005.どうやって稼ぐ?

 この世界にある法則、所謂システムでは、スキルとは関連した技能を磨くことで習得することが出来るという。

 商売神はさらっと告げていたけれど、そこにはきっと相応の努力が必要だろうことは想像に難くない。


 その努力する時間をお金で買えるのだと考えれば、確かにこれはかなり強力なギフトだ。

 ただそれは、自由に使えるお金が潤沢にあればの話。


 勿論、商売神が言うように、このギフトを使いこなすことが出来れば、お金は幾らでも稼げるのだろう。

 ギフトがお金を生み、そのお金がギフトの力を高めてくれる。

 一度でも回り出してしまえば、状況は好転し続けるのかもしれない。


 だが、その状況に持っていく為には、最初にギフトへお金を使う必要がある。

 そう、このギフトを使うには初期投資が必要なのだ。


 それも、少しのお金があればよいというわけでも無い。

 レベルを上げて、スキルポイントを手に入れれば、スキルは手に入る。

 だが、そのスキルを成長させるにも、お金は必要だ。

 成長していないスキルでお金が稼げるとは思えない。


 通常であれば、スキルを使い続ければ、いずれはスキルのレベルが上がっていくのだろう。

 だが俺の場合は、そのスキルでお金を稼げなければ、そのスキルを使ってスキルレベルを直接的に上げることは出来ない。


 じゃあ、何処かで仕事を探して、コツコツと貯めていくか?

 スキルも無い俺が、お金を稼ぐのにどれだけの時間が掛かるのだろう。

 お金が無い現状で、このギフトはむしろ足枷でしかない。


 ゼロからお金を貯める難しさは、前生の経験で身に染みている。

 お金とはただ稼げば、貯まっていく訳では無いのだ。

 何故なら、人間はただ生きているだけで、お金が必要なのだから。


 生活費。その最低限である食費。

 それが無ければ、人は簡単に死ぬ。

 それに安全な睡眠をとるためにも、お金は必要だ。

 それらが滞れば、体力が徐々に削られていく。

 すると、お金を稼ぐのに支障が出る。

 だが、生活費にお金を回し過ぎれば、今度はお金が貯まらない。


 それに加えて、俺には借金もある。

 これを定期的に返していくとなると、どれだけのお金をレベルやスキルにつぎ込めるのだろうか?


 お金、お金、お金。


 ギフト『捧金授力』がある限り、俺は何をするにもお金が必要だ。

 でも、今の俺が一体どうやってお金を稼げばよいのだろう?

 この子供の身体で、知り合いもおらず、何も知らない世界で一人。


 最初に思いついたのは、嫌になるような事だった。

 多分、記憶に惨たらしく焼き付いているうえに、商売神から何度も連呼されたせいだろう。


 借金。


 借金をして、そのお金をつぎ込めば、レベルも上がり、スキルも強化できる。

 そうしたら稼いだお金で借金を返せばいい。

 だが、そんな金を貸してくれる場所が、果たしてこの世界にあるのだろうか?

 たとえあったとしても、子供の俺にそれほどの金を貸してくれる者がいるとは思えない。


 そうすると、次に思いつくのは異世界系の小説でよくある職業、冒険者として稼ぐこと。

 ふと、室内に置かれた掲示板へと視線が向く。


 そこには数十枚の紙が貼られていた。

 紙に書かれているのは、恐らく冒険者に対する依頼の数々。


 推奨ランク、必要ランク、依頼内容、依頼期間、依頼期限、依頼人、報酬等々。


 用紙によって書かれている内容は少しずつ変わってくるが、幾つか見ていけば、それがどのような形式で書かれているのかも分かってくる。


 依頼の内容は多岐に渡っていた。


 まず一番目につくのは魔物の討伐や、他の町への護衛といった依頼。

 魔物の討伐には推奨ランク、そして他の町への護衛には必要ランクが書かれていることが多い。

 まあどちらにしても、相応の危険がある依頼って事だろう。

 その分、報酬も高い……ような気がする。

 依頼の報酬欄に書かれているのは、銀貨や金貨。

 商売神が説明してくれたこの世界の通貨の価値からすると、かなり高額と言えるだろう。


 続いて、森での採取依頼。

 多分これらは、薬草採取ってやつだろう。

 森という言葉で俺が思い浮かべるのは、俺が最初にいた場所だ。

 あの危険な魔物がはびこるおっそろしい森。

 まさか、この世界にある森の全部が全部、あんな森では無いと思いたいが、書かれた報酬の高さが、その危険度を表しているように思える。


 これらは無理だ。

 如何に報酬が高かろうと、俺にそんな生き方は出来ない。

 あの冒険者たちのように、命を賭け金にして金を稼ぐような方法は。


 絶対に無理。


 まだ目を瞑れば鮮明に脳裏へと浮かぶ、引きちぎられた冒険者たちの血と臓物。

 苦痛と苦悶の声無き悲鳴と、ひりつくような死の気配。

 あの絶望的な臭いが漂ってくるようだ。

 頭を振って、そんな記憶を振り払う。


 俺は前生、最後の瞬間に決意した。

 次こそは、賢く堅実に生きようと。

 それは、もうあんな目に合わぬようにするためだ。


 他に無いかと依頼の中を探していくと、少し離れた場所にそれ以外の依頼も幾つかあった。


 どぶ攫い、畑の草むしり、皿洗い。


 子供の手伝いだとか、自治会の当番みたいな依頼の数々。

 実際、他の依頼に比べて、得られる報酬は格段に低い。

 書かれている報酬は、鉄貨の範囲を超えない程度である。


 でも、こちらならば、俺にも出来そうな依頼が幾つかあった。

 危険も他の依頼よりかは少ないだろう。


 あとは今の俺の年齢で冒険者になれるかどうか。

 ステータスには、この肉体の年齢も表示されていた。

 六歳。それが今の俺の年齢。

 六歳って言うと、確か小学校に入学するくらいの年齢だったっけ。

 正直、大分厳しいところだ。


 元の世界では確実に働けない年齢である。

 だがここは異世界。しかも剣と魔法の世界である。

 或いは。


 そう思ってふと、俺が視線を受付カウンターらしきものがある方向へ向けてみると、受付カウンターの向こう側に座る女性と目が合った。

 どうやらずっと見られていたらしい。

 いつから?


 はっとして、未だ開かれたままのステータス画面に視線を移す。


 もしかして、これを見られていた?


 万が一を考えて酒場にいる冒険者たちの視線からは隠れるように壁側を向いて、そっとステータスを表示していた訳だけど、まさか横からも見られていたとは。

 ちょっと、普段とは違う状況で視野狭窄に陥っていたようだ。


 不味いステータスとか見られただろうか?


 見られて不味いと思うものは、名前、スキル、ギフト、称号と盛りだくさん。


 いや、そもそもステータス画面ってこの世界の人間は開けるのか?


 この世界にはレベルとスキルなんてシステムが存在する。

 ならば、個人でステータスを表示出来る可能性もありえないとは言い切れない。

 だが、同時にあるとも言い切れないだろう。

 なんせ俺には、この世界に関する知識が殆ど何も無いのだから。


 果たしてステータス画面の表示はシステムの一部なのか、それとも俺だけの改変された能力なのか。


 どうしよう。

 逃げるか?


 そうして俺が、その場から立ち上がろうとした瞬間だった。



 そうそう、君が今、開いているステータス画面についてだけど。

 これはこの世界のシステムの一部だから、この世界に生きるものなら誰でも開くことが出来るよ。

 それと開いたステータス画面は、他人からは見ることが出来ないから。


 そんなに怯える必要は無いんだよ?

 」



 再度、唐突に語りだした情報の塊は、それだけを告げるとまた静かになる。


 語り掛けてきたのは、あくまで俺の頭にぶち込まれた情報の塊だ。

 ただ一方的に記録された情報を吐き出しているだけ。

 そう思っていたのだが、それにしてはあまりにもタイミングが良すぎる。

 もしかして俺は、現在進行形で商売神に見られているのだろうか?


 前生の円形舞台を囲んでいた観客たちの事を思い出して、少し嫌な気分になった。



 と、それはそれとして。

 未だに俺と受付カウンターに座る女性の視線は重なったままだ。

 ステータスが見られていないというのは良かったが、俺を見られていたのは確かだろう。

 ずっと部屋の隅っこにしゃがみ込んで、独りでじっとしていたところを。

 何処から見られていたんだろう?


 沈黙が気まずい。


 ど、どうしよう。

 別の意味で逃げ出したいような気もするけど、これはチャンスなのではないだろうか?

 酒場の飲んだくれ冒険者たちと違って、この女性は酔っているようには見えない。

 ならば、冷静に色々と話を聞くことが出来るのではないだろうか?


 今の俺には何の情報も無い。

 ここが何処なのかすら曖昧なのだ。

 多分、あのあと人が住まう町の中まで冒険者たちに運ばれたのだと思うけど、窓から見る外の風景は闇一色でヒントも何もありはしない。

 せめてそこだけでも、聞いておきたい所だ。


「あの――」


 ちょっといいですか。

 そう続けようとした俺の声は酒場の喧騒にかき消されてしまったのか、受付カウンターに座る女性は何の反応も示さない。

 いや、よく見てみると、女性はただぼんやりと何とはなしにこちらへ視線を向けているだけのようだった。

 これなら、先ほどの奇行もさほど気にされていないかもしれない。

 なんにせよ、もう少し近づかなくては。


 俺は受付カウンターに近づいていき、


「お姉さん、ちょっといい?」


 声を張り上げて、カウンターの下から女性に話しかけた。


「ん、だれ?」


 女性はそんな俺に、少し驚いた声で返してくる。


 うん、見えない。

 近づいてみるとカウンターは、俺の背丈よりもすこしだけでっかく、俺の姿は完全にカウンターの下へ隠れてしまっていた。


 どうしよう。

 見回してみると、カウンターの手前に踏み台として丁度よい大きさの台が置かれている。

 俺はそれに足を乗っけて、なんとかカウンターの上に顔を出す。


「ん。あ、君は確か、ジルドたちが森で拾ってきたって言う……」


「ショーゴだよ」


「そう」


 すぐ近くで視線のあった女性の顔には、何故かまだ乾かない涙の痕がしっかりと残っていた。








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