030.雑用依頼もちゃんと受けているよ

 俺が晴れて薬師となった次の日。


 薬師になったとはいえ、俺はまだ暫く冒険者ギルドの宿舎で寝泊りを続ける予定だ。

 その為にも、冒険者ギルドで雑用依頼を受けることは必須。


 そんなわけで、今日も俺は宿舎でみんなと朝食を取った後、冒険者ギルドに向かう。


 今日はどんな依頼を受けようか。

 考えながら雑用依頼の貼られた掲示板の前で、俺は今日受ける依頼を見繕っていると、背後から声をかけられた。


「ショーゴ」


 振り返るとそこには、六歳児となった俺と変わらない背丈に、それと見合わぬ筋肉質な体格の男の子が一人。

 俺と同じ宿舎組の一人、ドワーフの少年、リケットだ。


「…………」


「…………」


 えっと。


「リケットさん、何?」


「……受ける依頼、探してるか?」


 沈黙に耐え切れず、こちらから尋ねると、リケットは言葉を選ぶようにゆっくりと、そう尋ねてきた。


「うん。どれにしようかなって」


「……だったら、これはどうだ?」


 言葉少なにリケットが指し示したのは、一枚の依頼用紙。


 推奨ランク:手伝い

 依頼種別 :雑用依頼

 参加上限 :無制限

 依頼者  :ガウゼス鍛冶工房 鍛冶師ガウゼス

 依頼場所 :町人地区東 ガウゼス鍛冶工房

 依頼内容 :鍛冶工房の雑用補助

 報酬   :銅貨1枚

 依頼期間 :本日、朝から鐘四つまで


 鍛冶工房での雑用依頼?

 ガウゼス鍛冶工房って確か、リケットに優遇依頼を出してるって工房だったか。

 前に雑用依頼の話を聞いた時、リケットが話していたような気がする。


 鍛冶工房での雑用か。

 なかなか厳しい仕事場だって話だけど、実はちょっと興味がある。



 冒険者にとって、傷を癒す薬と同等に需要が高いのが武具だ。

 それ故にイストールの生産ギルド内で鍛冶ギルドは、薬師ギルドと並ぶ程の権勢を誇っている。

 それもあって、鍛冶ギルドのことは気にはなっていたんだよね。


 暫くは薬師として稼いでいこうと考えているけれど、将来的なことはまだ分からない。

 もしも、薬師をしていく上で必要となるスキルを取得していった先で、スキルポイントが十分に余るような事があれば、わざわざ稼ぐ方法を薬師一本に絞る必要もないだろう。


 リケットにも誘われたことだし、せっかくの機会だ。

 未来を見据えた見学がてら、今日はこの雑用依頼を受けてみようか。



 俺は依頼用紙を一枚とって、受付カウンターに持っていく。

 受付カウンターのイザベラに依頼の詳細を聞いてみると、どうやら近頃、この鍛冶工房は忙しくしているらしく、少しでも多くの人手が欲しかったのだそうだ。


 なるほど。それで今回、リケットは俺を誘ったのか。


 力仕事の多い仕事場という話だけど、それだけ手が足りていないというのであれば、俺でも何かしら手伝えることはあるだろう。

 そう考えた俺は依頼の受付を済ませると、待っていたリケットと共に町人地区東にあるというガウゼス鍛冶工房へと向かった。



 道すがらなんとかリケットから聞き出した話によると、ガウゼス鍛冶工房では、主に武器の生産と預けられた武器の整備を仕事としているらしい。


 いつもそれなりに忙しい職場なのだが、今はどうやらパンドラの森の魔物たちが騒がしくしているらしく、そのせいで冒険者たちもまたいつもより活発に動いており、整備に出される武器の数が一気に増えてしまったのだそうだ。


 勿論、冒険者たちだって、自分たちの扱う武器の手入れなら行える。

 そこに上手い下手はあれど、武器は自分が命を預ける相棒だ。手入れを怠った冒険者は、いつか相棒に裏切られて戦いの中で死を迎えるか、壊れた武器の買い替えで破産する。

 だからこそ、冒険者は武器の手入れをしっかりと覚えるそうだ。


 だがやはり、どれだけ手入れが上手くなろうとも、本職の整備には劣るらしい。

 一流の鍛冶師に整備を任せたら、それだけではっきりと威力の違いを感じ取れるくらいには。


 とはいえ、毎回整備で鍛冶工房に持ち込んでいたら、それはそれで整備代が嵩んでしまう。

 そんなわけで、冒険者が鍛冶師へ整備を任せるのは、武器に不調が起きた時や、懐に余裕が出来た時、そして危険な場所へ向かうとき。


 今回のことは、パンドラの森の危険性と、その結果跳ね上がった報酬により、武器を整備に出す冒険者が急造したせいなのだそうだ。


 パンドラの森、ねえ。

 まあ、俺には関係無いことか。



 ガウゼス鍛冶工房。

 そこは町人地区東の中でも南側にあり、比較的、冒険者地区に近い位置にあった。


 目的地へ近づく程に、鉄を打つ甲高い音が大きくなっていく。

 それと共に、周囲の町並みから木造建築が減っていき、その代わりに石造りの建物が増えていった。

 そんな建物の屋根からはモクモクと煙が立ち上っている。

 どうやらこの周辺には鍛冶工房が多く集まっているようだ。


 俺は勝手知ったると言った感じで工房内に入っていくリケットについて、建物の中に入っていく。


 建物の中に入った瞬間、激しい音が耳に響き、熱気が俺の顔を撫でる。

 熱源は部屋の奥に設置された幾つもの炉の中で燃える炎。

 まだかなり離れているというのに、その温度はさながら真夏のようだ。


 しかしそんな灼熱の工房内を、鍛え上げられた肉体を持つ人たちが滝のような汗を流しながら、勢いよく動き回っていた。

 その中の数人は、周りよりも一回り小さな背丈と筋肉質な体、それから顔の半分を覆う濃い色の髭をした者たち。その特徴からして多分、リケットと同じドワーフだろう。

 リケットの顔には、まだ髭は生えていないけど。


 そんな髭面の一人が俺とリケットを目にすると、近づいてくる。


「おう、リケット。早えじゃねえか。ん? 後ろのひょろいガキは誰だ?」


「……仲間」


「手伝い級のショーゴだよ」


 リケットの言葉に続いて挨拶をしつつ、俺はそのドワーフへ依頼用紙を見せた。


「なっ、雑用依頼を受けた冒険者か!? マジか……」


 ドワーフは俺の身体をジロジロと眺めまわした後。


「んー、まあ何かしら出来ることはあるか」


 悩んだ末に、そう呟いた。



 まあ確かに、改めて仕事場を目の当たりにすると、俺に出来ることがあるのか不安になるのは分かる。

 明らかに力仕事が主体だ。

 そんな場所にこんな六歳児がやってきて、何をするんだって感じだろう。

 あー、俺もちょっと不安になってきた。


 所持金にはまだ、余裕があるな。

 気休めかもしれないけど、レベルを一つ、上げておこうか。


 俺はステータスを表示すると、『無限財布』の中から銅貨三枚を支払って、レベルを一つ上げた。


 名前:ショーゴ(木津間 正午)

 年齢:6歳

 種族:人族

 レベル:4(次のレベルまで、40マレ)

 ギフト:『捧金授力』

 スキル:『無限財布』『共通語翻訳』『生活魔法-2』『薬草知識-3』『薬草採取-3』『薬物知識』『調薬-2』

 スキルポイント:8

 称号:【非業の死を遂げし者】【商売神の契約者】【異世界転生者】【商売神の恩寵】【生残者】【手伝い冒険者】【見習い薬師】

 所持金:大銅貨五枚、銅貨四枚、鉄貨三枚

 借金:10,000,000,000,000,000マレ(年内返済目標:100,000マレ)


 次の瞬間、レベルが三から四に上がり、所持金から銅貨が三枚消える。

 途端に、身体の底から力が湧き上がってくるのを感じた。


 おお! これなら、あそこに混じっても遜色ない働きが出来そうだ。

 やる気は十分、って……いやいや、これはレベルアップの時に感じる特有の感覚だ。

 実際はそこまで強くなっていない。

 ただでさえ、危ない仕事場なんだ。

 ちょっと、気を付けておかないとな。



「挨拶が遅れたな。俺はこの工房で働く鍛冶師の一人、ヘーガンだ。ちなみに、あっちで武器を打ってるのが、うちの工房主のガウゼス親方。ああ、挨拶は止めとけ。あの人は仕事を邪魔されるのを嫌うからな」


 ヘーガンが指し示す先には、炉の傍らにて真剣な表情で剣を打つ一人のドワーフ。

 工房で働く他の鍛冶師たちと比べても、さらに分厚い筋肉と、立派な髭を持つドワーフだ。

 その姿からは、名匠とでもいうような貫禄を感じる。

 俺が思わず、その姿に見惚れてしまうほどに。



「さて。リケットは今日もいつもの作業だとして。ショーゴは……何が出来るんだ?」


「なんでもやるよっ!!」


 思わず、大きな声が出てしまった。

 あ。これ、完全にいつものテンションじゃねえ。

 レベルアップのせいか。


「おおっ、威勢がいいじゃねえか! なら、とりあえず、リケット! お前が面倒みてやれ」


「…………」


 リケットはヘーガンの言葉に無言のまま、コクリと頷いた。


 うっし。なんか高評価っぽいし、結果オーライだ。

 よっしゃ。どんな仕事でもかかってこい!


 うーん、やっぱテンションがおかしいわ。





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