028.薬師ギルドで試験を受けよう

 二日も続けて調薬の為に使ってしまった上に、その前の日も秘密の依頼を行ったため、雑用依頼は三日も受けられていない。

 さすがにこれは不味いということで、暫くは様々な雑用依頼を熟しつつ、日々を過ごしていった。



 そして、ルトとの約束の日。

 待ち合わせ場所は、もはやお馴染みとなった冒険者ギルドの前。


「お待たせ、ルトさん」


「あはは、ショーゴくんはいつもそれ言うね。そんなに待ってないから大丈夫だよ。それじゃ、早速行こっか」


 待っていないという割には、ルトは先を急かすように歩き出す。

 ここで待ってはいなくても、この日は待っていたのだろう。

 かく言う俺も雑用依頼を行いながら、この日を待ち続けていた。


 いよいよ今日は、薬師ギルドへ登録に行く日。

 正確に言えば、薬師ギルドに登録するための試験を受けに行く日だ。

 薬師ギルドの試験は冒険者ギルドの試験と違って、事前に申請を行う必要があるらしいけれど、そこはもうミメアがルトの分と共に行ってくれた。

 今日はそのまま薬師ギルドに行けば、試験を受けることが出来る。


「大丈夫って分かってても、緊張するね」


 何やらそわそわとしながら、ルトが話しかけてきた。


「『薬草知識』と『調薬』があれば、試験は大丈夫なんだよね。『調薬』は二人とも覚えてるし、ルトさんは『薬草知識』のレベルだって高いんだから、きっと大丈夫だよ」


「そっか。そうだよね。へへっ、ルトの方が年下なのに、僕の方が元気づけられるなんて恥ずかしいなあ」


「ボクだって、ルトさんが一緒だから安心できるんだよ」


「そう? えへへ、だったら嬉しいな」


 緊張からか、妙なテンションになっているルトとそんな会話を続けながらも、俺たちは薬師ギルドを目指して歩いていく。


 そうしていると、あっという間に薬師ギルドの前までやってきた。


 薬師ギルドは木造三階建ての建物だ。

 生産ギルドの中ではかなり大きな建物で、薬師ギルドがこのイストールにとってどれだけ重要なギルドなのかよく分かる。


「さあ、行こう」


 建物の前で足を止めた俺をルトが促す。

 俺はコクリと一つ頷くと、ルトの後を追って薬師ギルドの中へ入っていった。




 薬師ギルドの受付カウンターで登録の為の試験を受ける旨を話すと、そのままギルド内の一室に案内される。

 机と椅子が並び、それぞれの机には見覚えのある調薬用の器材が置かれていた。

 どうやら試験はここで受けるらしい。


 今日試験を受けるのは、俺とルトの二人のみ。

 俺たちは離れた位置に座り、試験の監督役として残った薬師ギルドの職員が俺たち二人に問題の書かれた紙と筆記用具を配る。



 最初の試験は、知識問題。

 紙に書かれた植物の名前や特徴、薬効などの断片的な情報から、それ以外の情報を書き出していくというものだ。


 どうやら試験に出てくる問題は、この町の周辺とパンドラの森の比較的浅い層に生えている薬草から出ているらしい。

 問題には自分で採取した薬草らしきものも幾つか出てきていた。

 恐らくこのイストールの薬師が、調薬でよく使っている薬草を問題として出しているのだろう。


 俺は『薬草知識』のスキルを使い、表紙に薬草大全と書かれた本を意識の内に呼び出すと、問題に出てくる情報をきっかけとしてページをめくっていく。

 そして、そこに書かれた薬草の名と特徴、薬効を配られた紙にそのまま書いていった。


 薬草大全のページはきっかけさえあれば、あとは勝手に開いてくれるので、本当にただ開いたページの内容を写していくだけ。

『薬草知識』のスキルがあれば問題無いと言われているだけあって、随分と楽な試験だ。


 俺も、そして当然ルトも、途中で詰まることなく回答を紙に書き込んでいく。

 程なくして、配られた紙が回答で埋まる。

 その紙を、薬師ギルドの職員に渡すと最初の試験は終わった。



 さて、次はいよいよ、調薬の実技試験。

 薬師ギルドの職員の手で、俺たちに新たな紙が配られる。

 紙にはある薬の調薬レシピが書かれていた。


 薬の名は、下級解毒ポーション。

『薬物知識』のスキルにより、表紙に薬物大全と書かれた本が意識の中に現れ、下級解毒ポーションのページが開かれる。


 下級解毒ポーション

 これは体内に入った毒の症状を抑えるとともに、毒の体外排出を促進していく力を持った下級ポーションの総称だ。

 効果のある毒の種類は、主に微毒から弱毒と言われる強度の毒まで。

 また、特殊な種類の一部の毒には効果を発揮しない場合もある。

 使用方法は飲むこと。毒を受けた際の傷にかけても多少の効果はあるらしいが、飲んだほうが効果は高い。


 初級ポーションと違って、『調薬』のスキルが必須とされる下級ポーションの調薬。

 それがこの試験の内容らしい。


 下級解毒ポーションは、使う素材も初級ポーションとは一味違う。

 主素材は俺が以前、薬草の仕分け作業で見た事のあるミーリと、蔓に小さな新緑色の葉っぱがついたツルウリという薬草。

 副素材には、フウシロというピンク色の花弁を持つ小さな花を使うようだ。

 どれもパンドラの森の浅い層で採取できる薬草らしい。

 当然、その値段も俺がイストールの南門付近で採取した薬草とは桁が一つ違う。

 さらにその工程は、初級回復ポーションよりも複雑だ。


 一応、『調薬』のスキルを持っていれば、試験には合格できるという話だけど、紙に書かれたレシピを見ていると少し不安になってくる。

 レシピの中に、意図が分からない部分が幾つかあるのだ。


 初級回復ポーションの調薬は、素のままの『調薬』スキルで何とかなったため、結局スキルレベルを上げることは無かった。

 その為、今も『調薬』のスキルレベルは一だ。


 念のため、『調薬』のスキルレベルを一つ上げておこうか。

 どうやら『調薬』のスキルレベルを上げるには、最初から銅貨一枚が必要らしいが、今の俺は懐が温かい状態だ。

 銅貨一枚くらい、問題は無い。


 俺はその場でそっとステータスを表示すると、『調薬』のスキルレベルを一つ上げた。


 途端、紙に書かれたレシピの内容が、鮮明になっていく。

 工程の細かな注意点から、効能を僅かに上げる作り方のコツまで、全てが手に取るようにわかる。

 これが『調薬』のスキルレベルを上げた効果か。


 俺の調薬に対する理解が深まっていくことで、意図が分からなかった部分についても、その輪郭が見えてきた。


 そうか。レシピの意図が分からない部分は、素材に含まれる魔力を動かすのに必要な工程なんだ。


 どうやら、下級より上のポーションを調薬する際には、この魔力の流れというやつが重要になってくるらしい。

 今はまだ、『調薬』のスキルに従ってレシピ通りに薬を作れば、魔力を感じられなくても正しい調薬を行うことが出来るようだが、もうすこし難しい薬の調薬を行う際には、魔力を感じ取るスキルが必要になってきそうだ。



 それはともかく。

 この下級解毒ポーションだが、下級ポーションの中でも比較的作りやすい類いの薬らしく、『調薬』のレベルが二になった時点で、その調薬工程は完全に理解出来た。

 確かにこの試験は『調薬』のスキルがあれば、問題無く突破できそうだ。

 正規の方法で努力して『調薬』のスキルを習得したルトならば尚更に。


 ルトはすでに、下級解毒ポーションの調薬を始めている。

 俺も早速、調薬を始めよう。



 机の上に用意されているのは、主素材のミーリが一束とツルウリが一巻き、副素材のフウシロの花弁が二枚。

 これらは初級回復ポーションに使った素材と違って、一つ一つが保存のための処理が施されている。


 ミーリは冷気を発するほど冷やされており、ツルウリは水分がなくなるまで乾燥していて、フウシロは水のような透明の液体に付けられていた。

 俺の『薬物知識』のスキルが、その水のような液体がただの水ではないことを告げている。どうやらフウシロの薬効が抜けるのを防ぐ為の特殊な保存液のようだ。


 これらを使って、調薬を始める。


 まずは用意されていた小鍋に、冷えた水を用意するとこから。

 水は部屋の端に用意された甕から、計量用の柄杓の様な器具で量りながら入れていく。

 この甕は魔道具になっていて、水は甕の底から湧き出ているようだ。


 水は用意できたけど、そこまで冷たい水じゃない。

『調薬』のスキルが、もっと冷たさを求めている。


 俺は机の上に置かれた水色の水晶を、水で満たした小鍋の中に入れた。

 こちらは水冷石というれっきとした鉱石だ。液体の中に入れるとその液体を冷やす効果がある。

 と、机に備え付けられた説明書に書いてあった。


 水冷石を小鍋に入れて暫く待つ。

 その間にもう一つの作業に移ろう。


 もう一つの小鍋に柄杓で量った水を満たした後、そこへツルウリを入れる。

 ツルウリは水で戻すため、暫くこのまま放置だ。


 そうこうしている内に小鍋へ入れた水がキンキンに冷えてきたので、水冷石を取り出す。これで冷えた水は用意できた。


 そうしたら、今度は冷えた水の入った小鍋にミーリをそのまま入れる。

 暫く水につけた後、小鍋を弱火にかけて、ゆっくりと熱を加えていく。

 ここで急速に熱を入れすぎると、余計な成分が水に溶けだしてしまうので、熱はゆっくりと入れなければならない。


 熱くなってきた小鍋が沸騰する直前にミーリを取り出すと、そこへツルウリの入った小鍋の中身を全て加えて、中身をかき混ぜる。

 すると水の色が少しずつ変わっていくので、色が淡いピンク色になったところで火を止め、暫く待つ。


 その間に、フウシロの処理を行おう。

 と言っても、フウシロを保存液から取り出して、丁寧に水で洗うだけだ。

 しかし、ただでさえ小さな花の花弁二枚。折れたり、潰れたりしないよう、注意しながら慎重に洗っておく。


 小鍋の中身が自然に冷えて来ると、今度は水の色が青色に変わってきた。

 そうしたら小鍋からツルウリを取り出して、水で洗ったフウシロを代わりに入れる。


 そうして小鍋をかき混ぜるのだが、この時、ゆっくりと慎重にかき混ぜていく。

 早くかき混ぜ過ぎると、液体と反応したフウシロが溶けてしまう。

 だから、溶けないギリギリの所を見切って混ぜていくのだ。


 すると、形を保ったままのフウシロの花弁からピンク色が抜けていく。

 フウシロの花弁が真っ白になったところで、そっとフウシロの花弁を取り出し、もう一度小鍋を火にかける。


 あとは小鍋の中身が緑色に変わったら、火から下ろして完成だ。



 所々で『調薬』のスキルの導きに従いながら、慎重に調薬を行っていく。

 どうやら下級解毒ポーションの調薬は、素材となる薬草の品質や状態によって、調薬方法が微妙に変わっていくらしく、『調薬』スキルがその辺りを助けてくれるようだ。

 それで『調薬』のスキルが必須なのだろう。


『薬物知識』のスキルが、出来上がった下級解毒ポーションの成功を告げている。

 どうやらうまくいったようだ。


 用意された専用の薬瓶に、小鍋の中身を入れていく。

 一杯になった薬瓶の数は五本。



「ふう」


 薬瓶に入れ終わった所で、息を吐き出す。

 いつの間にやら、随分と集中していたようだ。


 ルトが調薬を行っていた机に視線を向けると、ルトの机の上にもポーションが詰まった薬瓶が五本並べられている。

 その様子を見るにルトも、たった今、調薬を終わらせたようだ。


 当然、ルトの調薬した下級解毒ポーションも成功していた。






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