂いでロダンは、大人の冒険者たちが話していたある討伐依頼の事を思い出した。


 最近、パンドラの森を住処とした帝竜の一匹、闇帝竜グロウノウズの討伐依頼。

 迅速に進められたその依頼をロダンが知っていたのは、たまたまロダンが入るよりずっと前に宿舎を出た元手伝い級の先輩冒険者が、そこに参加していたからだ。


 ロダンがイザベラにその事を聞いてみると、案の定、ショーゴはその依頼の途中にパンドラの森の奥深くで拾われたとのこと。

 ついでに依頼の事も聞いてみると、闇帝竜グロウノウズは無事に討伐されたそうだ。

 しかし、帰ってきた冒険者たちの様子は、惨憺たる有様だったらしい。


 出発時は五パーティー、二十八名で出掛けていった高ランク冒険者たちだが、帰ってきたのは僅か七名。

 ロダンの知る先輩冒険者も、どうやら帰らぬ身となったらしい。


 悲しい事ではあるが、それが冒険者という生き方だ。

 幸いというべきか、ロダンと年の離れたその先輩冒険者はそこまで親しかったわけではない。

 ロダンは気持ちを切り替えて、ショーゴの事に改めて意識を向けた。



 ショーゴがどんな出自であれ、これからはこの宿舎で共に暮らす手伝い級の冒険者だ。

 ここで生きる者には、守ってもらわなければならないルールがある。

 それを守ってもらえなければ、正式に仲間として迎え入れることは出来ない。

 たとえ、相手が誰であっても、冒険者ギルドがそれを認めたとしても。


 そうしてロダンは、自分がこの宿舎にやってきた時、その時の最年長であった先輩に言われた言葉を。


 そして自分もまたこの宿舎で最年長になってから新しく入ってくる手伝い級の後輩に告げている言葉を。


 ショーゴへと伝えた。


 それに対してショーゴは特に悩むことも無く、あっさりと了承の言葉を口にする。

 あまりにも早すぎるその返答を聞いて思わず、本当に理解していたのかと、ロダンが視線を送れば、そこには真剣な目をしたショーゴの姿があった。


 本当に不思議な子だ。




 新たに仲間となったショーゴの為に、誰かが宿舎の案内をする必要がある。

 だが、皆はそろそろ冒険者ギルドへ依頼を受けに行く時間だ。

 中には優遇依頼が出されていて休めない子もいる。

 そこでロダンが、その役を請け負うことにした。


 ロダンはこの宿舎の最年長であり、皆の実質的なリーダーだ。それに今のロダンは他の仲間たちと違って、優遇依頼が出されているわけでも無いし、無理に依頼を受けなければならないほど、金銭的に切迫しているわけでも無い。

 おまけに個人的に武器選びで煮詰まっていたという事情もある。


 もしかしたら、気分転換になるかもしれない。

 ロダンが案内役を請け負ったのには、そんな思いもあった。



 年齢の割にショーゴはとても大人しく、案内はスムーズに進んだ。

 たまに来る質問も的確で、ロダンは途中から年上を相手にしているようである。

 そうしてあっさり宿舎の案内が終わると、次は町へと繰り出すというショーゴに付き合い、ロダンが引き続き町の案内することになった。


 しかし、途中までは順調に案内が出来ていたロダンだったが、武具屋に寄った事で思わず悩みが再燃してしまった。


 今はショーゴの案内を優先するべきだ。

 そう分かっていても、つい武器の事を考えてしまう。



 ロダンが昇格に必要な貢献度は既に足りているし、見習い級で活動するために掛かる費用もこれまでコツコツと貯めた貯金がある。

 しかし、見習い級に上がるために必要なのは、それだけではない。

 その一つが、魔物との実戦も解禁となる見習い級に必要不可欠な武器のスキル習得だった。


 武具というのは、見習い級向けの安物であってもそれなりの値段がする。

 シグラフに散々言われていた事もあり、万が一のことも考えて、ロダンの貯金には多少の余裕があるけれど、それは途中でほいほいと武具を買い替える事が出来る程のものではなかった。

 武器選びは慎重にいきたいというのが、ロダンの本音。

 しかし、さすがにそろそろ武器を決めて、スキルの習得に励みたいとも思っている。

 なにせ、ロダンが見習い級になるための準備は、あと武器のスキル習得だけなのだから。


 しかし、ロダンにはどうしても武器を一つに選ぶことが出来なかった。

 それには、ある理由がある。



 武器系のスキルというのは、その武器を使い続けていれば、誰であってもいつかは習得が出来るものだ。

 ただし、同じように訓練を続けていても、スキルを習得するまでに掛かる時間は、当人の才能に左右される。

 武器に才能がある者であれば数日で覚えられるスキルも、才能が無ければスキルを覚えるのに数か月かかる場合もあった。


 しかも、才能のある武器のスキルは、その成長もまた早くなる。

 スキルの成長が早くなるということは、それだけ他より強くなれるということだ。

 それだけに才能の有無とは、戦いを生業とする物にとって、とても重要な事なのである。


 この才能の有無を調べるのは、指して難しい事では無い。

 ただ何度かその武器を使ってみれば、感覚的に分かってくるのだ。


 もし才能のある武器なら、何度か使えばその効率的な使い方が何となくわかってくる。

 逆に才能の無い武器なら、そもそも他人と同じように扱うことすら難しい。


 だからこそ、冒険者が扱う武器を選ぶ時、最初に考えるのは大抵の場合、才能の有無だった。


 ロダンもその例に漏れず、冒険者ギルドで貸し出しの武器を使い、自身の才能を調べたのだが。

 それで分かったのは、ロダンには苦手とする武器は無いけれど、代わりに特別才能のある武器もないという、何とも中途半端な結果だった。


 つまり、それはどの武器を選んでも同じということ。

 その自由な選択肢は、ロダンを深く迷わせた。


 先輩冒険者たちへアドバイスを求めるも、あとは当人次第と言われるのみ。

 それでも尚、先輩冒険者たちの選んだ方法を聞いたら、それらしい選び方は見つかった。


 それは、憧れた武器を選ぶこと。


 確かにどれでも同じなら、憧れを選ぶのも一つの選択肢だ。

 ロダンにもまた憧れた武器というのが幾つかあった。


 例えばそれは、伝説として語られる先代グランドマスター、天命のアルヴァートが使っていたとされる長剣と盾の組み合わせだ。長剣と盾は攻守様々な状況に対応できるオーソドックスな武器である。


 また、先輩冒険者が使っていた槍にも憧れはあった。ブンブンと振り回して敵を寄せ付けず、後方から必殺の一突きで串刺しにするのだ。安全性の高い戦い方が出来る。


 そして、現役時代は前衛としても活躍したという戦う神官、孤児院院長のシグラフが使っていたというメイス。シグラフはその姿に見合わぬ荒々しいメイスの一撃で、数多の強敵を屠ってきたという。

 ただしこれは、あまりシグラフ本人がその辺りの話をしたがらないため、ロダンが人づてに聞いた話ではあったけれど。


 どれもロダンの憧れる武器たちだった。

 いつか、高ランクの冒険者になったとき、それらを強敵相手に振るう自分の姿は、明確に思い浮かぶ。

 幼い頃から何度も何度も、同じ夢想をしてきたが故に。


 しかし、そうやって選ぼうとするたびにロダンは心のどこかで、本当にそんな選び方で良いのか、と言われている気がした。

 大事なことなのだから、もっとしっかりとした理由で選ぶべきだ、と。


 勿論、ロダンはその選び方が悪い選び方だとは思っていない。

 実際、憧れで武器を選んだ先輩冒険者は何人もいたし、それで成功もしている。

 ただ、その選び方がどうしても、ロダンの性に合っていないというだけで。



 武器の並べられた棚の前でロダンがそんな思考に沈んでいると、唐突にショーゴから声を掛けられた。

 どうやらショーゴは、ロダンが武器をじっと見ていることが気になったようだ。


「どうしたの?」


 と尋ねてきたショーゴに、ロダンは自分が悩んでいた事を説明した。

 見習い級に上がる際の、武器選びで悩んでいる、と。

 別に聞かれて困るような事でもないし、もしかしたら何か


 すると、ショーゴは少し悩んだ様子を見せた後、ボクだったらと前置きをして、どんな魔物と戦うのかを考えながら選ぶ、と言った。


 どんな魔物かと聞かれても、ロダンの頭に浮かぶのは、これまで見たり聞いたりしてきた多くの魔物のこと。

 冒険者というのは、基本的に特定の魔物に狙いを定めるなんてことはしない。

 依頼に出された魔物を狩るか、或いは襲ってくる魔物を迎え撃つか。

 さらにランクが上がっていけば、探索範囲も変わってくるし、それに応じて戦う魔物の種類も増えていく。拠点を持たぬような冒険者であれば、地域によっても魔物の種類は変わってくる。

 一概に言うことなんて出来ないだろう。


 そう説明しようとしたロダンの言葉に、ショーゴはさらに言葉を重ねる。


「いや、そんな先の話じゃなくて。この町の近くで見習い級が戦う魔物のこと。あとは一人で戦うのか、仲間と戦うのか、とか。そうやって稼ぎが増えたら、また武器を買いかえればいいかな、って……」


 それは遠い未来を思い描いていたロダンからすれば、思いもよらない考え方だった。


 そうだ。

 確かにずっと先の話より、今は今の事を考えるべきだった。

 それに、ここで選んだ武器を一生使い続ける必要もない。

 お金が出来た頃、武器に不満があったなら買い替えればいいだけの話。


 その分、スキルの鍛錬は大変だが、どうせ才能と言う程の才能が無いロダンでは、一つの武器を極めようとしたところで、才能のある者たちには叶わないのだ。

 ならば、むしろ様々な武器を使えるようになって、相手によって使い分けるというのも良いかもしれない。


 ロダンには武器に対する特別な才能は無いけれど、代わりに苦手とする武器というのも無いのだから。


 足を立ち止まらせていた壁がショーゴの言葉によって崩されたことで、視界は一気に広がっていき、ロダンには遥か先まで続く道が見えたような気がした。

 色々なアイデアがとめどなく溢れてくる。


 中途半端なまま決められず、迷い続けたことは間違いでは無かったのだ。

 そうしてロダンは、そんな壁を崩す切っ掛けをくれたショーゴに心からのお礼を告げたのだった。



 その後、ロダンはショーゴの為に、全力で町の案内を続けたのだが、ショーゴは帰り道の途中で唐突に倒れてしまう。

 一瞬驚いたロダンだったが、どうやらショーゴが寝ているだけだと気が付くと、ほっと胸をなで下ろした。


 こういった子供は、孤児院でもたまに見かけたことがある。

 恐らく疲れが溜まっていたのだろう。

 そう結論付けると、ロダンは倒れたショーゴをおぶって、冒険者ギルドまで戻った。

 自らの壁を打ち崩してくれたショーゴに、今夜の夕食を奢るために。



 それにしても、随分と大人びた子供だと思っていたが、こういう所は年相応なんだな。

 自身の背で寝息を立てるショーゴを感じつつ、ロダンはそんなことを思っていた。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る