029.薬師になりました

 試験が全て終わると、監督官をしていた薬師ギルドの職員が、結果を教えてくれた。

 結果は二人とも合格。

 これで晴れて、薬師ギルドに登録された薬師となれたわけだ。



 幾つかの書類を書いて、大銅貨一枚の登録料を支払って、薬師ギルドの職員から薬師ギルドに所属する者の証として、ギルドカードを渡される。

 形は冒険者ギルドから渡されたギルドカードと似ているけれど、色や装飾、書かれている内容は全く違う。

 真っ白なカードに、薬師ギルド所属の見習い薬師という文字と、ショーゴという俺の名前、他にも幾つかの情報が書かれていたけれど、一番気になったのは推薦薬師という項目。

 ミメアの名前が刻まれている。


 その事について薬師ギルドの職員に聞いてみると、ギルドで登録するには、ギルドに所属する者の推薦が必要となってくるらしい。

 冒険者ギルドでは子供一人でも問題無く登録出来ていたんだけどね。

 さすがにあんなのは、冒険者ギルドだけらしい。


 ミメアは試験の申請を行う時に、俺の分も推薦してくれていたようだ。


 ルトのギルドカードにも、当然、推薦薬師ミメアの文字。

 どうやら推薦薬師という制度についてはルトも知らなかったようで、ギルドカードを見てちょっと驚いている。


 よくよく考えてみれば、分かることだ。

 あの冒険者ギルドならともかく、他の真っ当なギルドでいきなりやってきた見ず知らずの人間が、いきなり登録なんて出来るはずも無い。


 推薦薬師と新たに登録した薬師は、基本的に師弟関係として扱われ、新たに登録した薬師が問題を起こした場合、推薦薬師もまた問題を起こした薬師と共に責任を取ることになるそうだ。


 弟子じゃないなんて、言っていた癖に。

 まだ数度しか会っていない俺を、こんなに助けてくれている。


 少なくとも薬師として、ミメアに顔向けできないような仕事は出来ないな。

 薬師ギルドのギルドカードに刻まれた文字を見て、俺は心の内でそう決意した。


 たぶんそれが、ミメアに対しての一番の恩返しになるだろうから。




 ギルドカードを受け取った後、俺とルトは薬師ギルドの職員からギルドのことについて、色々と教えられた。

 殆どが以前に聞いていた通りの内容だったけれど、俺とルトは途中で口を挟まず、しっかりと最後まで話を聞く。


 そこで出てきた真新しい情報は、掲示板のこと。


 薬師ギルドにも冒険者ギルドと同様に、掲示板が置かれている。

 この掲示板には、現在、薬師ギルドで不足している薬が貼り出されているらしい。


 俺が聞いていたように、薬師ギルドでは薬師から薬の買取を行っている。

 しかし、何でもかんでも無制限に買い取ってくれるという訳では無い。

 薬に使用期限がある以上、使わない薬を大量に保管しておくことは、薬師ギルドであろうとも難しい事だ。

 そこで、この掲示板が重要となってくる。


 掲示板に書かれた薬は、この町の薬師ギルドで在庫が減っている薬であり、需要がある薬だ。

 だからこそ、その薬であれば、薬師ギルドは大量に買い取ってくれる。

 何なら買い取り代金に少し色を付けてくれる場合もあるそうだ。

 そのため、薬師ギルドに調薬した薬を売却している薬師は、大抵の場合、この掲示板を参考にして調薬する薬を選ぶらしい。


 ちなみに掲示板に貼られた薬の中には、冒険者ギルドで言う所の常設依頼のように、常に一定の需要があるため、常時買取を行っている薬もあるそうだ。

 初級回復ポーションもそこに入っていた。

 これらの薬は基本的に値段が高まることは無いけれど、ほぼ無制限に買取を行ってくれるそうだ。



 現在、掲示板に貼られている薬は、傷を癒す薬や体力、気力を回復させるための薬、魔力を回復するための薬、毒などで負った身体の異常を治すの為の薬など。

 多分、これらは全て、パンドラの森を探索する冒険者たちが使用する薬なのだろう。

 つまり、俺もこれらの薬を調薬すれば、儲けることが出来るということだ。


 掲示板には薬の名前だけでなく、買取時の値段まで書かれている。


 例えば、先ほど俺が作った下級解毒ポーションの買取額は、一本大銅貨二枚。

 一度の調薬で五本の薬が出来ていたから、合計で銀貨一枚の儲け。


 ただし、それは素材となる薬草や、専用の薬瓶の値段を考えなかったらの場合だ。

 下級解毒ポーションの調薬に必要な素材は、どれもパンドラの森の中でしか採れないため、俺では自分で採取に行くことは出来ない。

 その為、冒険者ギルドに素材の採取を依頼する必要がある。


 先ほどの職員に相場を聞いてみた所、冒険者ギルドに依頼を出した場合、ミーリが一束とツルウリ一巻きがそれぞれ大銅貨一枚と銅貨二枚で、フウシロの花弁が一枚銅貨六枚。

 さらに、専用の薬瓶が一本、大銅貨一枚。

 全て合わせて、大銅貨八枚と銅貨六枚だ。


 つまり、一度の調薬で得られる儲けは大銅貨一枚と銅貨四枚分。


 初級回復ポーションが大銅貨一枚分の儲けだったことを考えると、ちょっと物足りない儲けではある。

 が、初級回復ポーションは素材を自分で採取した為、それだけ儲けることが出来たのだ。

 初級回復ポーションだって、冒険者ギルドに依頼を出して素材を採取して貰ったら、儲けはもっと少なくなる。

 多分、銅貨数枚ってところだろう。


 そう考えてみれば、結構な儲けと言えなくもない。

 そもそもが冒険者ギルドでの雑用依頼で得られる報酬と比べれば、十分に儲かってる。

 でも、せっかく薬師になったんだから、やっぱりもっと儲けたい。


『調薬』スキルのレベルは、まだ上げることが出来る。

 でも、それで調薬できる薬が増えても、素材の購入費が無ければ調薬することは出来ない。

 下級でも大銅貨数枚レベルの費用が掛かるのだ。中級や上級の薬の素材ともなれば、もっと費用が掛かるだろう。


 なら、暫くは他に手を出すより、今のまま自分で採取した素材を使って、初級回復ポーションの調薬を行って、お金を貯めた方が良さそうだ。


 そうなると、寝床も当分は冒険者ギルドの宿舎かな。

 雑用依頼で一日潰れるのは勿体ないけれど、やっぱり安定して住める場所があるというのは安心感が違う。


 せめて、素材の仕入れ代金を手元に残したまま、宿代も支払った上で、さらに儲けも出るようになるまでは、冒険者ギルドの宿舎でお世話になっておきたい。




 薬師ギルドの建物の外へ出ると、既に夕日が沈み始めていた。

 同時に四つ目の鐘が町中に鳴り響く。

 やってきた時は、まだ朝だったのに。

 登録には然程時間が掛かっていた訳では無いので、調薬でこれだけ時間が掛かってしまったようだ。


 まさか下級解毒ポーションの調薬にここまで時間が掛かっていようとは。

 これだと一日中、調薬に費やしても、精々が二度くらいしか出来ないだろう。

『調薬』のレベルを上げれば、もっと手際は良くなって、早く作れるようになるのだろうけれど、それにも限度はあるはず。

 調薬にかかる時間か。

 薬師として儲けるためには、その辺りも考えていかないといけないな。



 薬師ギルドからの帰り道、ルトが笑顔で俺に話しかけてくる。


「二人とも無事に登録出来て良かったね」


「うん、安心した」


「ははっ。ショーゴくんも不安だったんだね」


「ちょっとだけ」


「でもこれで、僕たちも薬師を名乗れるね」


「まだ、見習いだけど」


「僕たちなら、きっとすぐに昇格できるよ」


 そういうルトの目は、夢見た未来でキラキラと輝いていた。



 昇格か。


 そう言えば、薬師ギルドのランクを上げる方法も教えてもらったな。


 薬師ギルドでのランクを上げるには、昇格試験に合格する必要があるそうだ。

 ただし、昇格試験を受けるにも条件が必要で、その条件が薬師ギルドの指定する幾つかの薬の調薬に成功していること。

 ちなみに指定された薬は結構な数があるけれど、その全ての調薬に成功している必要は無い。指定された中から、一定の数だけ成功していれば良いそうだ。


 指定されている薬も少し教えてもらったけれど、どの薬も調薬の難易度は高めで、必要とする素材も揃えるのにお金が掛かるものが多い。

 今の俺の所持金では、見習い級の一つ上、三流級に上がるのさえ難しいだろう。


 でも、冒険者ギルドの時とは違って、薬師ギルドでランクを上げるのに躊躇する理由はない。

 むしろ、薬師として儲けるためにも、ランクは上げていくべきだ。

 今はまだ無理だとしても、投資先候補の一つとして考えておこう。



「うん、頑張る」


「そうだね、頑張ろう。……といっても、僕はそろそろ冒険者ギルドの方にも手を付けなきゃいけないんだけどね」


 そう言えばルトは俺と違って、冒険者としても上を目指しているんだったか。

 まあ、ルトの表情を見る限り、あんまりうまくはいってないみたいだけど。


「そっちの調子はどう?」


「暫く『調薬』のスキルを覚えるために集中してたから、まだまだ。これから雑用依頼をもっと受けて、戦いの訓練も始めなきゃ」


「戦いの訓練って何をするの?」


「うーん。まずは冒険者ギルドで戦闘訓練の講習会を受けるとこからかな。あとは訓練所で自主練とか、知り合いの先輩冒険者に見て貰ったり」


 話しぶりから見るに、随分と嫌なんだろう。

 まあ、ルトは戦いが好きってタイプじゃ無いか。


「嫌なの?」


「ちょっとね。でも、危険な場所で採取する為に、避けては通れない事だから」


 そう語るルトの瞳には、熱い炎が灯っていた。

 やる気は十分にあるみたいだ。


「頑張ろうね」


「うん、頑張ろう」










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